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幕間 シャラハーフェン

 シャラ領中心街のすぐそばにある港町シャラハーフェン。

 そこの波止場にマミ・シャルロッテの姿があった。


 ザーと大きな音を立てて雨が海面を打ち付けるのを見ながらマミは傘もささずに海の向こうにうっすらと見える大地へと視線を送る。


「ようやく浮上してきたようね。ミル、あなたが新しく住む大地よ」


 マミはこの場にいない少女に向けて語り掛ける。

 今、ぼんやりと見えている大地へ踏み入ることができるのは雨が降っている日だけだ。それも、ある程度まとまった量の雨が必要となる。


 亜人の一種……人魚族の住む海底の大地“ノース・サブマリン”。別名“北の海底都市”。その場所は大雨の日になると、決まって幻のように浮かび上がってくると言われている。ほとんどの人はそのうわさを信じていなかったのだが、マミはそれが真実であると確信していた。そして、それが真実だと裏付けされたことによって、彼女は満足げな笑みを浮かべていた。


「船を用意しなさい。小型船でいいわ」

「はっ」


 マミが物陰に声をかけると、小さな返事ののちにそこから男が飛び出して走り去っていく。マミはその背中を見送りながら、背中に背負ったリュックから黄金の片翼の翼が刺しゅうされた外套を取り出してそれに身をまとう。


「くすくす。エルフと人魚……あと必要なのはドワーフぐらいかしら? まぁほかの種族とつながり持っても損ではないでしょうけれど……」


 彼女は相変わらず傘を差さずにその大地に視線を送り続ける。

 実を言うと、彼女の周りある物陰には先ほどの男性以外にも警備の人間がいるのだが、そのうちだれもマミの行動をいさめない。誰もが見て見ぬふりだ。いや、正直なところ領主以外の仕事をしているときの彼女にあまり関わりたくないという方が正解かもしれない。


 本来なら裏の仕事をするときには裏の仕事をするなりの人たちが護衛につくのだが、その裏の人たちにすら隠したい仕事をするときは表の人たちの中でも特に信頼を置ける人間を周りに置く。護衛を置かないという選択肢はない。一人で町を歩けないほどに彼女の敵は多かった。


 にんまりとした笑みを浮かべるマミの背後で後ろでたくさんの人々の足音がする。おそらく、だれかが自分を狙って攻撃を仕掛けてきたとかそういったところなのだろう。当然だ。シャルロ領の領主がこんなところに立っているのだから。

 やがて、足音は刀剣を交える音に代わり、賊の断末魔に変化していく。


 その間、マミは動く気配を見せない。陰に隠れるわけでもなく、迎撃の体勢を整えるわけでもなく、ただただ、自分を狙ってくれと言わんばかりに雨に打たれながらノース・サブマリンの町に視線を送り続けている。


「マミ・シャルロッテ領主様。賊の殲滅完了いたしました」


 音が静かになるのとほぼ同じタイミングで血まみれの護衛がマミの背後に現れて片膝を地面につけて頭を下げる。


「……ご苦労様。下がってもいいわ。傷を負った者を休ませなさい」

「はっ」


 護衛は今一度頭を下げて足早に立ち去っていく。

 その間、マミの表情には一切の変化がなかった。その冷たい視線もその表情も護衛に向けられることはない。

 彼女の視線は背後で何が起ころうとも彼女は淡々とノース・サブマリンを見つめ続ける。その様はまるで視線を話したら二度と見失ってしまうものを必死に追いかけ続ける冒険者のようだ。


「ふふっ準備はまだかしら……」


 彼女の言葉に返答を返す者はいない。

 もしかしたら、全員が負傷してこの場からいなくなってしまったのかもしれない。


 それを好機と感じたのか知らないが、マミの背後に突如として大きな殺気が現れる。


「……無駄よ。だって、まだ死ぬ気はないもの」


 その言葉の直後に殺気が消える。

 代わりにやや重い音を立ててマミの背後に生き物だったものが転がった。


「まったく、敵は過剰に作りたくないモノね」


 マミは血の付いたナイフをその場に放る。


「じっ準備ができました」


 そんな声が聞こえてきたのはその直後だ。

 声が震えているあたり、先ほどの光景を目撃してしまったのだろう。


 マミが振り返ると、船を用意して戻ってきたであろう男が震えていた。


「ありがとう。それじゃ行きましょうか」

「はっはい」


 彼女は男とともにその場から立ち去る。

 気が付けば、先ほどまであった肉片はすっかりと消え去り、まるで何もなかったかのように暗い埠頭があるのみだ。


 マミはびくびくしている男とともに立ち去っていった。




 *




 埠頭での出来事とほぼ同時刻。

 港町シャラハーフェンの中心部。


 そこにオリーブ・シャララッテの姿があった。


 彼女は右手に串にささった鶏肉、左手に氷菓子をもってそれを交互に頬張りながら町を歩いていた。つい数分まで大雨だったのが嘘かのようにきれいに晴れたのでついつい買ってしまったのだ。


「……ん。この組み合わせはありですねーうん。私のー研究ノートにちゃんと記しておかなければですねー」


 そんなことを言いながら手元の羊皮紙にそのことを書き記していると、彼女の視界の中にある人物の姿が入った。


「あれって……ダート?」


 人ごみに紛れてよく見えないが、その後ろ姿は確かにダート・カルロッテのモノとよく似ていた。

 オリーブはその真相を突き止めようと、手に持っている鶏肉と氷菓子を一気に飲み込んでその影を追跡する。


 気付かれないようにと気を付けながら、接近していくとオリーブは徐々にその人影がダート本人であることを確信する。

 旧妖精国領主一族の中でも唯一の貴族出身というかなり特殊な状況にある彼がどうして、こんな町の中を歩いているのだろうかという疑問を持ちながらオリーブはつかず離れずの距離を維持しながらその背中を追いかけていく。


 ダートはしばらく表通りを歩いていたが、しばらくすると路地へと入っていく。こうなると、ますます怪しくなってきた。

 オリーブも彼を見失わないようにと路地裏に入る。


 しかし、路地裏に入っても彼の姿は見えない。どうやら、見失ってしまったようだ。


 そう考えていると、オリーブの背後から低い声がかかった。


「おい。何をしているんだ」


 背後からの声に恐る恐る振り向いてみると、腕を組んで立っているダートの姿があった。

 状況からして、物陰に入り、追跡者が姿を現すのを待っていたのだろう。


「えっと……こーれーはー私への挨拶もなしにー何をやっているのかなーって思っただけですよー」


 とりあえず、それっぽい理由を並べてこの状況を打破しようとするオリーブを前にダートはおおきくため息をつく。


「……まったく、俺だからよかったが、相手がマミだったら殺されていたぞ。それぐらいのことをしたという認識は持て。とにかく、挨拶は後でしに行くからここは引いてくれないか?」

「……私がそんな簡単にいなくなるとでも?」

「思ってはいないな。だが、ここで帰ってくれれば手土産の一つぐらいは考える」


 ダートの申し出にオリーブは顎に手を当てて考える。

 自分の疑問とダートが持ってくる何かしらの手土産……天秤にかけた結果、答えは直ぐに出た。


「そーですかーだったらーわーたーしーはー屋敷にいますよー。何も持ってこなかったらーしょーちしませんかねー」


 彼女の脳内では圧倒的に貴族の手土産が勝利した。

 オリーブはほくほくとした笑みを浮かべながら表通りへと帰っていく。


 そんな彼女の背中を見送ったダートは彼女が立ち去って言った方向とは逆の方へと歩いていき、路地裏へと消えていった。

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