第五話 シャルロの町とカルロの町
シルクがオリーブと宿の裏で話をした次の日。
シルクは彼女の行動に疑問を持ちながらもミルともに馬車に乗り込み手綱を握る。
宿屋の前の広間には早朝であるにも関わらずたくさんの商人や旅人がいて、出発の準備をしていた。このあたりは早朝に出なければ、次の町にその日のうちにつかないという旧妖精国内独特の事情が絡んだ光景と言えるだろう。
シルクはその光景を横目に見ながら馬車を走らせる。
「よし。それじゃ行こうか……」
「はい。分かりました」
馬車が出発すると、示し合わせたように人の波が割れていく。
別にシルクの馬車が何か特別とかそういうわけではなく、馬車の迅速な移動が求められるこのあたりでは、これがマナーなのだ。
もっとも、急いでいるゆえに街中でもスピードを出す馬車が多いので衝突事故の防止という一面も大きいそうだが……ともかく、北大街道の単なる中間地点となる街道沿いの宿場町はどこも旅人が優先されるという現実があるのだ。
「シャルロシティ含めてそうですが、どこも小さな町ですね」
「そうだな。まぁ開拓は始まったばかりだからな。これだけ整備されているだけでもすごいと思うぞ」
「そういうものなんでしょうか?」
「そういうものだよ」
小さな町なのでそんな会話をしている間にすぐに町を抜けてしまった。
町を抜けた後は前と同じく直線で単調な風景が目の前に広がる。
「北大街道終点のシャラ領までどれくらいでつくんでしょうか?」
「……んーどうだろうな? シャルロ領を抜けた後、カルロ領を縦断するから……まだまだ結構かかるな……それに実際にシャラまで行くのは初めてだから、具体的な日数は何とも言えないな」
「それで大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。十分な資金は渡されているし、もしも足りないってなればカルロにもシャラにもエルフ商会の支部はあるから、そこで調達すればいい。そういう話になっているはずさ」
シルクが説明するが、ミルはあくまで興味なさそうに“ふーん”とだけ言って見せた。
自分で聞いておいて、それはどうかと思うのだが、シルクはそれについて深く気にする様子もなく、馬車を走らせる。
馬車の周りには自分たち同様北の街を目指しているとみられる馬車や旅人がいるのだが、それぞれの速度の違いなどで徐々に分散していった。
まぁ馬をせかせて先に進むのはともかく、徒歩だったりゆったりとした速度で進むのは町と町の間で野宿をする前提で進んでいる集団だろう。
逆に先に進んで行ってしまった軍団は相当の急ぎか、はたまたペースを考えないで無茶をしているのかもしれない。
しかし、計画的に整備された北大街道の宿場町の間隔は一定なのでそれを予定通りに通過できるペースを保っていれば、全く問題はないのだ。
もっとも、予想外の事態によりそれが乱れるということを想定して、野宿の用意はしてあるのだが……
いずれにしても野宿はないに越したことはない。
宿屋で寝るのに比べて寝にくいし、何かと危険も多いからだ。
シルクは街道沿いに一定距離ごとに建てられている看板を確認しながら北へ北へと街道を進んでいった。
*
シャルロシティを発ってから約四日。
シルクたちの馬車はシャルロ領とその北にあるカルロ領の境界を越えた。
カルロ領は首都に住む一般市民から貴族にのし上がったマミ・シャルロッテとは違い、古い歴史を持つ生粋の貴族の分家であるカルロッテ家のダート・カルロッテが治めている土地だ。
旧妖精国の入り口で交通の要所であるシャルロ領や海に面していて、旧妖精国北部の海上輸送の要所となっているシャラ領にはさまれる形で存在するカルロ領は主に旧妖精国内を移動する際の通過点という扱いにされがちだが、その領土の広さは旧妖精国内随一である。
さらに付け加えれば、旧妖精国内最南部で地形的な要因も絡んで温暖で農業に適しているシャルロと海に面し、海産物が豊富にとれるシャラに対して、カルロは通過する商人や旅人に向けた宿場町の宿以外にこれといった産業が存在しない。
