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第四話 深夜の宿屋の裏口

 ミルはもちろんのこと誰もが寝静まった夜中。

 厚く空を覆っていた雲はいつの間にかきれいに晴れ、顔を出した満月が地面を照らす。


 そんな中シルクは、宿屋の表口から外に出て、宿の裏を目指していた。


 当初は裏口から直接出ようと考えたのだが、そもそもシルクは裏口の場所をそもそも知らないし、こんな時間になってからでは宿の人間に聞くにもなんだか申し訳なく思ってしまったのだ。


 もっとも、宿自体はあまり大きな建物ではないので裏にたどり着くまでそこまでの時間は必要ない。


 周りを警戒しながらゆっくりと宿屋の裏手に到着すると、食事の時に出会った少女、オリーブ・シャララッテが裏口の扉とみられる場所のすぐ横の壁にもたれかかるような体勢で立っていた。


「彼女は物音からシルクの接近を察したのか、顔だけをこちらに向ける」

「お待ちしていましたよーエルフ商会のーシルクさーん……」


 シルクは一度も彼女の前で名乗った記憶はないのに彼女はシルクの所属と名前を見事に言い当てた。この短時間に調べたのか、元々知っていたのかわからないが、シルクは彼女から得体のしれない恐怖を感じ取っていた。


 オリーブは、食堂の時と同様に笑顔を浮かている。彼女はもたれかかっていた壁から離れて、シルクの方に歩み寄ってきた。

 警戒したシルクは一歩、また一歩と彼女から一定の距離を保とうと後ろに下がっていく。


 その行動からシルクの意図を察したのか、オリーブは少々残念そうな表情を浮かべて立ち止まった。


「そんなに警戒しなくてもいいのですよー私はー敵ではありませんなのですよー」

「敵ではないね……一応、聞いてもいいか?」

「なんなのですかー?」

「……お前はなぜ、私の所属と名前を知っている。一度も名乗っていないはずなんだが?」


 シルクの指摘に対してもオリーブは笑顔を浮かべたまま答える。


「そんなの簡単ですよーちょーとお友だちに頼んだだけですからーほぅらぁ、私ってこれでもーシャラ領領主の妹なのですからねー」

「シャラ領領主の妹様というのは大した情報通のようで……感心しましたよ」


 おそらく、追及したところで彼女は情報の出所について答える気はないだろうと判断し、シルクは大きくため息をつく。

 その瞬間であった。


 少なくとも、五歩ほど離れた場所にいたオリーブがシルクのすぐ目の前に現れ、手を取ったのだ。


「っ!?」


 あまりのことにオリーブは声に出さずに驚愕の色を示す。


「……我は望む、時よ。世界よ。止まれ」


 そのままオリーブが詠唱すると、世界は無音になり、文字通りすべてが止まった。


 ここに来てからずっと、シルクのほほをなでていた風はやみ、草が揺れる音がなくなる。しきりに聞こえてきていた野犬の鳴き声も聞こえないし、宿屋の軒先から地面へ向かっていた水滴は地面を打つ寸前で動きを止めていた。


「なんだっ!」

「手を離さないでくださなのですよーさもなくばーあなたの時間も止まってしまうなのですよー」

「どういうことだ!」

「……時間魔法。私の一族の十八番なのですよーまぁ多用はできませんが、前後半年ぐらいなら時間を巻き戻したりー未来へ行ったりもできますですしー止めることもできますのですよー」


 彼女は得意気に語りながら、離さないといわんばかりにもう片方の手でシルクの手をつかむ。


「さて、手短にお話ししましょうかー? あぁ別にあなたがエルフだからどうとかいうわけではないのでーどうぞーご安心下さーい」

「……わかったよ。それで? 話っていうのはなんだ?」

「ちょっとした情報収集の一貫でしてねー知らなかったらー知らないって言ってもらっても構いませんよー」


 彼女は笑顔を引っ込めて、代わりに懐から紙とペンを取り出した。


「まぁさっそく一つ目でーす。あぁひとーつ忘れていましたけれどーウソ偽りは一切なしでお願いしまーす」

「わかってるよ」

「はーいはーい。それでは改めてー一つ目でーす。“はい”か“いいえ”で答えてくださーいなのですよー一応、知らないもいいえでいいですからねー」


 シルクは返事の代わりにコクンとうなづいた。


「まずはー一つ目ーエルフ商会のほかにエルフの組織を知っていますですかー?」

「……いいえ」

「続いてーエルフ以外の亜人の組織はありますですかー?」

「……いいえ」

「最後にあの人間の少女……人間ですよねー?」

「はい」


 一通りの会話を終え、オリーブの顔に笑顔が戻る。


「どーもー情報提供ありがとうございまーす。いやはや、近頃亜人になんてなかなか会えなくてねー情報収集もままならないのだよー」

「なるほどな。情報収集ね……どうして亜人の情報なんかを?」

「んっ? 決まっているじゃないですかー情報というのは貴重な資源なのですよーもちろん、情報そのものだけではなくてですねー情報に付与する人とのつながりというのはとても重要だというのが私の考えなのですよーでーすーかーらー、こうして情報を集めているわけなのですよー」


 彼女はゆっくりと手を滑らせ、手を放す。


「えっ! 待って!」


 シルクが制止するころには、彼女の手は完全に離れていて周りの時間が一気に動き始める。


 風が流れ、野犬の遠吠えが聴こえ、水滴が地面を打つ。


 しかし、時間が止まる前と違い目の前にオリーブの姿はない。

 彼女はシルクを自分の能力の影響の範囲外として、自分だけあの止まった時間の中を通って逃げてしまったということなのだろう。


 一瞬、彼女を追いかけようかと考えたがおそらくそれは無駄だろう。


 情報が貴重な資源だと発言した人物がミスミス自分につながるような情報をどこかに落としていくとは思えないからだ。


「まったく……してやられたりと言ったところだな……」


 シルクはそうつぶやいて、今度は裏口から中に入り宿へと戻って行った。


 彼女が立ち去った後、風が強く吹きつい先ほどまで二人が立っていた場所の地面がぼんやりとした光に包まれる。


「……ふーなんとかやり過ごしたーなのですよー」


 オリーブは大きく伸びをして裏口横の壁にもたれかかる。


 実をいうと、彼女は先ほどシルクの手を放した地点から移動していないのだ。


 彼女はシルクがすぐに自分を探しにこの場から立ち去るだろうとあたりを付けて数分後の未来に移動していたのだ。

 実際は、つい数秒前までシルクはこの場にいたのだがそんなことを知るはずもないオリーブは無事に逃げることができたと安堵するとともに自分の読みが的中したとガッツポーズをする。


「さーてー下準備は十分。といったところなのですよーどうやら、例のあの子もーちゃんと旅立てたみたいですし、安心安心。なのですよー」


 彼女はそのまま鼻歌を歌いながら、宿屋から離れていく。


 その姿はしばらく周辺を歩き回る彼女の姿があったのだが、瞬きをする間ぐらいの時間で彼女の姿は消えてしまい、宿屋の裏口付近には最初から誰もいなかったかのような静寂が訪れていた。

 その出来事は、彼女の姿を偶然見かけていた宿泊客の間で“夜中に歌いながら歩き回る幽霊がいる”という内容で彼女の目撃情報が広がって行ったのはまた別の話……

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