乾いた心
結婚したら恋は出来ない。
恋をしてはいけない。
だけど日常はあまりに乾いている。
少しだけなら大丈夫だよ。
、、、大丈夫!本当に一口呑むだけだから。
僕は、前野一35歳。同い年の妻と5歳の息子がいる。
仕事は住宅営業をしている。
まぁどこにでもいる一般人だ。
住宅を去年購入して35年のローンをかかえている。
日々、残業に明け暮れ、休みは家族サービスと、、、繰り返し変化の無い暮らしをしている。
楽しみといえば、朝のコンビニでいつも買うコーヒーがキャンペーンをしていてシールを剥がして当たりが出ると ぶなんしーのレアストラップが当たる。
ぶなんしーはゆるキャラで息子が大好きなキャラクターだ。
なんとか当ててやりたい。
今日も、いつものコンビニでコーヒーを買う。
コーヒーに手を伸ばした時、誰かの手に触れる。
女(あっゴメンなさい。)
女性はスラッとした長身の美人。
OLの様で制服を着ていた。
僕はドキッとした。
一(あっ。こちらこそすみません。どうぞ!)
女性はぺこりと頭を下げるとコーヒーをとってレジに向う。
僕はドキドキした。久しぶりに妻以外の女性に触れた。
触れたと言っても指先だけだ。
僕はレジを済ますと会社へ向かいながらその女性の事を考えていた。
凄く美人だったな。
左手に指輪があったから既婚者か、、
あんな美人と結婚出来る男は羨ましいな。
僕の妻はブスではないが美人でもない。
産後少し太り家では寝巻きで一日中いる。
女性らしさは微塵もない。
注意すると育児が大変なんだと10倍で返してくる。
勿論夫婦の営みも無い。
結婚前はもっと女らしかったのにこれは詐欺に近い。
ただ付き合いが長かったからなんとなく結婚してしまった。
まぁ、こんな事、口が裂けても言えないが。
俺の人生はこうして何事も無く過ぎていってしまうのだろう。
そうこうしていると会社に着いた。
住宅も最近は景気不振により低迷している。
しかし営業は売ってなんぼ。
飛び込み営業も必要だ。
今日は、朝から気合を入れていくぞ。
、、、19時帰社。
はぁ〜疲れた。50件飛び込みで話を聞いてくれたのは僅か3件、、、
その内の1件は半分痴呆のお婆さん。
どっと疲れたから今日はもう帰ろう。
会社を出ると俺は立ち止まり。
夜空を見上げた。
帰っても口うるさい妻の愚痴を聴き、
暴れん棒の息子の遊び相手をして、
クタクタになって眠りにつく、、、
たまには寄り道して帰ってもいいだろ。
俺は電車に乗りいつも降りる駅を通り過ぎた。
ふと対面に座る女性に目が行く。
あっ。
おもわず声が出た。
女性は俺の声に反応して俺を見た。
今朝、コンビニで見た女性だ。
俺はしまったと思った。向こうは俺の事など覚えているわけないのに。凄く恥ずかしい。
下を向いていた俺は恐る恐る女性の顔を見る。
えっ、、、
女性は泣いていた。
こんな言い方は不謹慎だが、美しい。
美人というのは泣き顔も美しいのだ。
俺は自分が何か悪い事でもしてしまったのかて思い。おもわず声を掛けた。
一(、、、あ、あのー。大丈夫ですか?)
女性(うううっ、、、わぁーん)
女性は声を上げて泣き出した。
えーーなんだそりゃ!まるで俺が泣かしたみたいだ!勘弁してくれ!
プシュー 丁度電車が停車して駅に着いた。
俺は周りの冷たい目に耐えきれず、女性を促し一緒に駅を降りた。
女性を駅のベンチに座らせると俺も少し離れて座った。
女性はうつむいている。
香水のいい香りがする。あとお酒の匂い。
酔っているのか?
一(だ、大丈夫ですか?、、、お俺なんか悪い事しましたかね?)
女性(、、、ご、ゴメンなさい。私、、、凄く嫌な事があって、普段飲まないお酒を飲んだら悲しくなってしまって、、、
見ず知らずの人に迷惑を掛けてしまいました
本当にゴメンなさい。
もう大丈夫です。ありがとうございました。)
女性はすくりと立ち上がると今度は満面の笑顔で
女性(矢野美優です!初めまして!宜しく!)
と手を差し出してきた。
やはり酔っている。
一(一、前野一です。よ、よろしく。)
俺は握手した。
どんな理由にしろこんな美人と手が繋げるとはラッキーだ!
とても細く冷たい手。
でも出来ればずっと繋いでいたい。
女性はパッと手を離すと改札口の方へ歩き出す。
俺は立ち上がり、
一(あ、あのー大丈夫ですか?)
美優(フフフ。私の家、駅降りて5分の所なの。御心配なく!
じゃあね!前野さん!)
そう言うと美優は千鳥足で帰っていった。
俺はしばらく口を開けたままボーと座りこんでいた。
その後、特に寄り道せずに帰路についた。
帰ると妻の愚痴を聴き息子の遊び相手になり
クタクタになりベッドに入る。
あんな事あるんだな。
俺は、彼女の手の感触を思い出しながら自分の手を見つめていた。
その視線の先にイビキをかき気持ち良さそうに眠る妻がいる。
凄く新鮮でドキドキしたが、もうこんな事は二度と無いだろう。
明日からまた仕事頑張ろう。