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第一話 旅立ちは突然に

「私がですかぁ!?」


 早朝のエルフ商会にシルクの大声が響く。


 エルフ商会の二階にある会長室。

 シルクはそこでエルフ商会の会長であるカシミヤに呼ばれてきていたのだ。


 何の用かと会長室を訪れたシルクに告げられた用事はあまりにも予想外のモノだった。


「仕方ないと理解しなさい。他に人がいないのですから」

「だからと言ってですね! メロ州まで一人で行けっていうんですか? それもメロエッテ家の屋敷まで届け物なんて……」

「仕方ないでございましょう? 急な依頼なのですよ。そうじゃなければあなたに頼みませんことよ。それに誰も一人などとは言っておりませんわ」

「どういうことですか?」


 首をかしげるシルクにたいして、カシミヤはクスクスと笑い声をあげている。


「入って頂戴」


 彼女がそう声をかけると、シルクの背後にある扉がゆっくりと開く。

 その向こうから現れたのは水色の髪が人間の少女だ。


「ちょっと! こいつと一緒なんですか?」

「シルク。“こいつ”ではなく“ミル”なのでございますよ」

「あーはいはい。それで? なんでミルなんですか?」


 いかにもめんどくさそうに尋ねるシルクを見て、カシミヤは人の悪そうな笑みを浮かべた。


「ですから言いましたでしょう? 人手が足りないと……別にあなたたちに仲良くしてもらいたいなどと思っておりませんことよ。ミルの態度は誰に対しても同様でございますし、あなたにだけ特別恐怖感情を感じるということなどありませんので安心しても大丈夫なのでございますよ」

「思いっきり思惑が口に出てんじゃねーか」

「何の話でございましょうか? 馬車の準備はできているのでさっさと出発しろなんでございますよ」


 カシミヤは有無も言わさないような迫力のある笑みでシルクを見据える。

 シルクは額に冷や汗を浮かべる。


「いっいや、しかしですね!」


 しかし、こんな仕事受けてなるものかとシルクは必死の抵抗を試みる。


「さっさと行けなのでございます。お客様がお待ちなのでございますよ」


 しかし、それもカシミヤが笑顔をひっこめた途端に空気が一変する。


「死ぬか。仕事するか。選べ」


 その表情と声色でシルクは全身から血がサーと引いていくのを感じた。


 それと同時にこれに逆らったら死ぬという本能的が警告を鳴らす。


「はい。やらせていただきます」


 結果、シルクは恐怖で全身を震わせながらこれまでにないほどきれいな角度で頭を下げる。

 それを見たカシミヤは満足そうに何度かうなづいた後に柔らかい笑みを浮かべた。


「それでいいのでございますのよ。それで」


 満足げなカシミヤの笑顔を背にシルクはその場から逃げ出すように部屋を飛び出していった。


 その直後、ミルがぺこりとカシミヤに礼をして退室していく。


「ふむ。やっと行ったでございますよ……これで満足でございますか? シャルロ領領主殿……」


 カシミヤは誰もいない部屋で一人そうつぶやくとさっさと部屋から退室していった。




 *




 エルフ商会の前の狭い路地に止められた馬車にはこれでもかというほど大量の荷物が詰め込まれていた。

 いつの間に用意したのか知らないが、狭い路地幅ギリギリの馬車を見る限り、大街道に出るだけでも苦労するだろう。

 それを見てシルクは深くため息をつく。


「なんだよ。どこの行商かっていうレベルだな……おーいミールー。やっぱり、今からでも……」

「何をしているのですか? シルク様。さっさと乗ってください」


 やっぱり断ろうと提案しようとした頃には、すでにミルは馬車に乗り込んでいて、出発の準備を整えていた。

 それを見て、シルクは大きくため息をつく。


「おいおい。いいのかよ? こんな仕事受けちまって」

「私は拾われた身ですので……」

「だからって……大体、メロ州がどこかわかっているのか?」


 シルクの質問にミルは十秒ほど空を仰いだ後に首を横に振った。

 そんな彼女の態度にシルクは今日何度目かという大きなため息をつく。


「あのなぁ……」

「地図を見れば問題ありません。それにシルク様はメロ州へ行ったことがあるのでしょう?」

「あるけどさ……結構遠いぜ。北大街道で終点のシャラ領シャラブールに行って、そこからシャラ大街道(おおかいどう)に入って、そこの終点が届け先のメロ州の州都メロシティよ」

「遠そうですね。がんばりましょう」

「おい!」


 ミルは先ほどの話を聞いた上で平然としていた。普通ならば、あまりの距離に度肝を抜かすか、行きたくないかと言い出すかの二択ぐらいしか思いつかないほどの距離だというのに……

 さらに言えば、行先のメロ州は統一国内に存在する中で最小の州であり、町の規模もあまり大きくないと聞く。


 それに旅路はすべて旧妖精国内を通る関係で途中に宿場町があまり整備されていないのだ。

 盗賊に襲われる心配などはあまりしないでいいのだが、この町を出れば、朝早く出たとして到着するのがその日の夜だ。そこから次の町へ行くのもそのまた次の町へ行くのもである。ペース配分を少しでも間違えば街と町の間で野宿確定だ。


 それほど旧妖精国内は町と町の間が広い。


 まだ、開拓し始めたばかりだということを考慮すれば優秀な方なのかもしれないが、一番の問題は行った先の町の情報があまりないということもあげられる。

 宿屋の相場、食料の状況、町の規模……すべての情報が不足している。


 それに通常、シャルロ領からメロ州へ行く場合、少なくとも五人程度の隊商を組み行くはずだ。


 しかし、今回はシルクとミルというたった二人での旅だ。


 まったくもって、カシミアの考えていることが理解できない。


 まるで彼女が自分もしくはミルをシャルロから遠ざけようとしているようにすら見える。


「まぁやるしかないか……にしても、この積荷はなんだ?」

「一応、積荷は大した量はないそうです。大半は私たちの食料など旅に必要な物資が詰まっていると聞いています」

「はぁ? なんだそりゃ」

「何でも、途中で補給できない可能性も考慮した結果だとか……一応、野宿の準備もあるそうですが……」


 それを聞いて、シルクはこれはいよいよ厄介なことになってきたとため息をつく。


「まぁ何も渡されないよりかはましか……よし。今すぐに出発するぞ」


 これ以上、文句を言っても仕方がない。

 むしろ、ここでとどまり続ければ今日中に次の町に到着できる可能性がどんどんと低くなるばかりだ。


 シルクは馬車に乗り込むと手綱を取り馬を前に進ませる。

 ガチャガチャと荷車が音を立ててゆっくりと馬車は前に進み始めた。


「さて、今日中に隣町につくかねぇ……」

「つかなかったら野宿するまでです。問題ありません」


 心配するシルクをよそにミルは野宿など気にしないといった態度で横に座っていた。


「あのさ、野宿野宿って言ってるけれどできるのか?」

「問題ありません。もともと家なんてないようなものですから、外で寝るのは慣れています。食料があらかじめ渡されているだけでも十分ありがたいぐらいですので……シルク様はご不満なのですいか?」

「そうじゃないけれどさ……それと、そのシルク様っていうのをやめろ。せめて、旅の途中は」

「考えておきます」


 そんな会話をしている間に馬車は町の中心にある広場に近づいていく。


 シルクは急いで身を隠すために黒いローブをかぶり、念のために自身の見た目をごまかす魔法を発動する。

 少々日が照っていて暑いが、これも町を抜けるまでの我慢だ。


 馬車は勢いそのままに広場に入り、そこから北へ伸びる北大街道へと入って行った。

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