15 青の国
ナミは夕食の手伝いを終えると、足を引きずるように長い廊下をレオンの寝室に戻った。
部屋に着くと、レオンはまだ戻っていなかったようで、部屋には誰もいない。
ナミは、そばの棚の上に、ブルと買った極寒用のコートを置くと、着替えを持って浴室にいった。
今日はなんだかとても疲れていて、お湯を張った浴槽に浸かると、そのまま寝てしまいそうだったので、めずらしくシャワーで済ませた。
着替えを終わって部屋に戻るが、レオンはまだ執務が終わらないのか、部屋に戻っていなかった。
ナミは毛布を持ってソファーに座ると、いつもの定位置で毛布に包まる。
いつもいるはずのレオンがいないせいか、なんだか寂しくてしょうがない。
でも疲れていたせいか、ボヤーとしているうちに、眠っていた。
ナミが眠ってから、しばらくして、執務を終えたレオンが、部屋に戻ってきた。
見ると、ソファーの定位置で、いつものようにナミが毛布に包まれて、寝ている。
レオンは溜息を付くと、ナミの肩を揺さぶって声をかけた。
ナミは眠そうに目をこすると、
「おかえり、レオン。」
レオンは目を瞠った。
部屋で人が待っていて、”おかえり”と言われたことなど、久し振りだ。
レオンはびっくりしながらも、ナミの肩をもう一度揺さぶると、
「ああ、今戻った。だが、ナミ。寝るならソファーじゃなく、ベットで寝ろ。」
「うん、わかった、ベットで寝る。」
そう言うと、もそもそと動き出した。
レオンはそれを確認すると、上着を傍の棚にほおり、シャワーを浴びに浴室に向かった。
レオンがシャワーを浴び、全裸で寝室に戻ってくると、そこにはいつもの定位置より
、ソファーギリギリまで移動して、再び眠っているナミがいた。
レオンは、ワインとグラスを持つと、ソファーに座った。
もう一度、ナミの隣に座り、肩を揺らす。
『俺は使用人じゃないから、毎度毎度こいつをベッドまで運んでやる義務はない。』
レオンはそう固く決心すると、さらにナミの肩を揺さぶった。
ナミは、がばっと起き上がると、レオンを見上げた。
「ナミ、ベッドで寝ろ。」
ナミはぼんやりレオンを見ると、そのままレオンに抱き付いた。
「ベッド?はーい、固いけど暖かい。」
「おい、ナミ。」
ナミは、寝ぼけて起き上がったと思うと、また熟睡している。
レオンは額に手をやると、諦めてナミをそのまま胸に抱き寄せた。
ナミはそのままレオンの胸で眠っている。
レオンはやれやれと思いながら、テーブルの上に置いたワインの栓を開けると、グラスに注ぎ飲む。
「ふぅー。疲れた。」
レオンは飲みながら、自分の胸にもたれかかって、眠るナミを見た。
ナミを見ていると、なんだかとても愛しい気持ちが込み上げてくる。
こんな気持ちになったのは、何百年も前に母と生活していた時以来だ。
レオンはグラスを置くと、ナミを抱き上げてベッドに入った。
「俺は、ナミ専用の使用人じゃないんだがな。」
そう言いながら、レオンはナミを胸に抱きしめた。
ナミはレオンの胸にすり寄ってくる。
レオンは自分の胸で眠るナミを抱いたまま眠りに落ちた。
翌朝、野太く低い声に安眠を妨げられた。
『レオン様。』
『なんだ、グレイ。こんな朝早く。』
レオンは、髪を掻き上げながら、念話で返した。
『お休み中、申し訳ありませんが、例年より早く吹雪が来そうだと、青の国より連絡が来ました。』
『なんだと、例年なら、まだ一か月以上も、さきのはずじゃなかったか?』
『はい、理由は不明ですが、いつもの年ならそのはずです。
が、今年は異常気象のようで、吹雪く前に、異種族間会議をしたい旨の連絡が入りました。』
『魔族はなんと、言っている。』
『吹雪く前に、人間との紛争の件もあるので、異種族間の取り決めを、早々としたいそうです。』
『わかった。グレイ、青の国に行く兵士を選抜しておいてくれ。準備出来次第、出発する。』
『畏まりました。』
レオンは、ベッドから起き上がった。
ナミはまだレオンの胸で眠っている。
レオンはナミをそっとベッドに寝かすと、シャワーを浴びに、浴室に向かった。
レオンがベットから出て、しばらくすると、ナミは今まであったぬくもりが消えたことで目を覚ました。
ぼんやり辺りを見る。
『あれ、なんで私、ベットで寝てたんだっけ。』
周りを見ると、誰もいない。
ナミはぼんやりしながらも、起き上がった。
そこにシャワーを浴びたレオンが出てきた。
