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予期せぬ修羅場

 陽射しが強くて気温の高いグアムでもさすがにこんなに風を浴びていると寒くなる。写真に景色を収めた同級生たちは、もう用はないというように振り返りもせず友達と笑いながら去って行く。

 半袖のシャツを着た香寺さんも「寒いねー」と肩を竦めて腕を擦りながら出口に向かって歩き始めていた。


 もっと眺めていたかったが僕らの戻りが遅いとホテルに着くのも遅くなる。名残惜しいけど全体行動の輪を乱すのは避けたかった。


「行こうか」

「うん」


 瑠奈さんは僕の隣を歩きながら何度も振り返っていた。写真じゃなく、網膜にこの景色を焼き付けておきたいのだろう。


「こんな景色見たら小説に書きたくなるんじゃないの?」

「ちょっ……瑠奈さんっ」


 瑠奈さんの言葉に香寺さんが振り返る。

 書籍化はおろか、小説を書いていることすらクラスメイトには内緒にしているので冷や汗をかく。反応したのが小説を書いてることを話した香寺さんだけでよかった。



 ──しかしその予想は少し甘かった。

 事態は予想外の方へと転がり出すこととなる。


「三郷さんも弓岡君が小説を書いてることご存じなんですか?」


 意外にも香寺さんはやや困惑した顔で、目許が冷たい笑みを浮かべて訊いてきた。

 『僕が小説を書いていることは親友の与市にも内緒』と伝えてあったから、気遣いの出来る香寺さんは声は抑えてくれている。

 しかしどこか責めるような険のある響きだった。そもそも瑠奈さんに問い掛けているのに刺すような視線は僕に向けられていた。


 親友にすら内緒と言っていたくせに瑠奈さんが知っているということに不信感を覚えたのだろう。


「いや、それは──」

「知ってるよー。結構前から」


 僕の言葉を遮るように瑠奈さんが答えた。それもしれっと相手にマウントを取るような、澄ました声で。


「別にいつから知っていたとは訊いてませんよ?」


 香寺さんは上品かつ冷ややかな笑顔を浮かべ、小首を傾げて瑠奈さんと視線を交えた。普段お淑やかな香寺さんだが、不快感を露わにするときはかなり迫力があるということを知った。


「そう? なんか知りたそうだったから」


 瑠奈さんもニヒルに口許を歪めてやり返す。


「いやぁ、瑠奈さんに書いてるところ見られちゃってバレちゃったんだよね……はは」

「だから別にいつ知ったかなんてどうでもいいことですから」


 普段の彼女からは想像もつかない冷ややかな声は鋭利な刃物のようだった。


「高矢の小説、結構面白いよね」

「えっ……」

「あれ? 高矢、まさか菜々海ちゃんに小説読ませてないの?」


 僕が香寺さんに小説を読ませていないことを知ってるくせに惚けた口調でそう言う。瑠奈さんが悪魔にすら見えた。

 そりゃ見せられるはずがない。ヒロインが『ウデラ』なのんだから。


 自分ですら読ませて貰っていないのに瑠奈さんに読ませているという事実に、香寺さんは眉をピクッと震わせた。

 意外な展開で修羅場じみた空気になってしまい、肌がヒリヒリするくらいに緊張していた。瑠奈さんは期待通りの展開になったからか、愉しんでる様子だ。

 厳密には『僕』ではなく『僕の創作物』を巡る修羅場なんだけど。


「羨ましいなぁ、三郷さん。それは是非読んでみたいです。私は弓岡君が()()()()()書いて下さった作品しか読んだことがありませんから」


 少し落ち着きを取り戻したのか、香寺さんは嫌味を感じさせない自然な笑顔でそう言ってから僕たちに背を向けて歩いて行ってしまった。


 瑠奈さんは細めた目でその背中をむすっとした顔で睨んでから僕に視線を移す。


「え? なに? 痛っ」


 そしてきゅっと僕の腕を抓って友達の集まるところへと駈けていってしまった。

 自分から香寺さんを煽ったくせに八つ当たりだ。


 心は荒み切っていたが、取り敢えず緊張から解放されたという安堵で体から無駄な力が抜ける。


「よお。色男!」


 死語とモブキャラ感を丸出しで与市が肩を叩いて来てくれた。

 恐らく今の一連のやり取りをどこかで見ていてくれたんだろう。


「なんだよっ……他人事だと思って」

「そりゃ他人事だからな」


 敢えてからかってくる与市が今は有り難かった。


「こうして与市と話してるときが一番だな、やっぱ」

「だから俺がいつも言ってるだろ。女は二次に限るって」

「女って……別にそういうのじゃないからな、瑠奈さんも、香寺さんも」

「二次元はいいぞ。喧嘩しないし、裏切らないし、修羅場もないし、劣化もしないしな」


 与市は色々と終わってることを指折り並べて僕を慰めてくれていた。もしかしたらただ単に本心を言っていただけなのかもしれないけど。



 ホテルに戻った後は夕食まで自由時間だった。

 まだ寒くはなかったし、無理したら海水浴も出来ただろうが大抵のクラスメイトは街の探索に出掛けた。

 この辺りはタモン地区と言ってグアムでは最も賑やかな繁華街だった。もちろん危険なところに行ってはいけないとくどいほど聞かされていたし、行っていいエリアも限られており、街では至る所で先生たちも見廻りをしている。


 僕は与市と二人で近くのショッピングモールへと向かっていた。

 グアムの街を行き交うのは日本人か中国人、台湾人、韓国人しかおらず、期待していたのとはちょっと違う異国情緒を味わった。

 同級生とも頻繁にすれ違う。お土産品を大量に持っていたり、ヘンテコなサングラスを掛けていたりと、みんな普段とは違うテンションだった。


 施設内には世界的なブランドやお土産屋、コスメ店などがテナントとして入っており、空調の効いたひんやりした空気には香水やココナッツオイルの匂いが漂っている。


 僕たちにはまるで無縁のリア充感溢れる空間だが、異国だからなのか、はたまた修学旅行だからなのかは分からないが、日本の街中で間違って迷い込んだときのような疎外感は感じなかった。

 とはいえこの辺りに僕たちが用のある店はない。


「そうだ。俺、南の島に来たらしたかったことがあるんだ」


 唐突に与市が死亡フラグめいたことを口走ってショッピングモール内の地図を確認する。


「こっちだな」

「どこ行くんだよ?」


 僕は与市に導かれるままに後を追う。


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