第二十話 情報収集(後編)
路地裏にある酒場はシルクの予想以上に混雑していた。
大きな町なのでこういったところが活気だというのは別段不自然ではないのだが、酒場には何かの記念日なのではないかと錯覚するほどびっしりと人が集まっている。
「すごい人だね……」
思わずそんなことをつぶやきながらシルクは店の中に入り、何とか開いていた場所へと収まる。
何とか人の波をかき分けてきた店員にエールを持ってくるようにと注文をすると、シルクは誰に声をかけようかと周りを見回し始める。
「なぁそこの姉ちゃん。ひとりかい?」
しかし、それを邪魔するかのようにナンパ目的だと思われる男が声をかけてくる。
「一人ですけれど、何か?」
「だったらさぁ。俺たちと飲まない?」
男が指で示した先の机では六人ほどの男が親指を立ててこちらへ来いというアピールをしている。
シルクとしてはこのような男たちに絡まれるのはあまりいい感情を持たなかったのだが、何かしらの情報が得られるかもしれないと考えついていくことにする。
「いいわ。ただし、一杯だけね。それと、ちょっと聞きたいことがあるのだけど……」
「おっいいねぇ。それじゃ行こうか」
男の方はシルクが前向きな返事をしたことに気をよくしたのか、鼻歌でも歌いそうな雰囲気でシルクをエスコートする。
「あらご機嫌ね」
「お嬢ちゃんのようなかわいい娘にOKをもらったんだ。浮かれないわけがないだろう?」
「あら、それはそれは……ありがとう」
ちょっとずつ相手の心に取り入ろうとしながらもシルクの心情は最悪なものだ。
こんな輩とはさっさと別れたいという感情を必死に心の奥底に押し込めながら笑顔を浮かべ、相手を持ち上げるというのはかなりの苦痛を伴うものだ。
席に着くと、さっそくシルクの前に空のジョッキが置かれなみなみとエールがつがれる。
「あら。思いのほか入れてくれるのね」
それを見て、シルクの口からは素直にそんな言葉が出る。
「はっはっはっ女性にケチだと思われたくないからな。このぐらいはいつもやっているのさ」
シルクのジョッキにエールをついだ男は豪快に笑いながらシルクの肩に手を置く。
「あぁ体に触れるのはなしにしてちょうだい」
「おっと、それは失礼」
体を触るなといえば、すぐに男は手を放して席に戻る。
こう見ていると、言動の割には意外と紳士的なのかもしれない。
しかし、油断は禁物だ。あくまで目的は情報収集であって、この男たちにからまれることではないからだ。
「ねぇ。ひとつ聞いてもいい?」
「なんだい?」
「人を探しているの。女の子なんだけどね……」
そこからシルクはなるべくわかりやすいようにと意識をしながらミルの特徴を伝える。
ある意味予想外だったのは男たちがその話を終始真剣に聞いていたことだ。どうやら、思ったほど悪い人たちではないらしい。
「……なるほどな……お前ら、見たことあるか?」
一通り話を聞き終えると、リーダー格の男が周りの男たちに尋ねるが、彼らはそろって首を振る。
続いてほかの関係者についても聞こうと思ったが、さすがにいろいろとまずいだろうと判断して喉元でその言葉をとどめる。
「ありがとう」
それだけ言うと、シルクはジョッキに残っていたエールを飲み干して立ち上がる。
「おうよ。見つかるといいな。そのミルっていう嬢ちゃん」
「ありがとう。見つけられるようにできる限りの努力をしてみるよ」
そのまま男たちと別れ、シルクは先ほどと同じような要領で周りの人にミルを見なかったかと尋ねてみる。
しかし、結果は完全に空振りで似たような人物を見たという証言すら見当たらない。
シルクは深く深くため息をついて酒場を後にする。
そのあとも、何店か酒場を回るが有力な手掛かりをつかむことができない。
おそらく、今回の出来事は相当巧妙に仕組まれているのだろう。下手をしたら、ミルはあの後地下空間から出ていない可能性もある。
そこまで考えて、シルクはふと立ち止まる。
仮にミルが地下空間にとどまっているとしたら、地下空間に潜入して彼女を探し出すということは可能ではないだろうか?
これまではミルがすでに連れ出されてどこかに連れていかれている可能性を考えて聞き込みをしていたのだが、全く目撃されていない以上、相当巧妙に隠されて移動したか、いまだに地下空間にとどまっているかのいずれかの可能性が高い。
前者と後者を並べた場合、より確立が高いのは後者だ。
なぜなら、人ひとり運ぶと一言で言っても食料が必要だし、その他身の回りの世話をするためにところどころで降ろしたり、物資を調達する必要があるからだ。ともなれば、誰かに目撃されていてもおかしくはないし、完全に隠しきるなどそうそうできないだろう。
もっとも、シルク一人では聞き込みができる範囲に限界があるため、その範囲外で目撃されている可能性も否定はしきれないのだが……
いずれにしても、今できる最善の方策はあの地下空間の入り口を探して再び潜入することではないのだろうか?
もちろん、それを目標にしたところでそれが簡単に達成されるとは思わないが、このまま砂漠の中で特定の一粒の砂を探すような作業を続けるよりはずっといい結果を生んでくれるように感じる。
「なるほど……その手があったか」
自分の中で生まれた思いつきに思わずそんな声が漏れる。
完全に見落としていた可能性だ。仮にミルがすでに地下空間から姿を消していても何かしらのヒントは得られる可能性が高い。
「……となると、今度はどこからどうやって入るかか……」
ただし、一番の問題はあの地下迷宮の構造がよくわかっていないという点だ。
そもそも、入り口がどの程度あって、どれほどの広さがあって、どういった構造になっているのか? そのあたりのことがさっぱりとわかっていない以上、今すぐに動くというわけにはいかないだろう。
ダメ元でエルフ商会シャラブール支部から潜入してみるというも考えてみたが、それをやると後々まずいことになるだろうから、やはりほかの入り口を見つけるのが賢明だろう。
「はてさて、どうしたものかねぇ……」
シルクはそう呟いてから空を見上げた。