バスタオルを上半身ハダカの胸にかけ、髪を拭いている。
「ナミ、起きたのか。さっき連絡があって、一週間後の出発が今日に早まった。
青の国に行くなら、直ぐに支度して、広場に来い。」
「えっ、今日?」
ナミは慌ててベットから起き上がると、着替えを持って浴室に向かった。
その後ろにレオンから念話が入る。
『ナミ、青の国は寒い。だから暖かい服を着てこい。』
『うん。』
ナミは答えると、顔を洗って、服を着ると、昨日ブルと一緒に買った極寒用のコートを羽織った。
そしてすぐに、広場に向かう。
広場に着くと、そこにはレオンとグレイ、それに十数人の吸血鬼の兵士がすでに集まっていた。
「遅いぞ、ナミ。」
レオンに注意された。
「ごめんなさい。」
ナミは素直にあやまった。
「まあ、いい。」
レオンが出発しようとすると、後ろからブルがかけてきた。
「ナミーー。」
ナミは後ろを振り向いた。
「ブルさん?」
「よかった間に合った。はいこれ。」
ブルから、クッキーのにおいのする包みを受け取った。
「これは?????」
「飛行してるから、食事をゆっくりとれないでしょ。だから、栄養価の高いクッキーを作ってきたの。お腹が空いたら、これを食べなさい。」
「ブルさん、ありがとう。」
ナミの目がうるうるした。
「どういたしまして。帰ってきたら、作り方を伝授するから、覚悟しておいてね。」
ブルはそういうと、厨房に戻っていった。
『うっ、クッキーはうれしいけど、料理の特訓はうれしくないです。』
ナミは心の中で呟いた。
「ナミ、いくぞ。」
呆けていると、レオンから声がかかった。
慌てて、ナミも浮き上がると、レオンの後から飛行する。
みんな、一団になって北を目指した。
数時間たっても、荒野以外何もなかった。
見ていると、合間合間にみんな水筒を飲んでいる。
ナミもお腹が空いて、何度かブルさんが持たせてくれた、クッキーを食べた。
これがなかったら、空腹で飛行出来なくなっていただろう。
帰ったら、たくさんお礼を言わなくっちゃ。
そう考えていると、心配そうなレオンの念話が届いた。
『まだ先だが大丈夫か、ナミ。』
『うん、ブルさんが持たせてくれたクッキーがまだあるし、全然平気だよ。』
『俺は空腹具合ではなく、飛行できるかどうかを、聞いたんだが。』
『うん、だからお腹空いてないから、まだまだ大丈夫。』
ナミはなんで、レオンが怒っているか理解できないようで、正直にそう答えた。
レオンは、溜息をついた。
『わかった。ナミの飛行能力は、空腹と連動しているようだな。』
レオンはそう言うと、前を向いて、飛行速度を上げた。
『えっ、空腹度って、えっ、えっ、いや、そうだけど、そう言うわけじゃ。えっと。』
レオンの後ろでナミが、焦っていた。
言い訳しようとして言い訳にならず、ナミは赤くなったり、青くなったりしていた。
レオンはそのナミの焦る様子を、密かに楽しんでいた。
それに、いつもは、力を抑えていて、つまらない飛行が、ナミがいるおかげで速度を上げても、誰も文句を言えず、今日はいつもの倍のスピードで移動している。
一方、グレイ以外の兵士は、全員必死だった。
ナミが一緒なので、そんなに速度を上げた飛行にならないだろうと、タカをくくっていたところ、戦場に行く時と変わらない、いやそれ以上の飛行速度に悲鳴をあげていた。
『『『『『『なんでいつもの飛行速度より早いんだぁーーー。誰か将軍に言ってくれ!!!!』』』』』』
全員心の中でそう思っていたが、ナミが平気な顔で将軍の後をついて、飛行するので、誰も何も言えず、ただ黙って飛行し続けた。
それから数時間後、荒野が途切れて、森が見え始める。
『もうすぐ着くぞ、ナミ。』
レオンに言われ、ナミは前方を見ると、彼方に堅牢な城が立っているのが、見えた。
『レオン、あれ』
『ああ、あれが青の国の城だ。あの城門の手前に降りる。』
「グレイ。」
グレイは全員に合図すると、城門の手前に降りた。
降りると、同時に城の中から、たくさん青の国の兵士が出てきた。
中でも、立派な騎士服に身を包んだ人狼が、レオンに礼をする。
「遠い所から、はるばるご苦労様です。こちらに休憩所と食事を用意してありますので、どうぞ。」
レオンは頷くと、その騎士に続いて、みんな休憩所に向かった。
長い廊下を歩いた先に、休憩所があった。
中に入ると、そこには、紫炎ザクロのワインが用意されていた。
