第十七話 通路の向こう
長い通路を抜け、一番奥にあった扉をあけ放つとそこに広がっていたのはかなり広大な空間だ。
おそらく、この場所は普通に町の下にある空間ということはないだろう。
あの地下通路のようなものならともかく、シルクの身長の何倍もの高さを誇る天井とどれだけ目を凝らしても向こうの壁が見えないような空間などそう簡単には作れない。それも、ここはどこかの片田舎というわけではなくれっきとしたシャラ領中心街シャラブールの地下に当たる場所だ。
そもそも、亜人追放令が発令されて妖精たちが国の領土を明け渡すまでの期間を考えれば、何かしらの魔法で構成されているか、もともと妖精たちが何かしらの理由で保持していた遺跡かの二択になるだろう。
それに場所に関してもシャラブールの地下であることはほぼ間違いないが、残念ながら移動する間にいくつもの通路を通ったため、正確な現在地を予測することはできない。
「何だここは……」
目の前に広がる空間を見て、シルクが小さな声をあげる。
彼女の手元では相変わらずミルが小さく寝息を立てていて、この状況には気付いていない。
いや、かりに気付いたとしても彼女ではどうしようもできないだろう。
とにかく前に進めとだけいわれて、進んだものの行き着いた先には誰もいない広大な空間があるのみ。いや、この場所こそ目的地だったという可能性もある。
「……おや、もう到着したのですか」
暗い部屋の中でどこか聞き覚えのある女性の声が響いた。
その出来事がシルクの予測を確かな確信へと変化させる。
「その声は確か……」
「“初めまして”私はシャルロ領領主兼十六翼評議会議長代理のマミ・シャルロッテです。本来なら、シャラ領領主の関係者であるモノがあいさつするべきではあるのですが、失礼ながら諸事情により私が参上した次第です」
そんな風にして経緯を説明しながらシルクたちがいるのとは対面側……暗がりの中から現れるような形で黒髪の少女が姿を現す。
マミ・シャルロッテはコツンコツンと靴の音を響かせながらゆっくりとシルクたちの方へと歩み寄ってくる。
「……本日。十六翼議会所属に属している下部組織の人間があなた方にご迷惑をおかけしたのは謝罪いたします。当人には厳重な注意と処分を検討しておりますのでそれ以上の追及はしないようにお願いします。フウラがもういていたことはすべてたわごとなので忘れてください。引き続き、十六翼評議会はあなたを監視います。ただし……」
シルクの目の前に到達したマミはミルの姿をじっと見つめながら言葉を紡ぐ。
「ミルは私が引き取らせていただきます。かなりいい預け先を用意しているので」
「どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、私がカシミアにこの子をシャラに移したいからその手はずを適当に整えてくれと頼んだだけですよ。そして、彼女はしっかりと架空の仕事をでっちあげて、あなたを護衛代わりにつかせた。もっとも、襲撃者は基本的に私たちが撃退していたし、あなたの見えないところでミルも敵を追い払っていたみたいだから、大して必要なかったかもしれませんけれどね。まぁ不幸なことにそれをフウラに利用されてしまったわけですが……」
彼女は淡々と事実を語りながらシルクとミルを交互に見つめる。
「どうしたのですか? 早くその子を置いてシャルロに帰ってください。ここはシャラブールの中心部にある城の直下です。ここで私が人を呼べばどうなるかぐらいお分かりですよね?」
ついこの前までならともかく、今は亜人追放令が発令されている世の中だ。
一部を除いて、亜人がいても目立たなければほぼほぼ見て見ぬふりというこの状況においても、通報があれば警備隊は出動するし、法律違反であることは確かなので捕まらないわけがない。
つまり、ことを穏便に済ませたければしっぽを巻いておとなしく帰れといっているのだ。
どう考えてもこの不利すぎる条件の中でシルクは必死に頭の中で思考を巡らせる。
そうしているうちに頭の中を一線の光が横切るようにある考えが浮かんだ。
「……なぁあんたはミルをシャラに置いておきたいって考えてるとみて間違いなのか?」
「正確には違うけれど、概ねあっていますね」
「だったら、私がシャラにとどまれば、こいつを私のそばに置いておくこともできるのか?」
シャルロを発つ前だったら絶対にできないであろう提案。
別にミルが特別大切になったとかそういうわけではないのだが、ここまで一緒にきてそこそこ仲良くなった気がしたのにこんな風にして別れるなどあまり気分の良いものではない。
おそらく、マミが言っている預け先というのはミルと同様に寿命を持たない妖精かエルフよりももっと寿命が長い種族と何かしらの約束事が交わされたということなのだろう。
だが、エルフもかなり長命な方に入る種族だ。
だから、単純に寿命が長い種族としてエルフとの接触だってあってもいいはずだ。
「それじゃダメなんですよ」
しかし、シルクのその考えは居間にも消えそうなマミの声によって遮断された。
「詳しい事情は話せないですが、それではだめなのです。この子には将来に向かって広い視野とたくさんの人脈を持つ必要があります。この子なら、私の代わりに夢を実現してくれるはずです。本来なら、フウラが平和的に引き取って終わりのところを段取りが狂いましたが、改めて要求しましょう。ミルをこちらに引き渡してください」
彼女は今度ははっきりとした口調で告げる。
その目には何かしらの覚悟の色すら見えた。
それが何を意味するのかよくわからないが、彼女は強い意志のもとに行動している。
シルクは赤の他人であるが、ひしひしとそのことを感じた。
「なぁだったら一つ聞いてもいいか?」
「……はい。なんでしょうか?」
「あなたはどうしてミルにそこまでこだわる? フウラもそうだ。いや、実の兄弟であるフウラよりもこだわっているように見える。どうして、そこまでする?」
シルクの問いにたいして、マミはしばらく沈黙を保つ。
そして、ポツリと言葉を漏らした。
「……私の夢のためですよ」
「夢?」
聞き返したシルクの言葉に小さくうなづいてからポツリ、ポツリと話し始める。
「大きな夢。いえ、野望と称しましょうか……でも、それは今の世の中には不要で危ういモノに見えてしまう……長い時間をかければ解決し、必要になってくるのでしょうけれど、私には時間がない。それができるほどの時間は私には残されていない。私はわずかな時しか生きられない人間ですから……だから、それが必要な時に必要なだけ光を浴びる必要がある。そのための布石よ」
最後になるにつれて徐々にはっきりと……特に最後の布石だという点を強調するように彼女はそう告げた。
シルクは彼女が語った内容に眉をむっとひそめた。
「布石だと?」
「えぇ。これはすべて布石……いえ、これ以外にもたくさんの布石を敷いてありますから、これだけがというわけではありませんけれどね。これで十分ですか?」
マミは平然とした表情でそう言い放ち、シルクが抱いているミルの方へとゆっくりと手を伸ばした。




