6 赤の国の傭兵になる
レオンが案内してくれた食堂は、閑散としていた。
誰もいないと思って、厨房に入ろうとすると、厨房からいい匂いが漂ってくる。
思わず、何も食べていないお腹がなった。
「誰だ。」
声と共に、小太りのブルドッグが現れた。
何故に、ここに、ブルドッグがいるの?
それも顔ブルドッグなのに、体が人間で、腰にひらひらしたフリルがめちゃくちゃ可愛い、エプロンをつけている。
ダメなんか、ギャップで笑っちゃいそう。
『ダメよ、ナミ。こんなことで笑っちゃ。私の予感が叫んでる。
ここで笑うと、何か、非常に大切なものを失うと。』
ナミが硬直していると、レオンがブルドッグに命令した。
「ブル。ナミに何か食べさせて、やってくれ。」
『へっ、このブルドック顔の人、ブルって言うの。まんまじゃない、そのまんま。』
「レオン様!!!」
ブルはびっくりした顔でレオンを見ると、慌てて厨房に戻っていった。
直ぐに、物を切る音と、炒める音がすると、とてもいい匂いのする食事が、出て来た。
「うっ、おいしそう。」
ナミはスプーンを手に取ると、スープを飲んだ。
『えっ、なんで、かあさんの味がするの?』
次に、チャーハンを食べる。
『おいしい。でもこれも、かあさんの味だ。』
ナミが、モグモグと無言でチャーハンを食べていると、突然、食堂の入り口で、叫び声が聞こえた。
「ナミちゃーーん。」
その声と同時に、なんとメリーが、ナミに飛びついて来た。
「良かった、生きてたんだね。よかったぁーー。」
メリーは、そう言いながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ナミをきつく抱きしめる。
「えっ、本当にメリーちゃんなの。」
ナミはメリーに抱きしめられながら、やっと我に返った。
「レオン様、こちらにおられたんですか。クロウ様が捜していましたよ。」
ナミがふと声がした方を見ると、メリーちゃんと一緒に、灰色の髪の、がっした男が食堂に入ってきた。
「クロウか、うるさいからほっておけ。グレイ、他の兵士は戻ってきたのか?」
レオンは、入ってきた男に、尊大な態度で聞いていた。
グレイはレオンの質問に首を横に振って答えた。
なんかいつも思うけど、態度デカイよな、レオンって。
ナミが、そんな事を考えていると、メリーが泣き止んだ。
そして、今まで、ナミが食べていたチャーハンに気がつく。
とたんにメリーちゃんのお腹も鳴った。
グレイは、それに気がつくと、厨房にいた、ブルにメリーの分も作ってくれるように、頼んでくれた。
ブルはうなづくと、すぐにメリーのチャーハンとスープを、用意してくれた。
メリーは、すかさずチャーハンを、すごい勢い込んで、口に押し込む。
なんだか、それを見ていて、ナミも自分のお腹が、空いていたことを、思い出した。
二人して、お互いを見ながら、食べる。
それが一番ホッとすることだった。
レオンが食べ終わったナミを見て、いつの間にか飲んでいた、ワインを傍に置くと、
「ナミ、お前はこれからどうしたい。」
「わたしは・・・。」
ナミは改めて、考えた。
これから、自分は、どうしたいんだろう。
ナミが黙っていると、メリーに手を握られた。
「ナミちゃん、私と一緒に人狼たちのいる青の国にいこうよ。」
「あおの国?」
ナミはメリーを見た。
「さっき、グレイさんに聞いたんだ。混血村は、ほぼ全滅したって。」
ナミはメリーの言葉に驚愕した。
「混血村は全滅したの?」
ナミはレオンを見た。
「村民の9割は、俺達が着く頃には、人間どもに殺されていた。」
「そう。わた・・し・は、・・私は今の混血村が見てみたい。」
ナミはレオンの目を真っ直ぐ見て、断言した。
隣でメリーが、目を驚愕に、見開いていた。
レオンは、少し考えると、
「どちらにしろ、まだ部隊が戻っていないんだから、様子は見に行く。
だが戦闘が終わった直後だ。そこらじゅうに、死体がゴロゴロしているぞ。
わかって、言ってるんだろうな。」
ナミは無言でうなずいた。
「グレイ、混血村に戻るぞ。お前も来い。」
レオンは、グレイに向かって命令する。
グレイは、レオンに敬礼すると、頷く。
そこに突然、メリーの声が響いた。
「待って下さい。ナミちゃんが行くなら、私も行きます。」
「メリーちゃん。でも。」
ナミはメリーを止めた。
