5 やさぐれ天使
体が鉛のように、重い。
動こうとすればするほど、意識が闇に飲まれていく。
必至に抗った。
このまま、この闇に囚われては、いけない。
何度も何度も強く思った。
口の中に甘い生クリームのようなものが広がっていった。
その後、しばらくすると、体がだんだん思うように、動かせるようになる。
全身でホッとする。
少しずつ体の強張りが解け、目が開けられるようになった。
「やっと、お目覚めか?小娘。」
「こむすめ??だれのこと???」
なんだか、とてもきれいな銀色の髪の、すこぶる美しい顔の男が、目の前にいた。
どうやら、私は死んだらしい。
きっと天使だ。
でも天使は、酒のグラスを片手で持って、気だるげに話す。
『でも、このやさぐれ天使は、なんなのだろう。天使なら、もうちょっと清らかな笑顔で、笑ってほしい。』
「ダダ漏れているぞ、小娘。もうちょっと、心のシールドを強化しろ。」
「えっ、なんで思ったことがわかるの? 天使だから?」
やさぐれ天使は、溜息をつくと、ナミの寝ているベッドに腰かけた。
ベッドががっしりした、やさぐれ天使の重みで沈む。
天使って、重さがあるんだ。
生きてるみたいだなぁ。
「とりあえず、これを飲め。」
赤ワインを渡される。
ちょっと口をつけた。
「げっ、まずい。」
鉄さびの味が、口の中に広がった。
いくら、やさぐれ天使から渡されたものとは言え、酷い味だ。
ナミは思いっきり、首を振って、飲み物を拒絶した。
やさぐれ天使は溜息をつくと、自分の指を切る。
あまりの意外な行動に、ナミはポカーンと、口を開けて見てしまう。
『何考えてるんだ。』
とっ、突然、その指を、ナミの口に突っ込んだ。
『うぐっ、やだ血の味が・・・しない。甘いシロップを飲んでいるようだ。思わず、やさぐれ天使の指から出た血に、吸い付いていた。なんだか、とてもおいしい。』
『おい、もう充分だろ。』
しばらく吸っていたら、突然、指を口から抜かれた。
チュパァ
『美味しかったのに。』
ナミがふくれっ面をしていると、そのまま開いている口を固定する。
前置きも、なにもなく、天使は指を突っ込んで、口の中をまさぐり始めた。
『そのまま、口を開けていろ。』
『ほぇーー。 なにするの?』
『なんだ、小娘、牙がないぞ。』
『あるわけないでひょ、人間なんだから牙なんて。もう指抜いて、抜かなけりゃ、指に噛みつくよ。』
やさぐれ天使は、慌てて指を抜いた。
『小娘、自分でものが考えられるのか?俺の血をあんなに飲んだのに。』
『なんで血飲んだくらいで、考えられなくなるの?』
『始祖の血って、なんて、でたらめなんだ。それと、さっきから言ってる、そのやさぐれ天使というのはなんだ。』
『えっ、そりゅあ見たままだけど、やさぐれた天使でしょ?』
『天使? どこに天使がいるんだ。』
ナミは、そのまま指差した。
「あっ、あっはははーーーはぁー。 俺が天使だと、お前はバカだなぁ、あっははは。」
「ちょっと、笑い過ぎだよ。」
ナミは思いっきり、頬を膨らませた。
「お前は子供か?」
「はっ、何言ってるの?どう見ても、私は立派な・・・。」
ナミは毛布から飛び出して、掴み掛ろうとした。
そこで、自分のカッコウに我に返る。
なんだって、何にも着てないスッポンポンの状態でいるんだ。
『なっ』
真っ赤になって、慌てて、毛布を頭から被る。
「そうか、立派な小娘だな。」
ナミの状態を笑いながら、見ている。
「なっ、さっきからこむすめ、小娘って。私にはちゃんと、ナミって言う両親がつけてくれた名前が・・・・。」
ナミはおもわず、死ぬ前のことを思い出してしまった。
ナミも死んだなら、両親も同じ世界にいるはずだ。
毛布の中でもんもんと考えていると、傍の天使もどきが、毛布を被ったナミの頭を撫でながら言う。
「お前はナミと言うのか。」
「そうよ。ところで、あなたが天使じゃないって言うなら、悪魔かなんかなの?私は心清く生きてきたから、絶対、地獄に落ちるはずがないのに、何でここにいるの?」
「ずいぶんと質問の多い、こむ・・。」
ナミはやさぐれ天使を睨んだ。
「ナミです。」
やさぐれ天使は少し笑うと、
「俺はレオンだ。」
「レオン。」
ナミはやさぐれ天使の名前を、この時、初めて知った。
「それとさっきから、いろいろ誤解があるようだがな、ここは赤の国だ。」
「へっ、あかのくに?」
「混血村からは、たいぶ離れているが、人間に言わせると吸血鬼の国だな。」
