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紫《し》色

 ダンジョン入り口近くにある転送魔法陣から出ると、目の前には草原フィールドが視界一杯に広がっていた。

 空には青空と太陽。

 草原フィールド特有の気持ちのいい風が俺を出迎えてくれる。

 青草い匂いが鼻の奥を刺激すると、ここがVRMMOの中であることをついつい忘れてしまいそうだった。



 MPゼロによる脱力感はまだあったが、気分はすっきり晴れ晴れとした感じだった。

 ただ、いつ消えてもおかしくはないHPに気を付けなくてはならないので、爽やかな気分を楽しむのも程々に、俺はさっさと街へ帰ることにした。



 しかし数歩、歩いたところで俺は思い出した。

 そう、街へはもう戻れないんだった。

 戻ったところで回復する前に俺のなけなしのHPは暴徒によって消しとばされることだろう。

 あれから街がどうなったのかは知らないが、ロクなことになってないのは確かだ。

 治める人間のいない街や国がどうなるかなんて、誰でもわかる。

 抑制の効かなくなった馬鹿に滅茶苦茶にされてお終い。

 そんなところだ。



 ただ、それはそれで今の俺には死活問題でもある。

 HPの回復にはアイテムを使用するか、睡眠が強制されてるし、回復魔法は未習得な上にそもそも発動に必要なMPはゼロ。

 最早瀕死といってもいい状態にも関わらず、今の俺にはどうすることもできない。


 所有するアイテムも魔導具を作るための素材はあっても、回復系のモノは一切ない。

 睡眠を取るのが手っ取り早い方法だが、寝込みを襲われでもしたら堪ったもんじゃないし。


「あれ、これってかなりマズくないか?」


 俺は慌てて周囲見渡した。

 こんな時にモンスターや一般プレイヤーに襲われでもしたら一撃でゲームオーバーだ。

 それは勘弁願いたい。



 俺は警戒しながら自分以外のアイコンがマップ上にないかを急いで確認した。

 そして残念なことに別プレイヤーが近くにいることを示す三角のアイコンが表示されていることに気づいた。



 焦る気持ちもそのままにアイコンの示す方向に視線をやる。

 するとそこには2人組の魔法使いの姿が見えた。

 ダンジョンの入り口前。

 いたのは先に逃げた2人の女だった。

 黒い髪の嫌な女と、栗色の髪の優しそうな女。

 確か魔法は使えないと言っていたはずなので、とりあえずは一安心か。



 けど、同時に疑問にも思う。

 どうしてあの2人がまだあそこに?

 もしかしてさっきの男達を待ってるのか?

 ただ、そうだとしてもあいつらはGAMEOVERゲームオーバーになったからもう……。



 俺はあいつらがもう帰って来ないとことを教えてやろうとも思ったが、黒髪の性格悪そうな女にこれ以上関わるのはゴメンだったので、そのまま無視してこの場を後にすることに。

 面倒ごとに構ってられるほど俺も暇じゃない。

 早く多くの魔法を集めてレベルを上げる。

 それが今の俺にとっての最優先事項なんだから。

 いや、その前にHPの方を何とかしないといけないな。



 しかし、歩き始めた矢先、俺に気付いた茶色い髪の女が慌てるように小走りで俺の方に向かって走ってきた。


「あ、あの、さっきは貴方を置いて先に逃げたりしてごめんなさい!」


 そして間髪入れずに頭を下げて来た。

 俺は突然の謝罪に驚かされながらも、やっぱりこの子は良い子なんだなと少し感心した。

 あのガラの悪い3人組と一緒にいたことが信じられないくらいだ。



 しかし後ろから追いかけて来た黒髪の女が、礼儀正しい目の前の女の横に並び、俺を一睨みすると失礼極まりないことを口にしやがった。


「だからこんな奴に謝る必要なんかないって。男が私達を守るために犠牲になるのは当たり前なんだからさ。コイツだって私達が逃げるための時間稼ぎになれて喜んでるはずだって」