メリーは、首を横に振って、ナミと一緒に行くと、強硬に主張した。
「グレイ、お前が判断しろ。」
レオンは何故か、グレイに判断を一任した。
「お願いします。グレイ様、私も連れていって下さい。
両親を探したいんです。もしかしたら、生きているかもしれませんから。」
「メリーちゃん!!!」
ナミはあの時、メリーちゃんの両親の死を感じた。
何か言わなくては、と思っても、一言も言えなかった。
声が出せない。
それなのに、グレイは、そんなナミの心境と正反対に、冷たく言い放った。
「君の両親は死んでいる。だから、俺たちと一緒に行くということは、その両親の酷い最期を見ることになる。その覚悟がないのなら、止めておけ。」
グレイは事実を淡々と述べた。
メリーは、真っ青な顔で、立ちすくむ。
ナミはメリーのそんな姿を、見ていられなくなって、食堂から出ようと、歩き出した。
「待って、ナミちゃん。私は両親の酷い最期を見ることになっても、一緒に行きます。」
ナミは、この言葉に思わず、メリーを振り返って見た。
「メリーちゃん。」
メリーは、何かを吹っ切った顔をすると、
「グレイ様。お願いします。」
グレイは一度ナミを見、それからメリーを見た。
「わかった。一緒に来い。ただし、後で文句を言っても、帰れないぞ。」
メリーは、頷いた。
四人は、食堂を出ると、城の広場に出た。
「すっごい。」
ナミが思った以上に、デカイ城だった。
昔、ナミが前世で行ったホーエンシュバンガウ城より、大きい。
『レオンって、一体何者なの?』
ナミは思わず、レオンをしたから、じろじろと見上げた。
「なんだ。」
レオンが不審に思って、ナミを見るが、すぐさま彼女のお腹に手を回す。
「行くぞ。」
その声で、ナミは空を飛んでいた。
「すごい。私、いま空を飛んでる。」
下を見ると、先ほどの城がすっごい勢いで、小さくなっていく。
「自分で、飛んでみるか?」
そう言ってレオンは、あろうことかナミから、手を離そうとした。
「ゲッ、何するの!」
ナミは、思わず、レオンの腕に抱き付いた。
「お前も吸血鬼だから、飛べるぞ。やって見ろ。」
こともなげに言うと、本当に腕を、離しやがった。
ナミは焦って、レオンの首に腕を回し、両足をレオンの体に回すと、カエルのように、へばりついた。
「いくらなんでも、急には、無理です。お願いだから、手離さないで下さい。」
ナミは、精一杯、心の底から懇願した。
レオンは非常に嬉しそうに、手をナミの腹に回してくれた。
「もうそんなに、へばりつかなくても、大丈夫だぞ。」
レオンは、そう言ったが、ナミはレオンから、離れなかった。
『こいつは、ぜーたい面白がって、同じことを、もう一回する。』
これは、予感ではなく、確信だ。
ナミの考えを、聞き取ったレオンは、飛んでいる間中、笑っていた。
その様子を、少し後方から見ていたグレイは、なぜか非常に驚いていた。
『なんで、あんなに驚いているのだろうか。』
しばらく、飛ぶとやっと混血村が見えてきた。
あちらこちらから、硝煙の匂いと煙が立ち上っているのが、見えた。
レオンとグレイは、赤い隊服を着た、一団の傍に降り立った。
気がついた、男がレオンとグレイに敬礼する。
他の隊員もそれにならう。
レオンはうなずくと、
「今の状況は?」
一番最初に、敬礼した小太りの男に、現状を確認する。
「敵はすべて殲滅しました。現在は負傷者を中心に、救助活動をしています。」
「助かったものたちは、何人いる。」
「およそ10人で、今だに、その数に変更は、ありません。」
「そうか引き続き、捜索を続行しろ。」
「はい、了解しました。」
敬礼すると、男は作業に戻っていった。
「ナミ、どこに行く。」
レオンが歩き出した、ナミに声をかけた。
「私が倒れてた、森の近くに行ってくる。」
「わかった。」
レオンはそう言うと、ナミを抱き上げた。
「ちょっと、なにするの?」
レオンは、ナミの問いに答えることなく、空に浮かぶと、あっという間に、森の近くに、連れていってくれた。
ナミはビックリしながらも、レオンにお礼言った。
ナミは、覚醒した時の記憶を頼りに、父が倒れている場所に向かった。
メリーもグレイに連れてきてもらったようで、ナミの後ろから走って来た。
途中、メリーのお父さんの死体を見つけた。
