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その十 エピローグ 完結

二十七日目 六月四日(金曜日)

 朝六時にホテルをチェックアウトして、タクシーでマドリッド・バラハス空港に向かった。

 タクシーの運転手は中年の快活な男だった。

 スペインではどんなところを廻って来たのか、訊いて来た。

 三池がこの四週間の間に旅行して廻ったところを列挙した。

 そんなに廻ったのか、スペイン人の俺も未だ行っていないところもある、とびっくりしていた。

 ところで、セニョーラ、旦那と一緒の旅行はどうだった、と香織に訊いて来た。

 三池が香織に訊かれた内容を少し照れながら通訳した。

 香織はにっこりと笑い、ムイ・ビエン(とても良かった)と答えた。

 答えを聞いた運転手は、右手の親指を上に立てた。

 空港の第一ターミナルには六時半に着いた。

 少し余分にチップを渡した。

 運転手は、グラスィアスと言いながら運転席に戻り、ブエン・ビアッヘと言い残して去って行った。

 七時にルフトハンザドイツ航空のカウンターでチェックインを行なった。

 成田までのバゲージ・スルーと、フランクフルト空港でのスルー・チェックインを要望した。

 その後、空港内の二十四時間営業のカフェテリアで軽めの朝食を摂った。

簡単なセキュリティー・チェックを受けて、搭乗ゲートに向かった。

途中、免税店があったが、フランクフルト空港での出国審査時の手荷物検査で液体類は引っかかり没収されるということを聞いていたので、飲みものの類は買わなかった。

九時五分、定刻通り、飛行機はフランクフルトに向かって飛び立った。

十一時四十五分、フランクフルト空港に到着した。

到着後、出国審査と手荷物検査を受けた。

乗り継ぎの搭乗ゲートを確認した後で、二人は免税店で少し買いものをした。

その後、カフェテリアでドイツビールを飲みながら、昼食を摂った。

午後一時三十五分、フランクフルト空港を飛び立ち、一路、成田空港に向かった。


二十八日目 六月五日(土曜日)

 到着前の機内で、『携帯品・別送品申告書』の用紙を受け取り、三池と香織はそれぞれ記入した。

 僕が代表するわけにはいかないしねえ、と三池は笑いながら隣に座っている香織に言った。

 お互い、独立した世帯ですものねえ、と香織も笑って言った。

 午前七時半、成田空港に到着した。

 朝食を空港内のレストランで摂った後、香織はそのまま母親が待つ東京の自宅に帰ることとしていた。

 三池はリムジンバスに乗り込む香織を見送った。

 バスに乗り込む際、香織は思い切ったような表情を浮かべて、三池に何事か囁いた。

 それから、香織はバスに乗り込み、窓から三池に手を振った。

 三池も手を振って応えたが、どこかぎごちない仕草だった。

 バスが走り去った後、三池は暫く困惑したような表情を浮かべて、バス停に立っていた。

 そして、三池もホテルのシャトルバスに乗って、宿泊予定のホテルに向かった。

 ホテルに荷物を預け、チェックインまでの時間を潰すため、三池は車を運転して成田市内のイオンモールに向かった。

 本屋で暫く過ごし、昼食を食べてからホテルに向かった。

 夜、ホテルの窓辺に座り、放心したように缶ビールを飲みながら、三池は香織のことを想っていた。

 携帯電話が鳴った。

 出てみると、香織の少しハスキーな声が聞こえてきた。

 旅行でお世話になりました、といったお礼の言葉と共に、ご迷惑で無ければ、これからも交際して欲しい、一人の女性として交際して欲しい、と香織は三池に話した。

 電話が切れた後、成田離婚という話はよく聞くところであるが、成田結婚という話は聞いたことがない、果たしてどうしたものだろうか、齢の差はあまり関係無いのか、と三池は窓の外の成田空港の夜景を見ながら思っていた。

 三池の耳の奥で、リムジンバスに乗り込む前、香織が囁いた言葉がまだ残っていた。

 あなたが好きになりました、おそらく、これは『愛』です、と香織は三池に言ったのだ。


二十九日目 六月六日(日曜日)

 ホテルをチェックアウトして、三池は高速道路を走らせながら、香織との今後の展開を秘かに楽しんでいる自分に気付いた。

 意外でもあり、一方、予想通りというような複雑な心境を抱えたまま、車を運転していた。

 四週間のスペイン旅行という『非日常』を経て、今から『日常回帰』して行く。

 ああ、やれやれ、楽しかったけれど、旅は終った、やっぱり、我が家が一番、狭いながらも楽しい我が家か、と前の自分ならばそのように思い、懐かしい日常へ心のギアーをスムースにチェンジして行ったであろうが。

 今は違う。

 家が近づいてくるにつれて、早く我が家のソファーに寝そべりたいという普段の欲求が全然起こって来ないのだ。

 香織との今後のアバンチュールを考えている自分が居り、香織を何とかして幸せにしてやりたいと思う自分しかいなかった。

 アバンチュール、アドベンチャー、アベントゥーラ、冒険!

 アベントゥーラを求めて旅に出て、ただの風車を残虐非道な巨人と思い込み、果敢に闘いを挑んで突進して行く、あのドン・キホーテにならなければならない。

 何のために?

 答えは決まっている。

 香織のため、そして、自分のためだ。

 吉と出るか、凶とでるか?

 全て、神の思し召し、と三池は微笑んだ。

 今回の旅行でホテルをチェックアウトする度に、ホテルのフロントから毎回言われた言葉が、ふと脳裏に甦ってきた。

 『ブエン・ビアッヘ!(良い旅を!)』

 それは、二人の今後の旅に対する『はなむけ』の言葉ともなっていたのかも知れない。




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