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Unlock  作者: 蝶ノ助
第一章 天地開闢《てんちかいびゃく》
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第七話 高圧水流があるじゃない

 


 体の内側から、力が溢れるのが分かった。

 あまりにもその力が強いから、自分の体が自分じゃないみたいに感じる。

 それでも右手を何回かにぎにぎすると、あ、やっぱ自分の体なんだなって実感した。


「おい……大丈夫か?」


 視線を右手から胸元に移すと、アクアンが心配そうに俺の顔を見ている。


「ん?おう……多分?」


「なんだその曖昧な答えは」


 自信がなく首を傾げながら答えると、アクアンは呆れた顔をした。

 多分アクアンは俺が狂ってないかを聞きたいのだろうけれど、正直自分じゃよく分からない。

 話ができるから狂ってはねーと……思う。多分。

 それになんだろ……自分でもよく分からないのに、妙にしっくりくる、みたいな。


「くっ、とりあえずボクが分かるな!?自分が誰だかも分かってるな!?」


「お、おう!分かる分かる!」


「ならいい、問題ない!」


 いつまでも俺がぽわぽわしてんのが気に障ったのか、アクアンはすごい勢いで俺に詰め寄ってきた。その圧力に負けて反射的にいえすと答えてしまう。

 でもOKらしい。ならいいか!いいのか?


「ははー……成功しちゃったかー」


 視界の端でゆらりと、悪魔が揺れた。

 首を動かすと、男は少し離れた所でぐっと腰を低くし構えている。両手には先程と変わらずナイフが握られていた。どうやら警戒しているようだ。笑っているが、引きつっていて余裕がない。

 アクアンを見ようともう一度胸元に視線を戻す。だが、そこにアクアンの姿はなかった。

 あ、あれ……?どこ行った?

 首をかしげると後から、おいと声をかけられた。黙って振り返る。少し距離を空けた所で、アクアンが鍵を片手にふよふよと浮いていた。


「上手くいったんだから、もうどうにかして戦え!流れでどうにかしろ!」


「ここで投げやり!?うっそだろ!なんかアドバイスとかねーのかよ!?力を使うコツとか!悪魔の弱点とかさぁ!」


「力を使うならコントロールする事を考えろ!自分で力を操るんだ!」


「コントロール!?」


 ちきしょう!分かんねーよ!バカに優しくしろ!


「目、離していーのー?」


「うぉっ!?」


 アクアンに気を取られていると、男が間延びした声を発しつつ斬り込んできた。

 俺は慌てながら、後に飛んで避ける。


「成功しちゃうとちょっと困るけどーうん、君を連れてく理由なら増えたってことよな」


「はいそうですか、って連れてかれるわけねーだろ」


 男はなおもにぃっと笑う。対して俺も、挑戦的に笑ってみせた。

 なんのために危険を承知でアンロックしたんだっつーの。なんか上手くいったっぽいし?これなら戦える!きっと!


「うーん、そうだねー。じゃあ力尽くで連れてくよー!」


 悪魔はそう言うとぐっと足を踏み込み、勢いを付けて俺の方に飛び出してきた。両手のナイフが夕日に反射してキラリと光る。

 くそ!コントロールとか正直よく分かんねーけどこうなったらヤケだ!習うよりなんとやら!

 俺も腰を低く落とす。体重を乗せ、足を一歩踏み出すと、体の中で何かがドクリと音をたてた。


 あ、できる。


 よく分からないが、何故かそう思えた。体の奥底が、本能が、できると告げる。

 もう一歩踏み出す。すると、踏み出した足から衝撃が生まれ、それが水となり波ができた。波は大きく盛り上がり、迫り来る悪魔を飲み込んだ。


「ぐっ……!!」


 バシャ、という派手な水音。男は顔面からモロに喰らったのか、苦しそうな声を上げる。


「調子のん、なー!魔を斬る刃(ワ・ナネ)!」


「うぇっ!?」


 だがすぐにナイフで波を切り飛ばし、ぐわりと俺の前に顔を見せた。

 ナイフって水切れるの!?何それ!?

 悪魔はそのままナイフを振りかざす。俺は体を後に反らし、ギリギリで避けた。目の前でナイフが交差し、ガキンと音が鳴る。


「ぐっ……!」


 くそ……!カンが鈍ってるな!

 体が思っていたよりも上手く動かない。このままじゃマズイと思い、もう一度足を踏み込んだ。

 なんかこう……相手を止めるために壁みたいなの欲しい……!さっきアクアンが出したああいうの!だから……下から上に、水が上るような!

 コントロールという言葉を頭に置きながら踏むと、今度は地面から垂直に水が湧上がり、水の壁ができあがる。


「うぉ!?できた!?」


 イメージ通りにできて驚く。コントロールってなんとなく分かった気がした…ような、しないような……。

 いや、上手くできたから深くは考えない。考えないぞ。それに、これができるなら……!


「壁出しても、同じだよー!」


 男は先程と同じくナイフで水の壁を切り裂いた。パシャリと音をたて、水の壁が飛び散る。

 男はそのまま飛び込んでくるかと思ったが、怪訝そうな顔をして動きを止めた。視線は俺の右手に向いている。


「拳に……水ぅ?」


 俺の握られた右手を見ながら、男は首を傾げた。

 男の言うとおり、俺は自身の拳に水を纏わせていた。


「前ちょっといろいろあってな、こっち慣れてんだよ」


 男の様子を見ながら、俺はにぃっと笑う。

 正直、黒歴史案件で俺的にあまり触れたくないが……今はそんなこと言ってらんねーしな。ここは慣れてる方がいいに決まってる。

 水の殺傷能力は……何かしらあるんじゃねーかな?多分?


