第二話 絶対立ち入り禁止地帯
朝、町を出たときは低かった太陽はすっかりと空高く上っている。
シルクとミルが乗る馬車は北大街道を北方向へ向けて走っていた。
もともと旧妖精国は広い国土のほとんどが平野でそのほとんどが森におおわれている。
そのため、街道は地形的な要因をほとんど受けることなく、町も街道に合わせて作っていくのでひたすらまっすぐと伸びていた。
このぐらいの時間になってくると、早朝に向こうの町を出発したとみられる馬車や旅人とすれ違うが、その数は通常の大街道に比べればかなり少ない。
永遠と続く直線にシルクは集中力をそがれるが、手綱だけはしっかりと握っている。
確か前に北大街道を通った仲間の話だと、次の町までは基本的には一直線だと聞いている。
その町を出ると、街道はいったん弧を描き何かを大回りで避けるようにして次の町へと向かうのだという。
その先はまたまっすぐとシャルロ領の北へ向かうのだという。
シャルロ平原のほとんどを覆い尽くすようにして広がるシャルロの森の中でその半円のちょうど内側にあたる部分は統一国政府により、“絶対立ち入り禁止地帯”に指定されている場所の一つだ。
絶対立ち入り禁止地帯というのは統一国の首都近郊にある聖域や東の大陸に存在する天界の森などが指定されている。
それらの場所は名前の通り、一般人の立ち入りを全面的に禁止している地域のことで、聖域であれば聖職者、天界の森だったら天界の住民のみが立ち入ることができるといった具合だ。
街道の半円の内側にあるシャルロの森は旧妖精国内で唯一これに指定されていて、街道が一直線に進めない理由となっている。
馬車の中にあった簡易的な地図を取り出して、その場所を再確認する。
これ自体はちゃんと街道を通っていけば入ることもないし、問題ないが念のために場所を確認しておく必要があると感じたからだ。
そうしている横でミルはぼうっと空を眺めている。
「おいミル」
「なんでしょうかシルク様」
「あのさ、なにをしているの?」
シルクが尋ねるとミルはきょとんとした表情を浮かべた。
「シルク様? あの……空を見ているだけですが?」
「空を見てるだけですがじゃなくて、なんか仕事しろよ」
「何かというような具体性のない指示をされても困るのですが」
どこか困惑したミルに対してシルクは大きくため息をつく。
これじゃ結局、一人で旅をしているのと大差ないという意味をのせていたのだが、当然ながら彼女には伝わるわけがない。
ミルは再び空に視線を移していた。
もっとも、比較的新しくきれいに整備されている北大街道では馬車の手綱を握っておく以外はあまり仕事はないように見えるのかもしれないが、実際には荷物番が必要になる。
それは、荷物が盗まれないように監視するのはもちろんのこと、荷物の落下や荷崩れの防止という大切な仕事だ。
しかし、それをやるようにとミルに言おうとしたところでシルクは少し戸惑った。
はたして、彼女に荷物番を任せてもいいのだろうかと……
しばらくそのことを考えたのち、シルクはミルに手綱を渡して荷馬車に移った。
「えっ? あの、シルク様?」
「とりあえず、次の町までは手綱握ってるだけでいいから……私は荷物見てるから何かあったら呼んで」
「はい……わかりました……」
自信なさげなミルの返答を背にシルクは意識を荷物の方へ集中させる。
馬車に大量に積まれた荷物がガタガタと揺れているが、今のところバランスを保っていて崩れる気配はない。
それに向こうの町を出て、シャルロシティへと向かう馬車や旅人とは一通りすれ違ったらしく、街道には再びシルクとミルを乗せた馬車が走るのみだ。
その後も大きな問題はなく、馬車は広大な森の中に一直線にひかれた街道を北へ北へとひた走って行った。
*
一つ目の宿場町での休息を経て、馬車は出発から二日目にしてシャルロの森の中心近くにたどり着いていた。
前の町を出発してから少しずつ街道が西方向へ向けてカーブを描き始める。
それを曲がりきると今度はそれと反対方向にほとんど曲がっていないに等しい角度で曲線を描く。
昨日から続いて荷物番をしていたシルクはふと、荷物から視線を外して曲線の内側方向に視線をずらした。
「シルク様。シャルロの森の中心部に興味がおありですか?」
「ん? まぁそうかもしれないな……多くの場所が聖域のような神聖な場所だったり、絶海のがけのように危険な場所が指定されている一方で旧妖精国編入と同時に絶対立ち入り禁止地帯に指定された場所だ。そのため、その中はあまり詳しく知られていない」
シルクはミルに視線を送る。
一方のミルは曲線の向こうを見つめたまま、少々自信なさげに話し始めた。
「確かにそうかもしれません。ただ、うわさではシャルロの森には自分たちの国を追われた妖精が住むとされています。自分たち以外が立ち入ることのできない領域の確保。それが、かつて国を治めていた大妖精が提示した全面降伏の条件だったと聞いたことがあります」
「ふーん。つまり、妖精たちは戦っても勝てないと最初からあきらめていたわけか……」
「そういう見方もできるでしょう。少なくとも統一国の上層部はそう思っているはずです」
「どういうことだ?」
シルクはやけに引っ掛かりのあるミルの言葉に疑問を持ったのだが、彼女はそれにこたえる気はないようだ。
ミルは再び無言で手綱を握る。
「どういうことなんだよ?」
シルクが荷馬車から離れて、ミルに詰め寄ると、彼女は小さくため息をついてから周りを見回した。
「……ここだけの話にしておいてくださいね」
そういうと、ミルはいったん言葉を切り、彼女の視線がシルクの目を射る。
「……十六翼議会という言葉に聞き覚えはありますか?」
「十六翼議会?」
「はい……統一国の最高意思決定機関である統一国政府よりも強い権限を持つとされる組織です。その存在は完全に秘密にされ、黄金の片翼の翼を常に身に着けている服や装飾品のどこかに付けているのが特徴です」
「そんな組織があるのか?」
シルクの質問にミルはさらに声を潜めて答える。
「はい。噂程度で聞いただけですけれど……あっこのこと、あまり漏らさない方がいいですよ。万人が知っているような話ではないですし、自らの存在を相当秘密にしたいようですから……」
「でも、このタイミングでこういった話をするっていうことはシャルロの森の一件って……」
「そう。上層部の上……議会が何かしらの形で一枚かんでいるっていうのがもっぱらの噂です。噂はうわさでしかないので確かめようがありませんが……」
あまりにも突拍子もないような声色は真剣そのものだ。
彼女は真剣なまなざしをシルクに向けた。
「シルク様。今、聞いたことはくれぐれも……」
「わかったよ。実在するとしたら、そんなのやばいっていうレベルじゃすまないからな……他言は絶対にしない……」
そう言いつつ、シルクの中にはもう一つの疑問が生じていた。
なぜ、彼女はそのような話を知っているのだろうか?
誰でもすぐに思い浮かぶような単純な疑問なのだが、その答えを出すのはどう考えても単純ではない。
おそらく、彼女が孤児だというのは間違っていないはずだ。そうでなければ、わざわざエルフ商会にいる理由がないからだ。
人間ならば人間社会にいる方が一番生きやすい。現在の世の中はそういうものなのだから……
シルクは小さくため息をつく。
彼女には彼女なりの事情があるのだろうが、なぜ彼女はそんな話を知っていて、エルフ商会にいるのだろうか?
こんなことはミル本人に聞けばすぐに答えが出るのだろうが、それはなんだかはばかられた。
その後も緩やかなカーブは続き、その先にある町に到着するまで二人は沈黙を貫いていた。