1 混血児村
小さな、せまっ苦しい小屋の中で、怒鳴り声が響いていた。
「あんたまた、隣家の女の胸、見てたでしょ。」
ちょっぴり小太りの、小柄な中年女性である、ナミのかあさんが、黙って食事を続ける、とうさんに、お玉を突き付けながら、怒鳴っている。
「そんなこと、いってもなぁ。」
とうさんは、もごもご口を動かしながら、かあさんのあまり膨らんでいない、胸を見た。
その途端、かあさんの手から、お玉がとうさんの頭に、振り下ろされた。
いつもの朝の光景である。
ナミは、素早く深皿におかずとスープをごちゃまぜにして、手に持つと、サッとテーブルから避難した。
ドガッ。
ボコッ。
ガシャーーン。
テーブルに、とうさんの巨体が叩きつけられた。
いつも思うのだが、かあさんの小柄な体のどこに、あの巨体を投げられる力が、あるんだろう。
まっ実際に、投げられているんだから、あるんだろう。
そろそろ終わるかと、テーブルに目線を戻すと、珍しくとうさんも、かあさんに言い返していた。
「そう言うがな。おまえもたまに、隣家の人狼の顔見て、頬染めてんだろうが。」
とうさん、それを言っちゃ、お終いだよ。
ナミは思わず、目を見開いた。
「なっ、それは。」
かあさんは思わず、とうさんの顔をチラッと見て、目をそらす。
かあさん、今の憐みの目線で、とうさんの自尊心はガタガタだよ。
とうさんは自分で言っておきながら、かあさんの態度に頭来たらしく、手に持っていた皿を投げつけた。
こりゃすぐに終わるどころか、こっちの身が危うい。
ナミは自分が巻き込まれない様に、外にでた。
今日は涼しくて、とてもいい天気だ。
ナミが外に出ると、可愛い茶色の、もふもふした犬が、目の前にいた。
どうやら、ナミが持っている深皿の中身が、気になるようだ。
ナミはそれを傍にあった、ちょうどよい高さに積まれた、マキの上に置いた。
茶色の犬は、ちょっと匂いを嗅いだあと、それを美味しそうに、食べ始める。
ナミはその様子を、傍でじっと見ていた。
茶色のふかふかのもっふもっふ。
様子を見るに、尻尾を振っている、ということは、危険はないよね。
ナミは恐る恐る、手で、そのもふもふの毛を、触って見た。
「すごーーい。なんて、すてきな手触りなの。」
ナミはものすっごく夢中になって、その犬を触りまくった。
その頃、夫婦喧嘩、真っ最中の二人の耳に、世にも哀れな、犬の鳴き声が、聞こえた。
あまりに物悲しい鳴き声に、二人はケンカを止めて、互いの顔を見合わせた。
どうやら家の外から、聞こえるようだ。
「あんた。」
「あ、あぁ。」
二人はそっとドアを開けて、外を覗いて見た。
そこには、自分たちの娘に触られまくって、悲鳴をあげている犬がいた。
「メリー、大丈夫か。」
そこになんでか、隣家に住んでいる人狼のおじさんが、息せき切って、飛び込んできた。
「「あっ。」」
突然、両親が叫んだ。
ナミは不思議に思いながらも、自分の希望をいう。
「かあさん、この子うちで飼っていい? いいでしょ、だって、とってもかわいいんだもの。このもっふもっふ。」
ナミはそう言うと、もう一度、犬の毛をさわさわして、触りだす。
「あんたって子は。」
そう言うと、かあさんは、ベリッと、犬からナミを剥がした。
「ひどい、かあさん。」
「なんで、ダメなの。」
「当たり前だろ。友達を飼う、おバカがいるかい。」
「えっ、友達???」
ナミは犬を見た。
隣家のおじさんが持ってきた、タオルケットにくるまっていた犬は、いつの間にか、隣家に住む、メリーちゃんになっていた。
ナミの思考は、停止した。
「なんで犬が、メリーちゃんになるの?」
「すまん。うちの娘が。」
とうさんが隣家のおじさんに、平謝りしている。
「いや、そんなことは、一応、同性だったし。」
おじさんが困った顔で、とうさんの謝罪を聞いている。
ぐぅーー。
その時、メリーちゃんのお腹が鳴った。
「メリー。さっ、帰ろう。」
おじさんがメリーちゃんを抱えて、家に戻ろうとする。
「いや、父さん。私、もっとナミちゃんのおかあさんの料理が食べたいの。」
メリーちゃんは、なんだか必死に、ナミのかあさんの料理が、食べたいと訴える。
いつのまにか、部屋に戻っていたかあさんは、とうさんに向けて、デカイ弁当箱をほおった。
とうさんが慌てて、それを受け止める。
「いつまでも、そこにいると仕事に遅れるよ。さっさといきな。」
そう言うと、ナミに
「ナミ、メリーちゃんに何か着るものを貸しておやり。二人とも、もう学校だろ。着替えている間に、食事の用意をしとくから、さっさと準備しな。」
「わかった、メリーちゃん、こっちだよ。」
「父さん。」
メリーちゃんは、おじさんの顔を見た。
おじさんは少し考えた後、メリーちゃんを離すと、とうさんと一緒に、砦の方に歩いていった。
ナミはメリーちゃんを促すと、食堂を通って、自分の部屋に案内した。
その時、メリーちゃんは、食堂のありさまに、ビックリしていた。
ナミは、いつもの事なので、なんら驚くこともなかったのだが。
「メリーちゃんは、どれがいい。」
「えっと、どれでも。」
ナミはメリーちゃんがそう言いので、とっておきのワンピースを貸した。
さっきの、もふもふのお礼である。
メリーちゃんが、もぞもぞ着替えていると、食堂からかあさんの声がした。
「ナミ、いつまでかかっているの、食事の支度は出来たよ。早く食べて、学校にいきな。」
かあさんの声に、メリーちゃんの目が輝いた。
メリーちゃんは、急いで着替えると、ナミを振り向く。
ナミはうなずいて、メリーちゃんを食堂に案内した。
食堂はさっきの惨状のかけらもなく、きれいに片付けられていた。
そして、食堂のテーブルの上には、今朝の朝食以上に、豪華な食事が、並べられている。
メリーちゃんの顔が輝いた。
「さっ、ここにお座り。」
かあさんは、お客様用の椅子を指した。
メリーちゃんは、そこに、いそいそと座ると、ごくりとのどを鳴らす。
「遠慮しないで、どんどんお食べ。さっきは、ナミがすまなかったね。」
「いえ、あんなことで、こんなおいしそうなものが、食べられるんなら。」
「えっ、またもふもふしていいの!」
ナミは勇んで会話に加わった。
その途端、かあさんのするどい睨みが炸裂する。
ナミは口を噤んで、食事を始めた。
ここは何も言わない方がいい。
「さっ、遠慮せずに、熱いうちに召し上がれ。」
かあさんがメリーちゃんに、にっこり笑いかけた。
「はい、いただきます。」
メリーちゃんは、そういうと、かあさんの食事を食べ始めた。
「おいしい。」
メリーちゃんは、食べる度にそう言った。
ナミにとっては、いつもと変わらない味なんだが、何がそんなに、おいしいのだろうか。




