七つの掟と初デート
1.学校では今まで通りの関係
2.小説に書かれていることや期待される展開を実践していく
3.付き合ってることを隠す必要はない。かといって言い触らす必要もない。あくまで自然体で付き合ってる感じにする。
4.喧嘩をしてもすぐ仲直りをすること。
5.二人の時は「瑠奈」「高矢」と呼び合う。
6.どちらかの都合が悪くなり仮初めの恋人関係が継続できなくなったときはすぐに関係を解消すること。
7.えっちなことはしない。したら殺す。
三郷さん、いや、瑠奈さんが一方的に決めてきたルールを読み返して溜め息をつく。
だいたい最後の項目はなんか侮辱されてる感じがする。
「殺すって……ある意味命がけの恋ってこと? いや恋じゃないから殺されるのか」
とはいえまったく女心も分からずに恋愛シーンを書いている立場からすると確かにありがたい話でもある。
「まあそんなことより……」
カレンダーを見ると間もなく九月も終わろうとしていた。
僕の作品『異世界を救うなんて僕には荷が重すぎでした』は来年の三月刊行予定である。
既に原稿があり、改稿するだけと考えればかなり余裕のあるスケジュールといえた。
鳳凰出版の刊行予定が詰まっていることと、僕が学生で作業に費やせる時間が多くないことを鑑みた計画だそうだ。
取り敢えず一月末脱稿を目指して編集を進めていくこととなっていた。
まずは先日の打合せを元に来月の十月中旬までに第一稿を上げる。それに赤ペンで修正を入れてもらって更に直していくことになっていた。
明日は休みなので作業に時間が取れる。恋愛シーンを除いたところを一気に最後まで直してしまおう。恋愛部分は、まあ、そのあとでもいいだろう。
そんな面倒なことは問題の先送りじみた目標を立てて意気込んでいると、スマホが細かく震えて机を叩いてブブブブブッと音を立てる。
「メッセージ?」
差出人は瑠奈さんだった。
『改稿頑張ってる? 明日なんだけど十時半に待ちあわせでいい?』
ベタベタと無意味なスタンプが貼り付けられたメッセージを読み首を傾げる。
「待ちあわせ?」
約束なんてした覚えがなかった。何のことかと訊き返すとすぐに返信が来た。
『なにって最初のデートでしょ? 休日なんだし』
「はあ?」
確かに女心を知るということは大切だが、改稿作業を疎かにしてまですることではない。
そもそも好きでもない女の子とデートするより、今は小説に没頭したい気分だった。だがそんなことを遠回しに伝えても通じる相手ではなく、一方的に時間も待ち合わせ場所も決められてしまう。
それだけでも十分に気が重いのに、最後に彼女から提案された内容を見て度肝を抜かれた。
「ええっ……!?」
なんでそんなことをしなくてはいけないのか、意味が分からない。そんな内容だ。
しかし拒否しても許されないのだろう。
これも推敲に役立つ、もしくは瑠奈さんの口止めの一つと割り切り、僕はスケジュール帳に『瑠奈さん』とだけ書き込んだ。
────
──
遅刻したらなにを言われるか分かったものじゃないので、待ちあわせの場所に十五分前に到着しておいた。
ここは待ちあわせに使われることも多いらしく、瑠奈さんを待っている間にも次々と色んなカップルたちが落ち合っては去って行った。
彼氏はみんなお洒落に見え、その彼女たちはみんな幸せそうな笑みを浮かべて彼氏の元へと駆け寄っていく。
『デートに着ていく服』なんて明確な意図を持って購入した服などを持っていない僕は、ジーンズに一番マシそうなブルーのギンガムチェックのシャツを着てきたが早くも後悔していた。
待ちあわせ時間より五分遅れで瑠奈さんはやって来た。
カラフルなボーダーのカットソーの上に白いシャツを羽織り、パンツは薄い水色の七分丈を合わせている。
シンプルだけど瑠奈さんらしい個性が滲み出ていた。
「ごめん、お待たせ!」
瑠奈さんは他の待ちあわせの彼女同様、晴れやかな笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる。ショートヘアが踊るように弾んでいるからか、より一層喜んでいるように見えた。
こんなダサい男にもったいないくらいの清涼感にどくんっと胸が高鳴る。
「おはよう」
「おはよう! ねえ、まず買い物していい? 行きたかったところがあるの」
「もちろん。三郷……瑠奈さんの行きたいところに行こう」
隣を歩くのがおこがましい気がして少し遅れて歩こうとすると、向こうも速度を落として隣に来てしまう。
「しかし高矢って凄いよねぇ。小説が出版社の目に留まって本になるんだから」
「たまたまだよ。運がよかっただけ」
「またまたぁ。たまたまじゃないよ。運だけで書籍化なんてするわけないでしょ?」
「いや、実際運がよかっただけだよ。僕の作品より面白い作品も上手い作品も人気がある作品もごまんとあるから」
「もう。そんなに謙遜ばかりしてると卑屈な感じがするよ。もっと自信持ちなよ」
ぱちんっと背中を叩かれ、反射的に背筋が伸びた。
叩くなとは言わないが、もう少しソフトにしてもらいたい。いや、叩くなと言った方がいいのか?