 俺はこの女は嫌いだ。

 今その事実を改めて再確認した。



 だいたいよくもまあ本人を目の前にしてここまで失礼なことが言えたものである。

 だいたい一緒にダンジョン攻略しようと持ちかけて来たのはそっであって、おまけに先に逃げたのもそっちだろ。

 時間稼ぎをした覚えも無いし、こんな奴を守って犠牲になるつもりもない。

 ただ、申し訳なさそうなこの子のためなら犠牲になってもいいかな、とは少し思ってしまうが。



 あまりこういう自分中心な女の近くにいても、自分が損をするだけなので俺はさっさと先を急ぐことにする。


「いや、別に大丈夫だから気にしなくてもいいよ。それに初めから1人で攻略するつもりだったし」


 気に食わない女は無視して、俺は謝ってくれている目の前の子に声をかけた。

 未だ申し訳なさそうに顔をあげる女の子にこっちの方が申し訳なく感じてしまう。

 この子が無事に逃げられたならそれはそれで良かったな。

 俺はちょっとした満足感に包まれながらこの場を立ち去ろうとするが、何故かそんな俺に対して横の女が食って掛かってきた。


「は? 何かっこつけてんの? アンタみたいな人間が1人でダンジョン攻略なんて出来る訳ないでしょ? 分をわきまえなさいよ分を。気持ち悪い」


 女をグーで殴りたいと思ったことなんていつぶりだろうか。

 俺は震える拳を押さえながら罵倒したい気持ちをグッと堪える。

 落ち着け、俺。

 こういう時に冷静に対応してこそ大人だろ。

 俺は自分に言い聞かせながら爽やかに対処しようと試みる。


「分をわきまえるのはどっちだよ。ボスモンスター見て叫びながら逃げたビビりのくせに」


 爽やかは俺には無理だった。

 ついムキになって言い返してしまう辺り俺もまだまだ大人にはなれないようだ。

 言い返された女は当然のように俺に向かってまたしても暴言を吐いてくる。


「はぁ!? あれは別にボスモンスターにビビったわけじゃなくて、未知の相手に対して戦略的撤退しただけですけど!? そんなこともわかんないなんて馬鹿じゃないの?」


 この女はなぜ初対面の相手にここまで噛みついて来れるのだろう。

 普通はもっと遠慮するもんじゃないか?

 暴言吐かなきゃ生きてけないのか?

 俺には全くもって理解できなかった。


「え、でもキョウコ、あの後死ぬほど怖かったって……」


「ミアは余計なこと言わなくていいの!!」


 どうやら黒髪の女の名前はキョウコで、優しそうなこの子はミアと言うらしい。

 本来は名前に関しては視界のステータス上に表示されているはずなんだが、昨日の避難誘導でログインして来たプレイヤーには名前の表示がない者ばかりだった。

 きっとその辺りの設定をする暇もなく、この世界に連れて来られたんだろう。

 逆に言えば名前のない人間は一目で初心者とわかってしまう。



 キョウコと呼ばれた暴言女は顔を赤くしながらも、その暴言は止まらない。


「私こういう男って吐き気がする程嫌いなのよ、1人で何でもできるとか思ってる勘違い野郎は特に」


 おっと、吐き気までもよおされるとは心外だ。

 ていうかだったら放っとけよな、とも思うのだが。


 正直これ以上この女と関わるのは面倒なだけなので、俺はさっさとこのやり取りを終わらせることにした。

 ただ、気になる子の前で負けたまま終わるのも嫌なので、最後はこの女を黙らせてから街へと戻ることにする。


「なによそれ?」


 俺は魔法書を取り出すと、『アルダン』の書かれたページを女の目に突き出した。


「わかんないなら別にいいよ、じゃあな」


 そしてそのまま立ち去ってやろうと思ったが、暴言女は魔法書に刻まれた魔法名が何を意味するかに気付くと、何故か慌てながら俺のローブを思いっきり掴んできやがった。


「ちょ、ちょっと待って! ねぇ、もしかしてそれってこのダンジョンのクリア報酬じゃないの!?」


 興奮気味に俺のローブを後ろに引っ張ってくる。



「そうだよ……、それがどうかしたのかよ?」


「それってもしかして、あの筋肉マッチョを倒したってこと!?」


 筋肉マッチョ。

 もしかしてそれはあの牛の悪魔のことを言っているのだろうか?

 確かに筋肉マッチョと言えば筋肉マッチョではあったが。


「倒したけど、それがなんなんだよ?」


 俺が事実をそのままに伝えてやると、キョウコは驚いた表情で俺を見てきた。


「うっそ、マジで!?」


 また暴言でも吐いてくるのか?

 そう思ったが、予想外にも暴言女は目を輝かせながら更に興奮しながら俺へと詰め寄ってきた。


「ど、どうやって倒したの!? あいつ”色”に感染してたよね?」


 “色”とは“のウィルス”が紫色むらさきいろであることからそう呼ばれている略称だ。


「どうって言われても……」


 いまいち俺もその辺は曖昧なので何と答えていいのかわからない。

 というかあまりコイツと口を聞きたくないのが本音だった。



 そんな俺に対してこの女は尚も興奮した様子で矢継ぎ早に質問を投げかけて来る。


「やっぱり普通のステータスじゃなかった? 経験値は? ドロップアイテムは? 魔法の習得に変化はなかった?」


「いや、一辺に聞かれても」


 暴言の次は質問責め。

 自分のペースで話を進めようとする人間ほど相手をしていて疲れるものはない。


「悪いけど、先を急いでるんだからもういいだろ」


 俺はローブを掴んでいたミアの手を振り払うと、さっさとこの場を後にしようとするが、何故かこの女は逃がさないとばかりに俺のローブをまたして掴んで強引に引っ張ってきた。


「だから待ってって言ってるでしょ!!」


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