もっとも、現在は開拓の初期段階なのだから、これから徐々に産業というのは生まれていくのだろう。
そのようにカルロ領の情報を整理しているうちに日はすっかりと暮れはじめ、馬車はカルロ領最初の町に侵入していった。
カルロ領の町はシャルロ領の町とは大きく様相が違う。
石造りの建物が多いシャルロ対して、カルロ領は木造の建物が多いのだ。
これは文化的なものよりも領主の考え方の方が大きいかもしれない。
旧妖精国を十六に分割して、それぞれを十六の領主に振り分けた関係でこれまで領主という仕事にかかわっていなかったり、出身地がバラバラだったりするのでそれぞれの領内ではそこの領主の色が濃く出てしまうのだ。
シルクは馬車を町の中心部にある宿まで走らせ、宿の前で停止する。
すると、待っていましたと言わんばかりに宿屋の主人が出てきて、さっさと馬を裏手の馬小屋へと連れて行ってしまった。
シルクは馬がちゃんと馬小屋につながれるのを見届けると、ミルを連れて宿の中に入る。
「いらっしゃいまし」
時間帯のせいかやや薄暗い店内から先ほどの主人が出てくる。
「一晩泊めてほしい。人数は二人だ」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
店主は頭を下げて、奥へと入っていく。
これもまた、明るく活気のあったシャルロ領とは大きく違う。
シルクとミルは主人に案内されて、二階にある客室へと上がって行った。
*
案内された部屋は二人部屋でシルクとミルは荷物を置いた後、それぞれ別のことをして夕食までの時間をつぶす。
最初のうちは少しでもミルと話をしようとしたのだが、今となっては無理に話す必要はないと感じ、このようになっているのだ。
常に持ち歩いているお気に入りの本を読むシルクに対して、ミルはジッと窓の外の風景を眺めていた。
「ミル。いつも思うんだけどさ、それをやってて楽しいのか?」
「……はい。こうやって、行く先々の街の風景を目に焼き付けているんです。そうすれば、どこかに行きたくなった時に思い出すだけでそこへ行った気になれますから……」
「ほーそんなにそこらじゅうに行きたいなら旅人にでもなればいいじゃないか。まぁ何か詩を謳って稼いだりしながらさ……そりゃ楽な旅路にはならないだろうけどな」
シルクの言葉にミルは部屋の中を振り返り、小さく苦笑を浮かべる。
「無理ですよ。少なくとも、今の私には……」
その姿は常に敬語で無表情の少女の姿などなく、どこか儚げで幼い雰囲気をまとっていた。
これが彼女の本当の姿なのかもしれない。
そう考えているシルクに背を向けて、ミルは窓枠に手をかける。
「無理なんです。そうしたくてもできない事情がありますから……」
彼女の言葉を聞いてシルクは黙り込んでしまう。
やりたくてもできない。それは、シルクもおなじかもしれない。
人間たちとともに暮らしたい。コソコソと隠れることなく、のびのびと自由に暮らしたい。
そもそも、エルフという種族は商人には向かない。
プライドが高く、人間関係云々ではなく利益だけを見て行動する。
それでもエルフがエルフ商会を作り、商売をしているのは人間とのつながりが完全に立たれることを防ぐためだ。
おそらく、いま発令されている亜人追放令が永遠に続くということはないはずだ。
だったら、そうなる日の為に備えた方がいい。
なぜなら、亜人たちは人間に比べてかなり長く生きることができる。
その時、亜人追放令を排すと決めた人間と共存できるようにとエルフ商会の存在にはそんな願いがかかっているのだ。
シルクはミルの横に来て、同様に町を眺めてみる。
町は活気がないながらも人の営みがあり、生活がある。
その風景をのんびり眺めながら、風景を頭に焼き付けようとしてみる。
その後、二人は夕食が出来上がるまでその風景を眺めていた。