2.召喚士サロメ
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カナトの今の状態は非常に恥ずかしいものだった。なぜなら右手で頭、左手で右肘と、それぞれこけて打ったところを押さえた状態で蹲っていて丸くなった猫みたいだったからだ。しかも横っ腹の上には例の小動物が乗っかっている。選りに選ってこんな状態になってるところで起きるなんて・・・とカナトは自分の間の悪さを呪った。そしてカナトはそんな状況に耐えられず自ら口を開いた。
「あ、えっとその・・・・・・おはよう?」
「あ、うん。おはよう?」
女の子はそう言ったまま固まってしまった。もっと何か反応してほしい、余計に恥ずかしくなるじゃないか。・・・いやそれより彼女に聞きたいことがある。あり過ぎるほどある。まずはお腹の上の小動物をどうにかして落ち着くことにしよう。そうしよう、うん。
「あの、この子は・・・?」
「へっ」
彼女の反応を見て、この小動物のことを彼女が知っているとは限らないじゃないかと気づき、カナトは言い方を変えた。
「あえーっと、この俺に乗っかってる子のこと、君知ってる?」
彼女は何か思い出したかのように目を開き、短めのウォンドを持ち出してカナトの方に向かって構えてから目を閉じ、そして何かに集中し始めたようだった。するとウォンドの先端が何やら紅く光り始め、その綺麗な光にカナトは一瞬見とれてしまった。はっと我に返ったカナトは視界の脇、自分のお腹らへんでも光っていることに気づく。まさしく、あの小動物が光っているのである。
これってまさか?
「レオくん!―帰還せよ!―」
彼女がそう言うと小動物が見えなくなるほどに光が溢れ、その後一瞬にして小動物はいなくなった。カナトは初めての事に驚き感心し、目をぱちくりさせながら口を開いた。
「君ってまさか?」
「そう、私は召喚士!そしてさっきの子はレオナルドっていうの。私はレオくんって呼んでる!」
召喚士っていうのはその名の通り、特定の僕を召喚し、使役することが可能な魔法使いの事である。
「ごめんね、レオくん私以外には全然懐かなくてさ。また迷惑かけちゃったかな・・・怪我とかしてない?」
「ああいや、いいんだ。びっくりはしたけど、怪我するほどのことでもなかったしね」
そう言いながらカナトは立ち上がり、転げて服についてしまった土をパンパンと叩き落とす。
「ん?また?」
そしてカナトは少し遅れて気が付いた。彼女は”また”迷惑かけちゃったと言った事に。少なくともカナトは彼女からこれまで何かされた覚えなどなく、むしろおいしいご飯を食べさせてもらえたことに感謝したいくらいだった。それ故に”また”という言葉が引っ掛かったのだ。
「あれー?えーっと昨日のことなんだけど・・・」
昨日の事と言われてもカナトは目の前にいる彼女との記憶は酒場でのことしかない。彼女は何か勘違いしているのではないだろうか、そう思いながらも酒場でおいしいものを提供してくれたお礼を言ってみる。
「昨日?ああ、マハニ定食ありがとう、すごくおいしかったよ?」
「あ、うん。ありがとう・・・?」
そういった後、彼女が考え込むように黙ってしまい、微妙な空気が流れる。なぜなのかは別としても彼女が迷惑かけたって言っているのに対し感謝の言葉を言ったところで話が食い違うのは当然。どうしたものかとカナトまで考え込んでしまっているうちにだんだんと冷静になってきて、まだ彼女の名前を知らないことに気づいた。
「「あの!!」」
沈黙を破る言葉がお互いに重なってしまった。しかも彼女は必要以上に驚いている様子だ。
「えっとそういえば名前とか知らないなって」
「あ、なんだ。名前ね名前!」
どこか安堵した様子の彼女にカナトまでほっとしてしまう。ただし彼女が安心した理由はカナトとは少し違うものであるが。
「私の名前はサロメ!この街のハンターだよ!」