「いくぜ」


 ひとつ言葉を発してから、俺は男に向かって飛びかかった。勢いを付け拳を振るう。


「おーっと」


 男は余裕そうな声を上げて、体を横に反らし避けた。

 俺は続けて左の拳にも水を纏わせ、相手の腹に向かいもう一発入れる。


「ふん!」


 男が後退したところで、今度は顎に向かって右の拳を突き入れた。

 男はこれを腕でガードするが、ズルっと水が滑り、衝撃でガードした腕をさらう。


「ぐっ!」


「もう一発!」


 そのまま空いた胴体めがけて、もう一発左手でぶち込む。

 すれすれで避けられたが、拳が男の横腹を通り過ぎた時、何かキタ感覚があった。よく分からないんだけど、何かがハマる感じ。

 カチッとハマって、いけると思った。

 瞬間、バシュンという音。切り裂くような水音。同時に、拳からクロス状に水が吹き出た。

 勢いよく吹き出した水流は、男の腹部をかすめたかと思うと、触れた軍服をパックリと断ち切る。


「……なっ!?」


 男は困惑した声を上げた。裂かれた服の間から少し血が垂れている。腹に直撃した訳ではないのに、衝撃で表面がちょっと切れたらしい。


断ち切る急流の拳(エノ・アン・ノラユン)……!?」


 アクアンが震えた声で呟いた。

 え?何?えの……?


「マジで使える奴いたのー……?」


 目の前の悪魔も同じくらい震えた声で顔を引きつらせた。

 な、なんでそんな動揺してんの!?俺何したの!?


「え、ちょ、何!?何!?」


 男とアクアンの動揺ぶりに俺が困惑していると、さっきまで距離を空けていたアクアンが勢いよく詰め寄ってきた。


「おいお前!どうしてそれが使える!?どこで知った!?」


「え?え?いや分かんねーし!なんか勝手に出ただけだよ!」


 ほんとにまったく1ミリも意識してないし、なんかキた!って思ったら勝手に出ただけだし!分かんねーから!

 俺が本気で狼狽えても、アクアンは納得できないという顔をする。


「はぁ!?そんなので使えるわけないだろう!?あれは――」


「おれちょっとこれで失礼するからー」


 アクアンが言い終わる前に、男の間延びした声が上からした。慌てて声の方に向くと、いつの間に登ったのか、男が近くの屋根の上からこっちを見ている。ついでに親しいやつに挨拶するみたいに、気安く片手を上げていた。


「あ!いつの間に!」


 つい声を上げてしまう。さっきまで目の前にいたのに急すぎねー!?

 けれど男は俺のテンションには合わせず、だってさーと口を突き出してから、変わらず間延びした声で続けた。


「まさかアンロックがいい感じに成功して、古文書とかに載ってるような技使われたら逃げるしかないでしょー?ってことで、ばいばーい」


 男は緊張感の欠片もないような顔で手を振ると、そのままシュパッと消えてしまった。


「ちょ、待て……!?」


 追いかけようとするが、相手は屋根の上なのでどうにもできず、俺は立ち止まってしまう。あとはただ、男がいなくなった屋根を見つめることしかできなかった。

 というか消えたぞ今!?やっぱ悪魔は瞬間移動できるのか!?


「っち……あ、いや、逃げたってことは危険は去ったってことか?ならいいか?」


 逃げられたのがつい癪に障って舌打ちをしてしまう。でもよく考えたら悪魔を追い返したってことで、結果オーライなのでは?


「バカかキミ」


 だが俺が明るく発した言葉に、アクアンはピシャリと言い放った。


「あれは一度撤退しただけだ。鍵のありかが分かっているなら、狙わないわけないだろう。日を置いてまたやってくるぞ」


「あ、あぁ……確かに……」


 アクアンの言うことに納得する。

 そうだよな、世界征服ねらってんだもんな。そのために必要な物の場所が分かってるなら、狙うよな。うん。


「じゃあ早いこと移動しなきゃじゃんお前。このままじゃ捕まるべ?」


 とりあえず俺の働きで一難去ったみたいだし?ならさっさと逃げるべきなんだろうこいつは。

 はじめからそういう話だったよな?悪魔から逃げながら悪魔と戦える奴を探すっていう――


「いや、その必要はなくなった」


「は?」


 俺の言葉を、アクアンはしれっと否定した。

 ていうか、え……なんで?逃げなくていいのかよ?必要は……なくなった?


「キミ、名前はなんていうんだ?」


「名前……?い、一ノ瀬(いちのせ)治彦(はるひこ)、です」


 なんでか名前を聞かれた。俺はいまいち理解できず、首をかしげ答える。

 ……はっ!!今更名前を聞くってそんな……まさか……?

 嫌な予感がしてきた。

 この先の流れを予測して、俺の頬にタラリと冷や汗が流れる。

 このタイミングで名前を聞く……それは、つまり……つまりつまりつまり!

 そして俺の予想に反さず、いい笑顔で、ほんっとうにいい笑顔で、アクアンは告げた。


「そうか、じゃあハルヒコ。キミを悪魔討伐のための人材として認定する」


「え」


「天界の鍵を使って、悪魔からこの世界を護れ!ハルヒコ!」


「うっそだろ!?」


 まだ暑い陽の光が傾いて、空に藍の色が差し出した頃。俺の悲鳴にも近い声は、住宅街一面に響き渡った。

 どこかにぶん投げた買い物袋の中で、氷が溶けてしまっていた。


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