第十八話 路地裏の男
シャラブールの路地裏。
石畳の暗い道をシルクは呆然とした様子で歩いていた。
結果的にミルはマミに連れていかれてしまった。何の事情も明かされないまま、ただあのマミ・シャルロッテの都合一つでそうなってしまったのである。
もちろん、できる限りの抵抗は試みたが、相手は十六翼議会という巨大な権力を持つ立場の人間だ。そう簡単に逆らえるものではない。
「……はぁ……まったく、どうなってるんだ……」
軽いめまいに襲われたシルクは路地裏の家の壁に背を預けて頭を押さえる。
わけがわからない。何が起きたのだろうか? いや、何が起きたかは単純だ。マミ・シャルロッテがミルを連れて行ってしまったのだ。それはわかる。
では、その目的は結局のところどうなのだろうか? 彼女は不老不死である彼女のために長く一緒にいられる種族または人ととともに過ごさせるようなことを言っていたような気がする。
だが、だからそれがどうしたというのだろうか?
あの場において、ミルの意見は出されていない。状況だけ見れば、無理やり連れだされている。
だったら、もう一度ミルに会って彼女からその真意を聞き出せばいいのではないだろうか? マミ・シャルロッテとて、彼女を本当に第一に考えているのなら彼女の意見を聞くだろうし、シルクとしても彼女が自分から離れる選択をするならそれに従うまでだ。いずれにしても、このまま別れるのはあまりにも不満が多すぎる。
やはり、自分を納得させるためにと……そういってしまえば、かなり利己的に聞こえるかもしれないが。とにかく彼女の意見を聞きたい。そして、ちゃんと別れをしたい。
シルクの中でそんな小さな決意がわきあがる。
そうなってくると、どうやってそれを実現するのかという問題に打ち当たる。
シャルロ領のマミ・シャルロッテの館や今回の事の協力者とみて間違いなさそうなシャラ領の領主の親戚であるオリーブ・シャララッテのもとへ直接乗り込むのは論外だろう。それこそ、亜人追放令が適用されて捕まってしまう。
だったら、マミの手によってどこかに連れていかれているんであろうミルと直接の接触を図るという方法はどうだろうか? いや、これができたらだれも苦労しない。
あとは何か知っていそうなフウラ・マーガレットやメイといったエルフ商会シャラブール支部の人間。ただし、フウラはもちろんのことメイも信頼に置けるかと聞かれれば回答に困ってしまう。あの時は助けてくれたが、結果的にマミ・シャルロッテのところへ誘導された当たり、彼女はあちらサイドの人間である可能性が高いからだ。
そうなると、信じられるのは自分自身だけというどこぞの物語の主人公のような状態に陥ってしまう。別にそれが悪いとは言わないが、確実に効率はよろしくないし、できることも限られてしまう。
「お嬢ちゃん。何かお困りかい?」
壁に体を預け、思考の海に沈んでいるシルクを引きずりあげるかのように男性の声が聞こえてくる。
シルクが顔をあげると、目の前にはひげを生やした怪しげな雰囲気の男が立っていた。
こんなに接近されるまで気付かなないなど不覚だとは思いつつも相手がどう出るかわからないのでとりあえず、腰にある護身用のナイフに手を伸ばす。
「まぁまぁそんなに警戒しなさんなって……私はあんたに危害を加えようっていうわけじゃない。ただ、困っているなら助けてやろうって申し出ているだけだ。もちろん、それなりの相応の対価はもらうがね。それで? どうだい? この話乗るかい?」
男はフードのしたから覗く口を三日月形にゆがませる。
シルクは警戒を解かないながらもナイフからゆっくりと手を放す。
もしもの時のための魔法の構築は済んだし、興味がわいてきたので話しぐらいは聞いてもいいような気がしてきたからだ。
「そもそも、乗るも何も何の話か読めないわ」
「おっと、これは失礼。少し唐突すぎたな……俺はな、ちょっとした商売をやっていてだな」
「……胡散臭い商品の売り付けだったらお断りよ」
「いやいや、そういうのじゃないよ。嬢ちゃん。それは、あんたが話を聞いて判断するもんさ」
何だろうか。めんどくさい奴につかまってしまった気がする。
そもそも、ここはシャラ領中心部の都市シャラブールの路地裏だ。こんなところで声をかけらた時点でかなり怪しいとみて間違いないだろう。
しかし、このまま話を聞かずに去るのもここまでの時間を無駄にしたような気がして、シルクは小さなため息をつきつつもその場にとどまる。
「話を聞いてくれるということか?」
「えぇ。しょうがないから聞いたうえで判断するわ」
「おうそうかい。そう来ないとな。で、さっそくだが話をしようか。こっちまでついてきてくれ」
男はそういうと、路地のさらに奥の方へ向けて歩き出す。
シルクは一瞬、ついていくのをためらったが意を決したようにうなづいて彼の後について歩き始めた。
「どこへ向かっているの?」
「ん? あぁ俺が店を構えている場所だよ。何。不安だったら店の入り口の扉の前で立って話を聞いていても構わないよ」
「……そう。ならいいわ」
事前にそう申し出るあたり、男を警戒してそうしたいと希望する人が多いのだろうか?
いずれにしても、彼は安心できないならそれなりの保証をするとでも言いたい様だ。
店の入り口でというのはその店の形によって変わるが、そこはとりあえず考慮しないでいいだろう。
そのあと、一度たりとも表通りに出ることなく、細い裏路地を次々と抜けていき、途中で地下通路やなんかも通過しながら男の店に着いたのは、男と出会ってから一時間ほどが経過してからだった。
この一時間という時間について、男が自分の店の場所をわかりづらくするためにわざと複雑で遠回りなルートを選んでいたのか、はたまた本当にそれだけの時間分町の中を移動したのか定かではないが、いずれにしてもこの場所が路地裏のかなり奥にあることは事実だろう。
パッと見た感じでは、どこかの家の裏口にしか見えないその店に男が入っていく。
「ほら、ついてきな。入り口の扉は開けておくかい? この通りは滅多に人が通らないし、防音魔法を使うからあんたさんの話した情報がもれたりすることはないから、どっちでもいいよ」
「……だったら、お言葉に甘えさせてもらうわ」
店内は見たところ薄暗くてこれまた怪しい雰囲気だ。
今頃ながらこの男についてきた自分の判断は間違っていたのではないかと思ってしまうが、それは男の言葉を聞いた瞬間に吹き飛んだ。
「……私は情報屋なんてものをしていましてね。お金は少々いただきますが、お嬢ちゃんの望んでいる情報を探して、提供させてもらうなんてことをしてましてね。まぁ料金は後払いなんで気に入らない情報だったりしたら払わなくても構わないという良心的な方法でやらせてもらっているんですわ。といったところでどうでしょうかね?」
男は口元を三日月形にゆがませて、フードの奥からわずかに見える目で真っすぐとシルクの姿を見据える。
ほしい情報が手にはいる。そんなうたい文句にシルクは思わず飛びついてしまいそうになる。
「……その情報が正しい可能性は?」
「そうですね。私も人間である以上、間違いもあるんで何とも言えませんね。まぁわざとうそをつかないという点は保証するがね」
そう。問題はどの程度信頼に置けるかどうか見極めることだ。
シルクはこっそりと魔法を発動させながらそれを見極めるために質問を重ねていった。




