一生に一度の本、毎月刊行する本
「いや……そんなパーティー知らなかったし」
「そうなの? じゃあシークレットゲストで参加しちゃいなよ!」
「シークレットゲストって正体明かしたらみんなのテンションが上がるような人のことなんじゃないの? 僕が行ったらシークレットゲストというよりただの『招かれざる客』だと思うんだけど?」
「大丈夫だって。それにパーティーじゃなくてパレードだし。ほら今年から駅前仮装パレード始まったでしょ? あれに参加してそのあと適当に遊ぶだけだから」
「ああ。パレードね」
それなら知っていた。最近のハロウィンブームに乗っかって今年から僕らの高校がある駅の商店街でもパレードをすることになっていた。
あれにクラスの有志で参加するのか。確かにそれなら僕みたいなものが突然参加しても問題ないのかもしれない。
「まあ考えておく」とだけ返事してハロウィングッズ売り場を後にした。
「高矢はなにが食べたい?」
「僕はなんでもいいけど……」
「出た! 『なんでもいい』! じゃあかき氷とかところてんでもいいわけ?」
「いや……それは食事としてはちょっと……」
「でしょ? ちゃんと言わないと」
「でも僕はあんまり店とか知らないし……ましてや女の子と食事に行ったことなんてないから」
素直に伝えると瑠奈さんは「そっか」と納得したように小さく何度も頷く。あんまり納得されすぎても、それはそれで傷付く。
「そうだよね。そういうのが分からないからデートしてるんだもんね。言い過ぎた。ごめん」
「いや、別に謝るほどのことじゃ」
それにいきなり優しくされてリアクションの取り方に困った。
「でもそう言うときは食べたいものを言えばいいんだよ。『女の子と二人で』とか『デートの食事といえば』みたいなこと考えなくていいから」
「それもそうだよね。じゃあ……ラーメンかな?」
「えー? やだ」
即答で却下される。
「なんだよ、それ!」
「私はアボガドバーガーがいい。アボガドの入ったハンバーガー。最近話題のお店があるんだ」
「行きたいところがあるなら最初からそう言えばいいのに」
「違う。こういう風に行きたいところが違ってて、それを言い争うっていうのが恋人同士なの。小説書くときに使えるでしょ?」
「そう? そんな不毛なやり取り、小説に描写しても冗長になるだけのような気がするけど?」
「『恋とは常に冗長である』。これなかなかいいフレーズじゃない? 使っていいよ」
「瑠奈さん、冗長って言葉の意味知らないでしょ?」
呆れて笑うと瑠奈さんはズボンのポケットに手を突っ込んで二ヒヒと笑った。綺麗な顔立ちが台無しになるような笑い方だったけど、自然な感じがして悪くなかった。
結局瑠奈さんの意見に負けて昼食はアボガドバーガーに決まった。焼き立てのパテに乗せられたアボガドは舌の上で蕩けるようで、マヨネーズソースとの相性も抜群だった。ビックリするくらいに美味しかったけど、けれど悔しいから「けっこう美味しいね」くらいの感想に止めておく。
食後、瑠奈さんは僕を川沿いの道へと連れて行った。
どこまで行くつもりなのか、瑠奈さんは雑談をしながら川に沿ってずっと歩いて行く。
「で、今度はなにをするの?」
「なにってもうしてるでしょ。散歩してるんだよ」
さらっとそう言った瑠奈さんは大きく伸びをする。それは陽射しと秋の風を欲張りなほど目一杯取り込もうとしているように見えた。ただ伸びをしすぎておへそがちらっと見えてしまうのはどうかと思った。
僕も真似をして大きく伸びをしてみるとあくびが漏れてしまった。
「はは。眠い?」
「うーん、まあ。昨日遅くまで改稿してたから」
「おお。凄い。お仕事だ」
からかうようじゃなく、本気で敬意を払ったようにそう言うと、川原の土手に腰を下ろした。
「あ、勘違いしないでよ。膝枕とかしてあげないから」
「誰もそんな勘違いしてないよ」
笑いながら僕も隣に腰掛ける。
「自分の書いた小説が本になるってどんな気分なわけ?」
「それは……始め聞いたときはイタズラか詐欺の二択だったよ。さすがに今は事実として受け止めたけど」
「自分の小説が全国の書店に並ぶんだもんね。凄いよね」