「そう。そんな感じに胸張って。出版社だって遊びで本を出版してるんじゃないよ? その価値があるって思ったからこそ声を掛けてきたの」
「うーん……そう、なのかな。だといいな」
言いたいことはまだたくさんあったが、これ以上否定すると本気で怒られそうだから適当に相槌を打っておく。『卑屈な態度』をやめる理由も卑屈。僕らしい行動原理だ。
彼女に連れて行かれたのは雑貨や日用品を取り揃えている大型の商業施設だった。
ここには画材も売ってるから美術部の瑠奈さんは恐らく絵の具やらの画材を買いに来たのだろう。
季節感を色濃く反映した店内には秋の行楽に向けたアウトドアグッズなどが並べられている。瑠奈さんはそれらを脇目で見ながら慣れた足取りで進んでいく。
お客さんの七割は若い女性だった。行動範囲の中では大型書店が最も華やいだ場所という僕にとっては、もはや煌びやかな世界と言っても過言ではない。
「おっ、あった。ここ」
瑠奈さんが目指していたのはハロウィングッズの特設売り場だった。
最近人気を博しているらしいハロウィンだが、僕には無縁のイベントだ。リア充な方々が今後も盛り上げ、クリスマスくらい一般行事化すれば僕も多少関わることもあるだろう。
「瑠奈さんも仮装するの?」
魔女マントととんがり帽子を着用したマネキンを見ながら訊ねる。
瑠奈さんがこういうのを着るイメージはあまりない。
「まあ、一応すると思うけど……私の場合は変装より」
そう言いながら瑠奈さんは血糊などが入ったペイントセットを手に取った。
「ペイントが楽しみかな。みんなにゾンビメイクを教えてくれって頼まれてて」
「あ、なるほど……」
瑠奈さんは絵を描くのが得意だからそういうことも上手いのだろう。
彼女がどれにしようかと迷っているので僕も見るともなくコスプレグッズを眺める。魔女やドラキュラという一般的なモンスターはもちろんのこと、アメコミヒーローのコスプレも置かれていた。
その辺りならまだ拡大解釈で理解出来なくもないのだが、セクシーポリスやら丈の短いナース服なども売られているのは、もはや理解不能だった。ただのコスプレ祭りとなっているのだろうか?
セレブたちの集う高層タワーマンションのパーティールームを垣間見た気がして嫉妬混じりの嫌悪感を覚えてしまう。
「なに? 高矢みたいな草食系でもそういうの興味あるんだ?」
「わっ!?」
いつの間にか隣に来ていた瑠奈さんは僕の視線の先を見てからかってくる。
「着てあげようか? 別料金だけど」
別料金とはひどい言い草だ。それでは既に僕がいくらかお金を払っているかのように聞こえる。
「違っ……そうじゃなくてっ……ハロウィンってモンスターに扮するものでしょ? スカート丈の短い婦警さんって関係ないんじゃないのかなって思って」
「ああ……それはあれじゃない? 自分の老いを気付けないような勘違いおばさんがそういうのを着ておぞましい姿を晒すって言うタイプのモンスターコスプレ」
「瑠奈さんって結構酷いことさらっと言うね」
笑っちゃいけない類の毒舌なのに思わず笑ってしまった。
「ってのは冗談で、本当はそういう可愛い格好をしつつ顔をゾンビメイクにするとより怖いからだと思うよ」
「ああ。なるほど……」
確かにアメリカのホラー映画なんかではゾンビと化した美女が追い掛けてくるシーンなんかが多い気がした。
「高矢も変装したら? ファンタジーみたいに剣士とか魔法使いとか」
「僕はいいよ。てか変装したところでハロウィン当日に出掛ける予定もないし」
「えー? クラスのみんなでするハロウィン、参加しないの?」
瑠奈さんはガッカリした顔でそう言ったが、そもそも僕はその『クラスのみんな』には入ってないようで、そんなパーティーは呼ばれていないはおろか存在すら知らなかった。