「俺はカナト。ワンダラーで、山の向こうのメーヒ村からきたんだ。っていうかサロメさんハンターなんだ?」
「そうだよー。ま、まだ見習いなんだけどね」
「あ、実は俺も」
「そうだったんだ、一緒だね!」
「うん、そうだね」
それまでの微妙な空気感や緊張感からの反動だろうか、二人はどちらからともなく自然と笑い合っていた。サロメという子は本当に明るい子だ。例のインプとの戦いで精神を擦切らしていたカナトにとってはその明るさは救いだった。それだけではない。この街に来てから、何気ない事に幸せを感じ続けているカナトは、初めて日常というもののありがたさが身に染みていた。魔塔が聳え立つ前は、もっと平和だったというのだから、そんな世界を見てみたいなとカナトはそう思った。
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落ち着いてきた二人はベンチに座ってそのまま話を続けていた。
「そういえばさ、サロメさんってエルフ?なの?」
「ん?」
サロメはちょっと困ったような顔をしたのでカナトはまずいこと聞いたかなと思い、違う話を振ろうと話題を探ったが、サロメは少し考えた後に答えてくれた。
「私ね、ヒューマンとエルフのクォーターなんだ。おばあちゃんがエルフだったの」
「そうだったんだ」
「カナト君は、エルフが珍しいの?」
「ああえーっと、エルフだけじゃなくてさ、ここに来てから所々にいろいろな種族がいてびっくりしてるんだ。メーヒ村はほんと小さい村だからさ、あまり見たことなかった。山一つ越えればいいだけなのにね」
「そうだったんだ。仕方ないよ、こんな時代だもの。簡単には遠出なんてできないから」
「うん。でもここに来てよかった。いろいろわかってきた気がするからさ」
「そっか」
それからはカナトがここに来るまでの話をしていた。山一つとはいえメーヒ村側は崖が多く、山登りは回り道だらけで大変だったことや手づかみで魚を捕まえられたこと、食べられる山菜かと思ったらすっごくまずいニガミ草だったこと。そして、例のインプの話になった。
「ふーん、森のインプ、倒してきたんだ」
「そうだよ、でもインプにしてはちょっと大きめのやつで苦戦しちゃって。それに・・・」
「それに?」
「魔物石を取れなかった。いや、取らなかった。爪なんかは取ったんだけど、本当に危ない瞬間とかあってその時の事思い出しちゃったり、インプを殺した時の手の感覚が蘇ってきちゃったりしてさ・・・。サロメさんは魔物、倒したことある?」
「私もあるよ。でも魔物石はレオくんがとってきてくれたからさ」
「そっか・・・」
カナトは、レオナルドってあんななりして結構すごいんだなと思った。しかしそのやり方は召喚士ならではのものである。カナトは魔物を倒した経験、命のやり取りをした経験からどうやってそれを乗り越えたのかが気になっていたが召喚士である彼女にとってはあまり関係ないのかもしれない、そう思って少し残念だった。サロメはそんな事を考えて少し俯いてしまっていたカナトの顔を、何か決意した様子で覗き込んだ。
「ね、カナト君。一緒に魔物、狩りにいこっか!」
「え?」
そう言うとサロメはベンチから立ち上がって、カナトに握手を促すように手を差し出した。
「よろしく!」
「えっと、よろしく?」
カナトはサロメの勢いに押されるがまま、握手を快諾し、返事をしてしまった。しかし元々いくらか持ってきた分のお金があるとはいえ、何とか稼ぎを出したいカナトにとってチームで動けるというのはすごく心強いものだった。だがあんな戦いをしてしまった後だ、もし足を引っ張ってしまえば今度はカナトだけじゃなく、サロメにまで危険な目に合わせることになってしまう。それだけは絶対にだめだ。カナトは、いつかは乗り越えなくてはならない事なのだから、チームとして動く以上、覚悟を決めようと拳を握りしめた。
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