「まだ並んでないからそこまでの実感はないよ」
「羨ましいなぁ。私も絵を描いてるから自分の作品に値段がつけられるなんて夢見ちゃうもん」
瑠奈さんは無意味に草をブチブチっと引き抜いて、指で弄ぶ。
「あ、もちろん金銭的な意味じゃなくて、認められるって言う意味でだけど」
「それはそうかもしれないけど……」
瑠奈さんはどこか物憂げに見えた。それは以前美術室に呼び出された時に盗み見てしまった彼女の虚ろげな表情に似ていた。
「ほんとはね……」と言って瑠奈さんは真剣な顔で僕の目を見た。言葉に詰まったようだったけど、僕は無言で彼女が言葉を続けるのを静かに待つ。
「本当は高矢が小説を出版するって知ったとき、ちょっと嫉妬した」
「嫉妬? なんで?」
「だって私の絵はまだ全然認められてないのに、高矢の小説は認められたんだよ? 悔しいじゃん、なんか……たとえ分野は違ってもクラスメイトが私より先にそんな風にプロに認められるのって……なんてね。嫌な女だよね、わたしって」
ストレートで剥き出しの言葉。刺々しくて、青臭くて、痛々しいのに、それを隠さずに告げてくる瑠奈さんに好感を持った。
「そんなことないよ。僕の書籍化なんてたまたまだし」
「すぐそう言う。高矢の小説を読んで、分かったよ。この人は本気でぶつかって、本気で取り組んでいるんだって。そして才能もある。たまたまなんかじゃない。悔しいけど私はまだまだだなって……」
瑠奈さんが時おり寂しげな顔をするのはそういうことだったのか。ほんの少しだけど、はじめて彼女を理解した気がした。
気がつけば僕はもう緊張していなかった。
女性としてとか、同級生としては気後れする相手だったけど、創作仲間と思って接すると不思議と自然な感じに接することが出来る。
「でも僕の本なんて出版社からしたら毎月何冊も刊行する本の一冊に過ぎないよ。でも僕にしてみたら恐らく一生に一度の経験だと思うし。だからすごく気合いが入るというか……」
「それは違うと思うっ!」
鋭い声色で咎めるように言われ思わずビクッとしてしまった。
瑠奈さんは眉に力を籠めた険しい目をして僕を睨む。一生に一度とかネガティブな発言が気に触ったのかと思ったが、そうではなかった。
「確かに出版社の人は毎月何冊も本を出していると思う。けれど適当に本を出してないはずだよっ。だって仕事なんだからっ」
どうやら瑠奈さんは出版社を揶揄した僕の発言に気分を害してしまったらしい。僕は女心には鈍いが、人の怒りとか嫌悪には敏感だ。結構本気で彼女は怒っていると感じ取った。
「そりゃ高矢はもしかしたら一生に一度の夢舞台なのかもしれない。でもそれを生業にはしてないでしょ?」
「それは、まあ……そうだけど」
「こんないい方したら失礼だと思うけど、失敗しても『駄目だったけどいい想い出だったよ』なんて笑って終われるじゃない」
瑠奈さんの白熱した姿を見ていると適当な反論なんて出来ず、ただ黙って頷いて聞いていた。
「でも出版社の人は仕事なの。作るだけじゃない。売らなきゃいけないの。そのために作家にいい作品を書いてもらい、イラストレーターに表紙を描いてもらって、宣伝をして、書店にも頭を下げる。そこまでしてるんだよ。もしかすると出版社の人達は高矢より作品がヒットすることを祈ってるのかもしれない」
確かにそうかもしれない。鳳凰出版の編集者さんはこんな高校生の僕の敬語を使い、真剣に話を聞いてくれ、アドバイスをしてくれた。
決して浮かれたお祭り気分でやっているわけではないんだろう。
「ごめん。そうだよね」
「ううん。ちょっと熱くなりすぎたかも……それに高矢は才能あるんだから一生に一度なんてことはないと思うし」
瑠奈さんは手に持った草をぱらっと払うように宙に払う。しかし水分を纏った数本はしぶとく瑠奈さんの指に貼り付いていた。
「行こうかっ」というと瑠奈さんは全身をバネのようにしならせて反動で立ち上がる。
「行くって、どこに?」
「決まってるじゃない」
瑠奈さんはお尻についた草を手でパンパンと払いながら、振り返ってなにか企んでるかのように笑った。
「戦場に、だよ」




