第十一話 シャラの入り口
カルロフォレストを経ってからしばらく。
予定通りに宿場町を経由してシルクたちはようやくシャラ領の入り口に到着した。
ここまでの旅は特に異常はなく、時々監視の目を感じるぐらいで驚くほど順調にことが進んでいる。
もしかしたら、監視している方々がある程度の危険を排除しているのかも知れないが、それはシルクたちの知るところではない。ともかく、気持ち悪いほどに旅が順調に進んでいるという事実があるだけだ。
シルクは馬車にある積荷を時々確認しながら進んでいく。
積み荷に腐食するようなモノはないが、馬車での移動であるため、荷物の破損や荷崩れが起きないとは限らないからだ。
何度か積荷を確認し、今のところ荷物の破損は一切ない。
おそらく、相手方もある程度の破損は両省の上だとは思うのだが、あまりには破損点数が多いと、エルフ商会の信用問題にもかかわってくる。
相手が相手だけにことはとにかく慎重にかつ迅速に行わなければならない。
しかし、シャラ領に入ってからしばらくはカルロ領内のような荒れた道ではなく、しっかりと整備された道が続くので北大街道の終点であるシャラブールにつくまでは大きな荷崩れや積荷の破損の心配は幾分かなくなるといっても過言ではない。
カルロ領内を中心に形成されている森を抜けて、道は丘の中腹に向けて上り坂となる。
北大街道はこの後、進路を北北東にとり、なだらかな丘陵地帯を抜けてシャラ領中心街シャラブールへと向かう。そこで北大街道は終点だ。
北大街道の折り返し地点はカルロフォレストなので時間としてはそこまでかからないかもしれないが、問題はその先。シャラ大街道だ。
北大街道はもともと旧妖精国時代に妖精たちが移動に使っていた道の狭かったところを拡張しただけの話であり編入からたったの数ヶ月でほぼ予定通りに全通するという奇跡があったが、シャラ大街道はその限りではない。
メロ州方面への街道はある程度できているとのことだが、いまだに道が悪いところや狭くて馬車の通行に困難な個所があると聞く。
おまけに海に出るための重要街道としていち早く整備された北大街道とは違い、重要度の低いと判断されたシャラ大街道の周辺がどの程度整備されているのかと考えると大きな疑問符が付きまとう。
そう考えると、本当の勝負はシャラブールを発った後なのかもしれない。
先のことを考えてシルクは深くため息をつく。
自分たちは今を生きているのだから、未来ばかり考えて憂いても仕方ないのかもしれないが、ある程度の先見の明は必要だ。
この先の街道の道の状態がひどいのであれば積荷をしっかりと固定し直さなくてはならない。
それは、シャラブールについた時点でやっても十分だろう。
シルクは深く積荷の積み方について思考しながら視線を丘の頂上へと向ける。
頂上に立つ一本の木はまだまだ背は低い。
それ以外はこれまで森だったことがウソだと思えるほど広い平原が広がっている。
道は丘の中腹あたりで丘の周りを少しだけ周っているのが見て取れた。
少し時間的に遅れるが、丘の頂上まで登ってこの先の道を確認してもいいかもしれない。
シルクはそう考えて馬車を緩やかに減速させる。
「何かありましたか?」
その異常に気が付いたらしく、ミルが馬車の中から顔を出す。
「いや、この先の道を丘の上から確認しようと思っただけだよ。止まった後に少し馬車から離れるから見張りを頼んでもいいか?」
「はい。わかりました」
ここはかなり見通しの良い丘陵地帯だ。おそらく、盗賊もこんなところで襲撃してきたりはしないだろう。
シルクはそんな見通しの下にミルへと提案した。
この先の道がわからないままでは何の対策も立てられないし、闇の中を進むようにただただ進むだけというのは何とも不安だということも大きい。
シルクは山頂に一番近い場所に馬車を止めて、念のためにちょっとした魔法もかけておく。
その魔法というのはまわりからの悪意を持った認識を阻害する類のモノでこちらに何かしらの危害を与えようとする者(主に盗賊)を避けるために準備していたものだ。
この魔法自体は持続時間こそ短いが、シルクの魔力さえ尽きなければ何度でもかけられる。その複雑さゆえに準備に少々手間取るのが残念なところであるが、その効果の大きさを考えればそれぐらいのリスクはあってしかるべきだろう。
現在、エルフの間ではこの魔法のさらなる改良が進められているそうだが、それの完成はいつになるかわからない。
将来的には即時発動または永続を目指しているらしいが、エルフの中でも下っ端であるシルクにはそのようなことは関係ない。
何年か先にそれが実用化されればお世話になるのかもしれないが、重要なのは経験とそれによって培われた勘だ。
いくら魔法で身を隠そうと、その魔法を感知されれば終わりだ。だからこそ、シルクは魔法をかけたうえで黒いローブを身にまとっているのだ。
そんなことを考えながら丘を登っていると、あまり高さがないということもあり、頂上へはすぐに着いた。
丘の上に立つ木の前で先を見渡してみると、この先は丘陵地帯を縫うようにして緩やかな下り坂であるということが良くわかる。
これならば、あまり危険はなさそうだ。
見る限り、次の町まで見通しはよいしその先もかなり視界は開けている。
逆に考えれば隠れられる場所がないというように解釈することもできるが、多少周りを囲まれたぐらいならば、シルク一人でも対処できるし、最近気が付いたがミルはかなりの潜在魔力を秘めている。
おそらく、彼女が普通に人間社会で生きていたたら絶対に発揮されないであろうその才能が開花すれば、十分な戦力になるだろう。
しかし、緊急事態でもない限り彼女に何か魔法を教えたりするつもりは今のところない。本人から頼まれれば話は別だが、そんなそぶりは全くないし、そもそも魔法に関する話題はあまり出していない。
もともと魔法というのは人間には過ぎた代物だ。それは亜人の共通認識であり、真理だと思っている。
人間は亜人の手を借りて魔法を習得し、それを使っているというのに彼らはそれを忘れて亜人追放令などという悪法で亜人を自らのそばから追放した。そんな思いが強いというのもあるかもしれないが、人間の中で元から強力な魔法が使える者などごく少数だ。
魔力の増幅にさえ亜人の手を借りなければならない。彼らは本来、まともな魔法など使えない種族なのだから……
「……余分なことを考えすぎたな。さっさと戻るか」
ただ単にこの先がどうなっているか見ようとしただけだったが、随分と時間をかけすぎてしまった。
シルクは急いで丘を降りて馬車のところへと向かう。
見た限り馬車はちゃんとその場に止まっていて、ミルの姿も見えた。
「待たせたね」
「いえ、問題ありません。積荷も特に異常はありませんし」
彼女はそう言いながら左手を肩にあてる。
「何かあったのか?」
「いえ。何も……それよりも、こんなところでずっと止まっていたら遅れますよ?」
「……それもそうだな」
シルクは彼女の行動に若干の違和感を覚えたが、彼女の言う通りゆっくりと休憩している時間などない。
シルクは馬車に乗り込み手綱を握る。
シルクの合図で再び二人と荷物を乗せて走り出した馬車はシャラ領のなだらかな丘陵地帯を進んでいった。




