きっかけを作ってくれた人への恩返し
小説を改稿するというのは書くのに比べて何倍も時間がかかり、苦痛も伴う。
人によるだろうけど、少なくとも僕はそう感じていた。
何度も何度も読み返さなくてはならないし、その中でおかしな表現を見つけてはその都度手直しをしなくてはいけない。
もちろんネットにアップするときも一度書いたものを何度も読み返しては文章を直したり冗長な箇所を削ったりはしている。
しかし全体を通して矛盾がないかとか、そこを直したことで他の章に発生する矛盾を直すということまではしない。
ましてや必要とあればエピソードを増やしたり削除して全体を直すなどということまではしたことがなかった。
そんなことをすれば全体が無茶苦茶になってしまうからだ。
しかし書籍化の作業は当然そこまでの改稿を要求された。
たとえるなら書籍化に伴う改稿はブロックで作った恐竜の胴体を小さくして、閉じていた口を大きく開かせ、角の角度を変えて二本だったものを三本にするというような大改造をするようなものだ。
そうなるともう全体のかたちを壊さずに直すことは不可能なので、一度大きく解体して作り直さなくてはいけない。
一方ネットにアップしていたときの改稿とは、せいぜい角を増やしたり曲がっているところを真っ直ぐにしたりするくらいだった。
もちろんそれは僕のようないい加減な作者の場合の話であって、しっかりした作者ならネットにアップしている時から全体をバラすほどのきちんとした改稿をしているのかもしれないし、そもそもプロットの時点で確固たるものがあるからそんなことをしなくても問題がないのかもしれない。
とはいえそこまでしっかり書く人ほどきっと書籍化するときは更に直したいのだろうから、やはり大幅な改稿作業をするとは思うけど。
僕の場合はネットにアップするとき、そこまで細かく直すよりは先を書きたくなる。たぶん大抵の人はそうなのではないかと思う。
などと、ぐだぐだと愚痴のようなことを言ってしまったが結局なにが言いたいのかといえば、改稿作業ばかりしている僕は精神的にかなり疲れていた。
だから気分転換に新しい小説をアップし始めた。
新作は前から下書きで少しづつ書いていたものだ。
小説の改稿の気分転換に新しい小説を書くというのも不思議な話だとは思うけど、意外とこんな人は多いような気もする。
「さて、と……」
新しくアップした新作の反応を確認するために小説投稿サイトを開く。
今回の新作はいわゆるローファンタジーと呼ばれる現代社会を舞台にした作品だ。ファンタジーの世界を舞台としたハイファンタジーは書籍化する作品で書いているので、違うものにしてみた。
「おっ、ブックマークも増えてる」
アップして三日だがブックマークは100を超えていた。
書籍化される『異世界を救うなんて僕には荷が重すぎました』は25,000を越えているから端数にも満たない数字ではあるけど、新作に付いたブックマークというのはなんだか重みを感じてしまう。
更には感想も貰えていた。
人気が上がれば感想を貰えることも増える。誉めてもらえることもあるが、厳しい意見をもらうことだって当然ある。
しかし時には指摘とはほど遠い、やけに上から目線の憎悪に満ち溢れた罵詈雑言を書き殴ったような感想をもらうこともあった。
人気が上がるにつれて、そういう罵倒されるような感想は増えた。初めは驚き、恐怖とぶつけようのない怒りを覚えたものだ。
だがこのサイトで小説をアップし始めた頃はいわゆる豆腐メンタルだった僕も、そういうことが繰り返されるうちに慣れてしまった。
いいのか悪いのかは分からないけど、少し図太くなれたことは間違いない。
「うっ……小鳥遊慧さんか……」
感想をくれたユーザーネームを見て怯んだ。
小鳥遊慧さんは頻繁に手厳しい感想をくれる常連さんだった。
この人はただ単にサンドバッグ的なものを求めてやって来て、憂さ晴らしのような罵詈雑言の感想を書き散らすタイプとは違う。
ちゃんと読んだ上で的確にダメ出しをしてくる。
しかも若干の皮肉を交えてからかうように指摘してくるのが小憎たらしい。とはいえ実に当を得たことを言ってくれるからもちろん感謝もしていた。
『投稿者:小鳥遊 慧
作品名:『異世界王国の第二王女が転生してきて勝手に僕の妹になりトップアイドルを目指してます』
異世界から異世界人が転生してくるアイデアは凡庸だが、転生してきた第二王女に見た目が美しい以外なんの能力もないところは面白い。
第二王女は凄く可愛いらしいが、容姿の描写が『目が大きい』とか『肌が白い』とかくらいしかないのがこの作者らしい。具体的な描写を避け、読者それぞれの中で最高の女性像をイメージさせる手法なのだろう。
キャラクター個々のイメージが固まる前から次々と登場人物を増えるので正直誰が誰だか分からなくなる時もあるが、きっとこの作者のことだからあと十話もすればそれぞれの個性が溢れる作品になるのだろう。実に楽しみである。』
相変わらずの小鳥遊節に苦笑いが溢れる。貶してない振りをして小馬鹿にし、無駄に持ち上げてプレッシャーをかける。
実に小鳥遊さんらしい感想だ。
でもアイデアはいいと褒めてくれているのは素直に嬉しい。ここだけは本気で褒めてくれているのだろう。そう思っておこう。
そもそも僕の作品が書籍化されるまで人気が出たのは、この小鳥遊慧さんによるところが大きい。
アップしはじめた当初のブックマークが3とか5とかで停滞していたとき、突然小鳥遊さんはやって来た。
『荒削りではあるが、見るべきところがある』という昔大リーグでコーチをしていた老人が、河川敷でプレイしていた野球少年を捕まえてその才能を見出したような感想をつけてくれたところから、僕たちの関係は始まった。
小鳥遊さんはどうやらサイト以外のSNSでも僕の作品を紹介してくれたらしく、色んな人が小説を読みに来てくれた。運良くその人達にも好意的に受け容れてもらい、どんどんブックマークも増えていった。
一度波に乗ればそれまでの燻っていたのが嘘のように人気は上がっていき、気がつけば日間ランキングで五位以内に食い込んだ。そして遂には僅か一日半だが一位にもなった。
もちろん急上昇はやがて去り、ランキングも落ちていったが、その一度浮上したのがきっかけで出版社の目に留まったらしい。
こうやって自分の例を見てみると、結局書籍化するかしないかなんて運に寄るところが大きいと思う。
もちろん浮上しはじめたチャンスをものに出来る魅力があるかとか、出版社に『商品としての価値がある』と思ってもらえるクオリティは必要だ。
しかしその実力を秘めながらチャンスが回ってこない作品も恐らく山ほどあるのだろう。
たった一度のチャンス。それすら訪れずに、本当は出版できるクオリティの作品が人知れず消えていく。
出版されたらアニメ化まで行く可能性のある作品を、作者すら自著の実力が信じられず諦めてしまう。
それは恐らくこのサイトで毎日のように繰り返されている出来事だ。
(絶対小鳥遊さんに『最高に面白い』って言わせてやるっ……)
それは書籍化のきっかけを作ってくれた小鳥遊さんへの恩返しでもある。
小鳥遊さんはたまにサイト内で特に面白かった作品を作者ニュースを使って紹介しているが、そこに僕の作品が上がったことはまだない。
静かな闘志を燃やしながら僕は『第二王女』の続きを書き始めた。