メリーは、駆けて行って、その場所に、呆然と佇んでいた。
ナミは、もう少し先まで歩いて、父のめった刺しにされた、死体を見つけた。
やはり、とっくに、息などしていなかった。
ナミは、父の目を閉じさせると、そのまま、もっと先に歩いた。
そこには、真っ黒い焦げた跡と、母が持っていたフライパンだけが残っていた。
ナミは、それを拾い上げた。
『泣きたいはずなのに、涙が出なかった。わたしはどうやら、非常に薄情な娘のようだ。』
ナミはフライパンを持ったまま、父の死体の傍に、戻ってきた。
そんなナミを心配したのか、レオンは彼女の傍にやってきた。
「レオン。死体はどうするの?」
ナミは、傍にきたレオンにきいてみた。
「ほっておくと、虫が湧いて、悪臭が漂い、病気が広まる元になるので、一か所に集めて、一気に火葬する。」
「どうやって、火葬にするの?」
「吸血鬼は念じれば、物を燃やすことが出来る。」
レオンは、ぼそりと呟いた。
「ただ念じるだけなの。」
ナミが問いかけると、レオンはぶっきらぼうに答えた。
「そうだ。」
ナミは、父の死体に『燃えろ!』と念じた。
その瞬間、父の死体は、轟音を発して、燃え上がった。
なぜかレオンは、目を丸くして驚いている。
「普通、そんなに、簡単に出来ないんだがなぁー。」
レオンの小さい、つぶやきが聞こえたが、ナミはそれを無視した。
炎が収まると、そこには、父が腰に下げていた、剣以外は何もなかった。
ナミは剣を、拾い上げると、レオンに聞いた。
「レオンは、これからどうするの?」
「城でも言ったが、これから人間と人ではないものの二者の間で、戦争になる。
俺達は、人間が今、手にしている武器を取り上げるために、戦う。」
「そう。じゃ、私もレオンと一緒に戦う。」
レオンはビックリして、ナミを見た。
「ばかなことを言うな。お前はまだ子供だ。大人しく避難してろ。」
「でも、私は一万人も、たった一瞬にして殺せる、兵器なんでしょ。」
「ナミ!」
レオンは悲しい顔で、ナミを見た。
「それに、レオンが人間から武器を取り上げれば、人間は戦いを止めざるをえない。なぜなら、武器なしじゃ、吸血鬼にも、魔獣にも、ましてや人狼となんか戦えないから。 早く戦いが終われば、終わるほど被害が少なくて済む。」
「だが、ナミ。」
レオンは渋った。
「避難していても、襲われないとは言い切れない。その時に、またあの時みたいに暴走するくらいなら、最初から訓練して、どんな状況でも、冷静に対処出来るようにしたいの、レオン。」
ナミはレオンの目を見て、断言する。
「決心は、変わらないのか。」
レオンは、ナミに問いただした。
「変わらない。もしレオンがダメなら、人狼の国に行って、傭兵の訓練を受ける。」
レオンは、ナミの言葉に諦めたようだ。
「人狼の戦い方と、吸血鬼の戦い方は違う。ナミが馬鹿な事をして、ケガをしないように、私が戦い方を教える。ただし、私が許可するまで、戦場で戦うのは禁止だ。」
ナミはレオンの言葉に頷いた。
「もう、他に、行くとこは、ないのか?」
ナミは首を横に振った。
「今度は、自分で飛んで来るから、大丈夫だよ。」
ナミはレオンの質問に笑って、答えた。
「そうか、では城に帰ってから特訓だな。」
ナミはレオンの、この言葉に頷いた。
「グレイ、行くぞ。」
見ると、メリーは、目に、涙をいっぱい溜めながらも、グレイに手伝ってもらって、おとうさんを火葬にしたようだ。
手には、おとうさんとおかあさんの持っていた、二本の剣を持っていた。
レオンは焦げたフライパンと剣を持ったナミを抱き上げると、赤い隊服を着た、一団の傍にM空を飛んで戻った。
「状況は?」
傍の兵士に聞く。
若い兵士はビックリした顔をしながらも、
「将軍、残念ながら生き残ったものの数は、変わっていません。
隊長はさきほど、人狼国の兵士が到着しましたので、今そちらに向かい、警備の交代と、負傷者の引き渡しに行っているところです。」
『えっ、レオンって、将軍だったの!!』
「わかった。俺は城に戻るが、必要ならこっちに、念話を飛ばすように、言ってくれ。」
若い兵士は最敬礼すると、
「了解しました。」
レオンは頷くと、ナミの腰に手を回して、城に向け、飛び立った。
すぐ後に、グレイも続く。
空は、さっきとは打って変わり、どんよりと曇り、今にも雨が降りそうだった。