みんなガヤガヤとしながら、席に着く。
「レオン様。」
グレイがレオンに視線を促す。
「取り敢えず、食事にしよう。」
レオンの一言で、みんなは、ワインを飲み始める。
レオンも飲みながら、先程の騎士に問いかけるような、視線を投げた。
騎士は心得たとばかりに、状況を説明し始める。
「申し訳ありません。まだ魔族の方々が到着されて、おりません。
到着次第、会談を始めるとのことでしたので、今しばらくお待ちください。」
「わかった。」
レオンがそう返事したところ、メリーの声が響いた。
「ナミちゃーん。」
ナミはレオンの隣から立ち上がると、メリーの傍に走り寄った。
「メリーちゃん。」
二人は固く抱き合う。
「もう、遅いから、これないかと思ったよ、ナミちゃん。」
「ごめんね、メリーちゃん。でも、一回来たから、今度は一人でも来れるよ。」
ナミの発言にレオンとグレイ、その他の兵士が眼を剥いていた。
『まさか、本気でしょうか?レオン様。』
『本気で一人で来るきだ、無謀娘め。』
レオンは頭を抱えた。
あとで、あいつには説教だな。
密かに、ナミの説教がここで確定していた。
二人が抱き合って話していると、一人の兵士が、二人に近寄って声をかけた。
「ナミ、本当に生きてたんだな。」
ナミの肩に、人狼の若い兵士が手を置いた。
ナミが顔を上げる。
「えっ。」
ナミはボケっとその兵士を見た。
「まさか、ジミーなの?」
ナミはジミーに抱き付いた。
「うそ、生きてたなんて、信じられない。」
ジミーは抱き付いてきたナミを受け止めながら、冷や汗をかいていた。
なんだかものすごい殺気が、吸血鬼の兵士のほうから飛んでくる。
レオンは、ナミが抱き付いた兵士を、今にも射殺すような目で睨み付けていた。
『非常に面白くない。なんだか、あの兵士を今すぐ、血祭りにあげたいような、気がしてくる。』
レオンは目の前に座っている、ここまでレオンたちを案内した人狼の騎士に問いかけた。
「あのものは、何者だ?」
人狼の兵士は、目の前で殺気だっているレオンに、恐れ慄きながら説明した。
「混血児村の生き残りの兵士です。」
「ほう、混血村か?」
レオンの物騒な様子にグレイは、目を瞠っていた。
どう見ても、あの混血児村の生き残り兵士に、レオンが嫉妬しているとしか思えない。
でもグレイは、自分の仕える主人であり、上司でもあるレオンが、嫉妬した姿を今まで見たことがなかった。
『あの兵士、早くナミから離れないと、レオン様に射殺されるぞ。』
そう思って見ていると、その兵士は今度は、なんとメリーの肩に手をおいていた。
これを見て、なぜかグレイも、非常にこの兵士が気にくわなくなった。
『あいつ、何様だと思っているんだ。』
グレイはその混血児村の生き残り兵士を睨みつけた。
一方ジミーは、吸血鬼の兵士からの、射すような殺気を感じて、慌ててナミを、引きはがした。
ナミは全く気がつかないようで、ただジミーが生きていたことを喜んでくれている。
ジミーがナミを引きはがすと、さっきの刺すような殺気が和らいだ。
ジミーはホッとすると、二人で話が盛り上がっているメリーを見て、いつものように肩に手を置いて、話に加わった。
人狼は、親しくなると、ちょっとしたスキンシップなら結構許してくれる。
メリーの父親が生きていた頃は、こんなことは出来なかったが、今は混血児村で生き残ったものとしての仲間意識が強く働くせいか、メリーもこのくらいのスキンシップなら結構させてくれる。
ジミーは、なんとかこのスキンシップを通して、メリーに自分を印象付けようと、いつも必死だった。
なので、メリーの肩に手を置いた途端、さっきと同じような殺気が飛んで来ているのに、まったく気がつかなかった。
離れた所でこの様子を見ていたグレイはポツリと話始めた。
「そう言えばレオン様。今回もこの会談後、親睦もかねた”親善試合”をやるんですよね。」
レオンは突然、殺気を放ち始めたグレイに、目を丸くしていた。
グレイがここまで怒るのは珍しい。
「ああ、その予定だが?」
グレイは、目の前に座っている人狼の騎士に話しかけた。
「あの混血児村の生き残り兵士も、その親善試合に出るんですよね。」
人狼の騎士は、断定口調で聞いてくる殺気だった吸血鬼を前に、頷くこと以外、出来なかった。
『ジミー、お前、いったい何をやったんだ!』




