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第十五話 エルフ商会支部長

 軽くノックした後、扉を開けるとそこにはろうそくの灯りだけが中を照らす薄暗い空間が広がっていた。

 シルクは足元に気を付けながらその空間を進んでいく。


 そういう風にして、シルクとミルが部屋の中頃まで到達すると、突然部屋の天井設置されていたとみられる照明器具が一斉に光を灯す。


「はるばるよくやって参りましたね。我々はあなたを歓迎します」


 部屋の奥の暗がりから透き通るような声が聞こえてくる。

 シルクたちが立ち止まってそちらに視線を向けていると、誰かが立ち上がるようなおとがして、その人物が姿を現す。


 流れるような銀髪が特徴の少女はまだ子供のように見える。

 しかし、シルクが目を見張ったのはその点ではない。


 まだ、幼さを残す彼女はエルフの特徴ともいえる長い耳がないように見える。

 もしもの時の襲撃に備えて何かしらの魔法を行使している可能性も考えてみたが、そんな形跡は見当たらない。


「あなた、人間?」


 シルクがたどり着いた結論はそこであった。

 目の前の少女はニコニコと笑顔を浮かべたままコクンと首をかしげる。

 その目は端から見れば閉じているのではないかと思うほど細められている。


「だったら?」

「別にどうということはありませんが……」


 シルクの返答を聞いて、少女はクスクスと笑い声をあげる。

 なんとなく様子が気になってミルの方に視線を移すと、彼女はいかにも嫌そうなモノを見るような目を少女に向けている。

 今ごろになってシルクの横にたつミルの存在に気がついたのか、はたまたわざとなのか少女はミルに向けてヒラヒラと手を降った。


「久しぶりじゃない。静かにしていたから気がつかなかったわ」

「そうですか。姉様は相変わらず周りが認識できていないようですね」

「えっ? 姉?」 


 ミルの口から出た姉という単語にさすがのシルクも、動揺を隠せなかった。

 そんなシルクの様子などお構い無しだと言わんばかりに少女はマーガレットの前に歩みでる。


 そして、その瞬間彼女の胸元にちらりと銀色の光が見えた。

 よく見てみれば、それは銀の片翼の翼がかたどられたペンダントに見える。


「そのペンダント……まさか!」


 ペンダントに気づかれたのになにか思うところがあったのか、少女が動きを止める。


「あら、よく見ているのね。さすがとでもいうべきかしら」


 彼女はミルの姿をもう一度、確認してからシルクの方を向く。


「改めてごあいさついたしましょう。はじめまして。エルフ商会シャラブール支部支部長のフウラ・マーガレットです。同時に十六翼評議会直属翼下準備委員会委員長でもあります。今回、上位議会にうまいこと掛け合ってミルの護衛を依頼したのも私です。こんな自己紹介でいかがでしょうか? 私としてはミルと一緒になりたくして仕方ないんですよ。そのために老害にあることないこと報告して、それを理由に商会の建物をこんなじめじめしたところに移転したんですもの。あの場所は上位議会にも知られていましたし」