「吸血鬼って。」
『それじゃ、さっき私、こいつから、血をすっちゃったから、』
「私も吸血鬼になっちゃうの?」
ナミは涙目で、レオンを見た。
レオンは思いっきり呆れた顔で、ナミを見ると、
「あのなぁ、元々ナミは、吸血鬼の血を引いている。だから、吸血鬼になるならない、じゃなくて、吸血鬼なんだ。」
「はっ、何言ってるのレオン。私は人間だよ。とうさんもかあさんも人間だったし、そんなのうそだ。」
「一万人だ、ナミ。お前が消滅させた人間は。」
「消滅って、何言って。」
ナミは、泣きそうになった。
レオンはさらに畳みかけた。
「ナミ、自身覚えてるだろう。消えていった魂の数を。」
「それは、夢じゃ?」
ナミは今にも、自分が罪悪感で、どうにかなるんじゃないかと思えた。
レオンは無言でナミを見つめると、話し出した。
「今まで、人間の国は、獣人や吸血鬼、魔獣などとの間で争うことを絶対にしなかった。」
『何がいいたいの、レオン。』
「理由がわかるか?」
レオンはナミを見た。
「そりゃ、人間は獣人や吸血鬼、魔獣に比べて弱いもの、戦えるわけない。」
レオンはうなずくと、話を続けた。
「それなのに、なぜ今回に限って、混血村とはいえ、強い人狼や吸血鬼が住む村が、襲われたと思う。」
「そ、それは、なんか強いものが、味方についたんじゃないの。」
レオンはにっこり笑う。
『なに、その笑み。腰抜けそうだよ。私。』
「強いもの、つまり強い武器が、人間の手に渡った。それも人間以外を、全て消滅させたい、と考えている危ない輩にだ。」
「今回もことがわかって、すぐにナミたちが住んでいた村に、部隊を送ったんだが、着いた時には、すでに戦闘が始まってから、だいぶ達っていて、ナミたちの両親を救うことが出来なかった。すまなかったな、ナミ。 だから、たとえナミの力で、一万人亡くなっていても、それは、俺のせいだから、気にするな。」
レオンはそういうと、ナミの頭を優しく、撫でてくれた。
「私のせいじゃない。何言ってんのレオン。みんなが死んだのは、私の力のせいだよ。だって、あの時、かあさんやとうさん、みんなを殺した奴らが、憎くて、憎くて、自分の力を、ちからを・・・、わたし・・・。レオン。」
涙でぐしゃぐしゃになっているナミを、レオンは優しく抱きしめると、今度はあやすように、背中を撫でてくれる。
ナミは毛布ごと、レオンにしがみついて泣いた。
だいぶたってから、レオンは濡れたタオルを渡してくれた。
「何かほしいものはないか、ナミ。」
「洋服とご飯が食べたい。」
レオンは何を考えたのか、あの不味いワインを持って来た。
ナミはレオンを睨むと、
「それ、すっごく不味いから、いらない。」
すると、レオンは諦めて、自分の指を傷つけようとする。
「レオンの血はおいしいけど、甘いから今はいい。」
「ナミ。今は俺の血かワインしかない。だから、それでがまんしろ。」
「だから、私は何か食べ物が食べたいんだってば、お肉とかパンとかそういうの。」
「なんで吸血鬼のくせに、食べ物がほしいんだ。ありえん。」
「食べたいったら、食べたいの。ないなら自分で料理するから、何か着る服を持って来て、ちょうだい。」
「俺に命令する気か!」
レオンは不機嫌な声で怒鳴る。
「命令じゃなくて、お願いしてるの。それに何かほしいものはないかって聞いたのレオンでしょ。」
「わかった。」
『クロウ、小娘が着れる服を俺の部屋に、すぐ持って来い。』
『畏まりました。御主人様。』
程なくして、クロウが洋服を持って、部屋に入って来た。
ナミは服を受け取ると、レオンを見た。
「レオン、ちょっと、後ろ向いてて。」
「御主人様を呼び捨てにするなど、けしからん。なんて娘だ。」
今にもナミに飛びかかる勢いのクロウに、レオンの命令がかかる。
「止めろクロウ。用はすんだ、お前は下がれ。」
「ですが、御主人様。」
クロウはレオンを見た。
「さがれ、クロウ。」
「畏まりました。」
クロウは一礼すると、部屋を退出していった。
「早く着替えろ、ナミ。」
「そっち向いてて、レオン。」
「俺がお前の平たい胸で興奮するとでも。」
レオンが面白そうに、ナミを見た。
「興奮するしないじゃなくて、気になるから、あっち向いてて。」
「わかった。」
レオンは、後ろを向いてくれた。
ナミは急いで服を着ると、ベッドを降りた。
ちょっと、ふらっとするが、動けないほどではない。
ナミは、レオンに食堂に、案内して貰うことにした。




