第十二話 シャラの宿場町
シャラ領へと入った馬車は何事もなく順調に進んでいき、気が付けばシャラ領最初の宿場町に到達した。
シャラ領の宿場町はカルロ領にあったものよりもきれいに整備されており、きれいな石畳が町を貫き、その左右にレンガ造りの建物が並ぶ。
「もうすぐ宿屋だ」
「そうですね。それにしても、シャラ領はカルロと比べると発展しているみたいですね。カルロよりも奥の方にあるのに……」
ミルの純粋な心情からくる質問にシルクはニタニタと笑いながら彼女の頭をなでる。
「まぁ普通はそう考えるよな。でも、シャラ領は海に面している。それに旧妖精国が編入された直後に大きな港を整備したからな。それで発展しているんだ。将来的にこの場所は旧妖精国における海上の要所として発展していくような場所だ。だから、宿場町も立派っていうわけさ。まぁもっとも、シャルロとシャラの間に挟まれたカルロも遅れながらも発展していくだろうけどな」
「そういえばそうですね」
シルクの説明にミルは納得したような表情を浮かべる。
もっとも、このぐらいのことなら少し考えればすぐに答えにたどり着けるだろう。海路というのは陸路に比べて多くの荷物を一度に運ぶことができる。だから、港町とその周辺はその恩恵を受けて発展する傾向がある。
これはこの世界のどこにおいてもいえることで、大規模な都市は海沿いに集中し、そこから手を伸ばすように多数の町が存在する。
シルクの知る限り、山奥に存在する大都市などあまり聞いたことがない。あまりにというのは、そのような例を全く知らないというわけではないからだ。
「それで今夜の宿はどうします?」
「そうだね。町の中心近くにあるところにしよう。ここなら、それなりにいい宿がありそうだ」
「はい。そうですね」
そんな風な会話を交わしながら、二人は町の中心街に向けて歩いていく。
馬車は町の入り口にある馬宿ですでに預けてある。
馬宿というのはある程度の規模の町に見られる施設で町の中心部に馬車を入れないために町の入り口で馬車と馬を預かるという制度だ。
これは旧妖精国内ではシャラ領にしかない制度でこれもまた、シャラ領が発展しているといわれるゆえんの一つだろう。
馬宿で預けた馬車は、翌朝指定した場所に移動されていて、旅をするにも支障がないようにきっちり管理されている。
中には他人を信頼できないと預けたがらない人がいるが、その場合は町の中心部には入れず町はずれの宿に泊まるか、町のすぐ外で野宿ということになる。
シルクとしては、大量の荷物が積んである馬車を預けるのに一抹の不安を感じたのだが、荷物の紛失等があった場合にすべて保証してくれる上に“エルフ商会が先に手をまわして”シャラ領の中心街にもしもの時の代替品を用意しているとのことなので馬車を預けるという結論に至った。
その手紙を町の入り口にある馬宿の主人から受け取った時は心底驚いたものだ。
エルフ商会からの手紙をニンゲンに預けるなどあまり考えられないからというのが一番大きいかもしれない。
「しかし、シャラまで来たっていうのにただの通過点なんてね。しかも、港の方に行かないし」
「やはり、シャラ領まで来たら港へ行くべきということでしょうか?」
「そうね。せっかくだったら行きたいわね……帰りに寄ろうかしら?」
シルクがそういうと、ミルは年相応の無邪気な笑みを浮かべる。
「そうですね! そうしましょう!」
「ふふっだったら、そうしようか。私も海を最後に見てから久しいな」
「私は初めてです。どんな感じなんだろ」
海を見たことないというミルの頭にシルクはそっと手を置いてなでる。
「でも、すべてはちゃんと仕事が終わってからだ。わかっているな?」
「はい。わかってます」
「おっあそこの宿なんか良さげだな。入ってみるか」
「はい」
二人はそんな会話を交わしながら、町の一角にある宿屋に入って行った。
*
宿に入った後、二人はすぐに部屋のベッドで横になる。
「それにしても、何かと準備がよすぎるな……」
「どういうことですか?」
シルクがポツリとつぶやいた言葉にミルが反応した。
「そのまんまの意味だよ。ミルはまだわからないかもしれないが、こんな仕事をしている以上、もしもの時に対して何かしらの対策をとるのは当然だ。しかし、今回みたく、行く先々に……まぁ支部の場所の関係でシャラ領内は特にだが、今回の対策は明らかに過剰だ。エルフ商会程度と言えば、失礼かもしれないが、普通だったらここまではできないよ」
「そういうモノなんだ」
「そういうモノなのよ」
そう言いながらシルクは深く思案する。
先ほどミルにも伝えた通り、この状態は通常ではありえない。
カルロ領までは食料の件を含めてまだ普通の状態だったが、小さいとはいえ支部のあるシャラ領に入ったとたんに(というよりもシャラ領に入って情報が届くまでその存在すら知らなかった)大量の物資を用意できていたのだ。
今回の荷物が相当大切か、もしくは他の目的があるようにしか思えない。
夜の闇に包まれた町を窓越しに眺めながらシルクは深くため息をつく。
心なしか、それに合わせてカンテラの灯りが少し揺れたような気がした。
「今回の件、かなり急できたし何かあるのでしょうか?」
「……何もないという方が不自然かもしれないね。ここまでは平穏無事……物語で示すところの序章にすぎないような何かが起きても私は納得できるわ」
「それほどのことなんですか?」
「えぇ。私個人の経験則からすれば」
まぁもっとも、少し大げさな表現だったかもしれない。
しかし、ミルは知らないとはいえ、今もきっちり十六翼議会の人間が張り付いている気配を感じる。
原因はもしかしなくてもミルにあるのだろうが、その内容もいまいちハッキリしない。
こちらについても警戒するに越したことはないだろう。
シルクはそこまで考えてもう一度ため息をつく。
まったく、ただ単にメロ州まではるばる荷物を届けるだけのつもりが、心配事だけがどんどんと増えていく。
シルクはその後、しばらく窓の外の風景を眺めて考え事に没頭していた。