 彼女は長々とした自己紹介を終えてもなお、最初と変わらない笑顔のままだ。

 あまりにも感情が読み取れない彼女に対して、シルクは恐怖すら覚えていた。


 これまで多少なりとも不自然だと思う点はあったが、どうやらシルクたちは彼女の掌の上で踊っていたにすぎないということなのだろう。

 シルクの心の底から湧き上がる恐怖はそれを自覚したことに一因があるかもしれない。


「どうかしましたか?」

「いえ、なにも……それよりも、こんな回りくどいやり方をしたのは、あなたがミルを近くに置きたいと思っているからという認識でしょうか?」


 シルクの質問にフウラは一瞬、目尻をピクリと動かしたがすぐに元の表情に戻る。


「……ノーコメントです。お答え出てません」

「そうか」


 その様子を見て、少なからず怪しいと思えたのだが、シルクは必要以上に踏み込まない方がよいと判断して引き下がる。

 そうしているうちにミルはいつの間にか自分の後ろに移動していて、背中から顔を少しだけ出してフウラの様子をうかがっている。


「おやおや。姉様に随分と警戒されてしまったようですね。いいんですよ? そんな風に警戒しなくても」

「……だったら、一つ質問をしてからでもいいですか?」


 ミルの言葉に彼女は相変わらずの笑顔を浮かべながら答えた。


「はい。なんでしょうか?」

「……フウラ。あなた、死んだんじゃなかったの? どうしてあなたが生きているの?」


 はたから聞けば、訳の分からない質問だ。

 目の前にいる生者に向けて“どうして生きているのか?”と聞いているわけである。


 当然ながら特異な質問だけにその答えは非常に限られている。


 つまり、何かしらの事故もしくは事件等でミルがフウラのことを死んだと思い込んでいたという可能性である。

 実際、これは正しいようでミルに視線を向けてみれば、彼女は幽霊でも見ているかのようなおびえようだ。


 そんなミルの問いに対して、フウラはなんてこともないことを言うような口調で答える。


「別にどうってことはないわ。あの事故の時、私も結局影響を受けていたのよ。だから、私もこうして生きているの。あなたはあの時、そうそうに救助されたから気付いていなかったでしょうけれどね……そう。それと、そこのエルフ」


 この場においてエルフと呼ばれる種族に属しているのは一人しかいない。

 自分のことを呼ばれたと理解したシルクはゆっくりと彼女の方を振り向いた。


「何でしょうか。支部長殿」

「事故について調べようなんて思っちゃだめよ。これは私と姉様だけの秘密なんだから」


 そういって、フウラはくすくすと笑い声をあげる。

 それを見たミルは一歩、二歩と出口に向けて後ずさる。


 その一方でシルクは少しずつ違和感を感じ始めていた。


 かつて、シャルロ領主マミ・シャルロッテと遭遇したとき、彼女は人間よりも寿命が長い亜人と一緒にいられるように計らったといっていた。

 これでは十六翼評議会と翼下準備委員会委員長で認識が違うということになる。

 そもそも、これまでミルが一言でも姉の存在を示唆したこともない。


「逃がさないわよ!」


 そんなシルクの思考を遮るようにフウラの声が飛んだ。

 見れば、扉に手をかけて部屋から逃げようとしていたミルが足元を木の根のような元にとらわれて動けないでいるようだった。


「ミル! 大丈夫か!」

「……動かないでください。それと、私が翼下準備委員会の関係者であることとミルの存在は一切合切忘れないさい」


 意味が分からない。

 マミ・シャルロッテが語った言葉と今目の前でフウラ・マーガレットが語ってる言葉。果たしてどちらが正しいのだろうか?

 シルクは状況が理解できずに静止してしまう。


 だが、ミルがピンチである。それだけは確かな事実だ。


 多少のリスクはあるが、ここはシャララッテ家のおひざ元のシャラブールだ。

 シャララッテ家の門を直接叩くわけにはいかないが、うまくいけばオリーブ・シャララッテに接触することぐらいはできるはずだ。

 とにかく、目の前にいるフウラは油断できない存在だ。


「逃げるぞ! ミル!」


 炎系統の魔法でミルの足元の木の根を焼き払い彼女を抱き上げて扉を開ける。

 マミの言葉を信じるのならば、ミルは不老不死である。多少かわいそうではあるが、彼女が死ぬことはないという計算の上での行動だ。

 このまま彼女をフウラと一緒にするわけにはいかない。


 フウラは信頼できない。彼女の言動から信頼できる要素が見当たらない。


「ミル。我慢しろよ! あとで治療してやるから!」


 足にやけどを負っているミルであるが、すでに彼女の足は治癒が始まりつつある。

 それが彼女の体が普通ではないということを悠然と語っていた。


「くそっ!」


 この治癒の速さからして、フウラも同じ体質とみるべきだ。

 そうなると、通常の戦闘では彼女を下すことはまず不可能である。


「どうすればいい!」


 複雑な廊下を自分の記憶を頼りに走っていると、突如としてだれかが彼女の服の袖を引っ張って引き寄せた。


「うわっ!」

「しっ静かに!」


 シルクを暗がりに引き込んだ人物が彼女の口をふさぐ。

 シルクはゆっくりと視線を動かし、その声の主を認識した途端に驚愕の声をあげた。


「あっお前は!」

「ですから、静かに。私はあなたたちの味方です」


 改めてもう一度少女……メイは真剣な表情でこちらを見ている。


「……わかった」


 どうやら、彼女は助けてくれるらしい。

 念のためにと警戒だけは怠らないようにしながら彼女に視線を向ける。


「ついてきてください」


 彼女はそういって、手招きをすると暗がりの中へと消えていった。

 シルクは完全に回復しきっていないのか浅い息を繰り返しているミルに視線を落とした後、消えつつあるメイの背中を確認して、彼女の背を追って歩き始めた。

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