第十六話 隠し通路
複雑に入り組んでいるという表現がエルフ商会シャラブール支部にピッタリな表現であれば、今自分たちが進んでいる通路の複雑さは一度足を踏み入れたら最後、生きては外に出られないようなダンジョンといった具合だろうか?
そんな複雑に入り組んだ道を先導するメイは全く迷う様子を見せずにどんどんと進んでいく。
「ここから見て左側、三つめの通路に入ります」
「わかった」
メイの案内を聞いてシルクは先の通路を確認する。
今のところ、フウラが追ってくる気配はないが、前を行くメイはかなり焦った様子だ。
仕方ないだろう。彼女の行動はある意味でフウラに対する裏切り行為そのものだ。
先導するメイにもそれなりの事情があるのだろうが、彼女の行動の端々に焦りの色が感じられる。
「もうすぐ一旦外に出ます。その間走るので見失わないようにしてついてきてください」
「わかった」
シルクはミルを抱えているものの彼女は非常に軽いので人間相手に遅れをとるほど走る速度に影響は出ないだろう。
そんなことを考えながら、シルクは改めてミルを抱き直す。
いわゆるお姫様抱っこの形で抱き抱えられているミルの傷は完全に完治しており、いつからそうしていたのか、静かに寝息をたてるだけだ。
ミルの状態を確認し終えたシルクはまっすぐと前を見てメイの背中をとらえる。
「いきます!」
ちょうど、そんなタイミングでメイは目の前の壁を押して扉を開け、一気に駆け出した。
シルクもそれに続いて走り始めると、目の飛び込んできたのは石を積み上げて作られているとみられる大きな壁だ。
メイはその壁の方へ向けて真っすぐと走っているのでその壁のどこかに次の入り口があるのだろう。
シルクの予想通り、メイは真っすぐと走って行き着いた先の石垣の石を三つほど押し込んだ。
すると、ガシャンという音が鳴って、押し込んだ石のすぐ横にある壁に穴が開く。
「この中へ!」
メイにうながされて、シルクはほとんど飛び込むような形でその穴の中に入る。
「あとはこの通路を真っすぐと進んで突き当りにある扉をくぐってください!」
メイは周りの様子を見ながらシルクにそう告げる。
「おい。お前は来ないのか?」
「……だれかが扉を閉める必要があります。いずれにしても私があの場所をあまりにも離れると不自然ですし、フウラ様もまだ私の行動には気付いていない様子なので心配しないでください」
「わかった。また、あとで会おうな!」
「はい。また、会えることを願っています」
そんな会話を交わしたのち、シルクは真っすぐと通路を走り始める。
それと同時に背後で扉が閉まる音がして、背後からの光がなくなった通路が暗さを増した。
結局、この先に何があるのか聞けていないのだが、悪いことは起こらないと信じたい。
そんなことを考えながらシルクは通路を駆けていった。
*
「……はぁまさか、あなたが裏切るなんてね……」
シルクが走り去っていったあとの石垣の前。
シルクたちを見送り、扉を閉めたメイの背中から声がかかる。
メイは石垣を見つめたまま、振り替えることなく返答する。
「はい。そうですが何か?」
「そうですかじゃないでしょ。なんでそんな行為に出たのかしら? そうだ。翼下準備委員会委員長である私を裏切ったあなたはこの世から追放される。そんなシナリオいかがかしら?」
「おや、それは残念ながら見れそうにありませんよ。これから始まるのは翼下準備委員会委員長殿が私を裁けないというシナリオです」
「……そう。それはちょっと気に食わないわね」
これまで軽快だった彼女の口調が少し重くなる。
どうやら、メイの発言で少々気を悪くしたようだ。
「お忘れですか? 私にはあなたを委員長の座から引きずり落とす程度の権限があります」
言いながらメイはフウラの方を向く。
その瞳からは周りの温度が幾度か下がったのではないかとさっかっくさせるほどの殺気が漏れていた。
フウラはその視線を一身に浴び、針にでも刺されているような気分になるが、できる限りの平静を保ちつつ言葉を紡いでいく。
「つまり、私を今の立場から引きずり下すつもり?」
「ご心配なく。あなたの行動次第ではそんなことは考えませんから。今回の一件だけでは根拠不足ですし……ただ、上位議会を利用したのはいささかいただけませんが」
「でも、私が進言しなくても上位議会は姉様の保護に動いたのではないのかしら? 私をこんな立場に縛り付けているように姉様を何かしらの枠組みに縛り付けるシナリオを描いているのでしょう? だったら、護衛の名目で常に近くにいて、すきを見て保護の名目で自分たちの都合のいい立場に縛り付ける……そんなシナリオぐらい私でも簡単に描けるのですけれど、そのあたりはいかがなのかしら?」
動揺を悟らせてはいけないと思うあたり、余計なことばかり口走っているような気がしていたが今はそんなことまで気にしてはいられない。
フウラの発言を一語一句記憶するようにしばらく動きを停止させる。
そして、それを終えると彼女はゆっくりとフウラの方へと歩み寄った。
「もう少し話しがしたいところですが、これ以上は人に見つかる危険があります。場所を移しましょうか? 縛られるのがお好みらしいあなたにとってピッタリな場所をご用意させてもらいますので」
笑顔でそう言い切ったメイに対して、フウラは得体のしれない恐怖を感じて一歩、後ろへと後ずさる。
「おや、どうかしましたか? 委員長殿……ついてきてくださらないと困るのでさっさとしてくれませんか?」
「えっえぇ……かまわないわ」
フウラは一度、メイの背後にある石垣を一瞥してから踵を返して歩き出す。
そのすぐ後ろにくっつくようにしてメイも歩き出した。
「場所はわかりますか?」
「えぇ。その程度の道筋ならすぐに思い描変えるから問題ないです。それよりも、そろそろその長い耳掻くしたらどうかしら? 城の衛兵に見つかると厄介でしょ?」
「それもそうですね。では、見つかって面倒ごとになるより前に急ぎましょうか」
メイはどこからともなく取り出した布で頭を覆い、フウラを追い抜かして町の方へと向かっていく。
二人は普通よりも少し早いぐらいの歩調でシャラブールの町の中へと消えていった。




