表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

プロローグ

 亜人はすべて忌むべき存在であり、町の中にあるべきではない。


 神により、恩恵を受けるべきは人間のみであり、それは亜人にはない。


 つまり、この世界は人間の為にあり亜人の為にあるわけではないのだ。


 すべての人類の発展の為に亜人を追放する方策は必要なのである。


 よって、「亜人追放令」を発布し、それを運用することにより亜人を追放し、世界を信の姿に保つべきなのである。


 十六翼評議会議事録より抜粋




 *




 時は統一歴422年。

 亜人追放令が発令されてちょうど一年が経とうとしている統一国領内はいまだ混乱の中にあった。


 しかし、元々妖精しか住んでいなかった旧妖精国は比較的安定していて、それは旧妖精国という範囲で見た場合に一番はずれとなるシャルロ領も例外ではない。

 一年前に新たな領主マミ・シャルロッテが就任し、徐々に体制が整えられつつあり、現在シャルロ領内で唯一の大きな町であるシャルロシティにはすでに本国と旧妖精国の交易の入り口の町として発展しつつある。


 そんな町の中にひっそりとその建物は佇んでいた。


 入り口に小さく“エルフ商会本部”と書かれているその建物は亜人追放令が発令されている世の中においてひっそりと活動を続けている亜人の組織の一つだ。

 旧妖精国にはあまり統一国の人間の手が入っていないうえに広大な森が広がっているので亜人が身を隠すのにも都合がいいのだ。


 現在、エルフ商会はシャルロシティから北へ伸びる北大街道(きただいかいどう)に沿って存在するいくつかの町に拠点を設け活動していて、そこを中心に活動しているのだ。

 こうなると必然的に町にエルフがいるという状態が出来上がるのだが、そこは姿をごまかす魔法を使うかローブなどをかぶることによりカバーする。これだけの対策で人間の目は簡単にごまかすことができる。

 それほどまでに普通の人間には魔法を見抜く能力がないのだ。


 そんなエルフ商会本部の一階の応接室ではある商談が行われていた。


「……つまり、エルフ商会(うち)から紙を大量に買い付けたいと?」


 黒いローブに身を包んだエルフの目の前に座るのは恰幅の良い商人だ。


「はい! ぜひともお願いしたいのです! なかなか良質のモノを取り扱っていると聞きましたので!」

「そうですか。それはどうもありがとうございます」


 やや興奮した様子で話す人間の商人に対して、エルフはいたって冷静に対応する。


「失礼します」


 ちょうど、そこに人間の少女がお茶を持って入ってくる。

 水色の髪が目を引く少女は人間の商人とエルフにそれぞれ頭を下げてからお茶を机上に置く。


「おや、可愛いお嬢さんですね」


 年端もいかない少女が出てきたことに興味を示したらしく、商人の視線は彼女の方へ向いていた。


「えぇ。どうやら孤児のようでして、うちで拾ったんですよ」

「ほーそうですか……孤児ですか……」

「えぇ。先の魔族との戦いでどうしてもそのようなことが起きてしまうのでしょう……」

「だが、もうその心配もない。統一国が全世界を統一したことでこれからの平和は約束されたようなモノ。我々商人も商売がしやすいってものです。まぁこれで損するのなど武器商人ぐらいでしょうからなぁ」


 武器商人ではない彼はイスに深く腰掛けて笑い声をあげる。

 確かに彼の言う通り、この先には統一国がもたらす平和という未来が待っているのだろう。


 しかし、それは人間に限定した場合の話だ。


 亜人追放令。


 突如として統一国から発令されたそれにより、亜人の生活は一気に転落した。

 かつて人間と同様に大手を振って通りを歩いていた亜人たちは今や町を追われて、ひっそりと暮らしている。

 これまで亜人を大切にしてきた国がなぜ、突然そのような発表をしたのかという点については多くの謎が残るが、これに関しては裏で何かしらの組織が動いたのではないかという考察をする者もいる。しかし、いくら調べたところでその影すらなかなか見えてこないのでその情報の信信憑性は定かではない。


「あの……下がってもいいですか?」


 そんな中でどうふるまってよいのかわからないのか少女がおびえたような口調でそう聞くと、エルフは優しい口調で少女に指示をする。


「下がってもいいわ。ありがとう」

「はい! 失礼します!」


 それを聞いた少女は勢いよく頭を下げて退室していく。


 商人はその後ろ姿をどこか名残惜しそうに見つめていた。


「……念のため、間違いのないように言っておきますが、我が商会では……」

「わかっておるよ。人身売買に手を出しているなんて言う話は聞かないからな」

「えぇ。そうですわ……それでは、契約の話に……」


 エルフは言いながら契約書を商人の前に差し出す。


 それには細かい文字が大量に羅列されていて、一番下に署名欄があるという形式のものだ。

 商人はそれを隅々まで読んだうえで署名する。


「うむ。これで契約成立ですな」

「えぇ。支払等の細かいことはまた後日連絡いたします。またのご利用をお待ちしております」

「えぇえぇもちろん。これからよろしくお願いします」


 お互いに握手を交わして、取引が終わる。


 ほくほくとした顔の商人が部屋から出ていくのを見届けると、エルフは大きくため息をつく。


「はぁー本当に疲れる……でも、あいつに頭下げて取引してもらった方がお金になりそうだし仕方ないかな……」

「……シルク様。失礼します」


 そこでちょうどタイミングを見計らったかのように先ほどの少女がお茶を下げるための盆を持って入ってくる。

 彼女の姿を認めるなり、シルクという名のエルフは不快そうな表情を浮かべる。


「あのさぁ。前から言っていると思うけれど、私に対して様を付ける必要なんてないって」

「それは命令ですか?」


 シルクの提案に対して少女はひどく冷めた口調で答えを返す。


 シルクは大きくため息をついて少女の前に立つ。


「ミルだっけ? あなたさぁここに来た時も言ったよね? 私たちに対してそんな風に接する必要はないって」

「いえ、しかし……こんな私を拾ってくださったのですから……」

「あぁもういいや。そのうちやめてくれればいいから……いったん下がって」

「はい」


 ミルという名の少女はお茶を下げ、頭を下げると早々に部屋から退室していく。


「はぁあいつはあいつで問題だよな……大体、会長殿はわけありだから預かるなんて言っていたけれど、実際どう何だか……」


 シルクの立場は商会に所属する商人というだけだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、彼女について聞こうにも上から情報を引き出すことなどほぼ不可能だ。

 シルクは深く深くため息をつく。


 どう考えてもあんな少女一人置いておいたところで何の得があるのだろうか?


 シルクは契約書類などをしまいながら彼女の顔を思い浮かべる。


「まぁいいか。そんなこと私には関係ないし」


 そう開き直り、次の商談へ向けた準備を始める。


 この出来事から数日後、シルクがミルとともに行動することになるのだが、シルクもミルもそんなことをまったく知るよりもなかった。


 これはただの一介の商人であるエルフとその助手として彼女の元で活躍することになる人間の少女の話である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