ハロウィンの夜に
「まだ終わらない?」
キーボードを叩き続けていた指が、ふと止まる。
退屈という言葉を絵にしたような表情を貼り付けて、彼女が佇んでいた。
相手をしてやれていないのは悪いとは思うが、勝手なものだ。
事前の連絡もナシに押し掛けてきたのは、何処の誰だったか。
「今夜一杯は終わらないぞ」
言外に、帰ってくれと意を込める。
自業自得とはいえ、放っておくのも心が痛むし、それで機嫌を損ねられては堪らなかった。
それに、元来自分は、集中力がある方ではない。
彼女が押し掛けてきてから一時間弱、モニターに占める文章の割合は殆ど増えてはいなかった。
「十月も最後だな、そういえば」
画面の隅に表示される日付を見て、何とはなしに呟いた。
特に面白味もない、天気が如何こうと同レベルの話題。
そんな話題に、彼女は満面の笑顔を浮かべて擦り寄って来た。
「そうだ……今日、何の日だか知ってる?」
「知らない」
素っ気無い即答は、壁とは成り得ず、更なる接触を呼んだ。
背から回された腕が、首元で絡んだ。
「ハロウィンだよ、今日は。ささ、Trick or Treat!!」
「お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ……か。ほら、コレ喰って大人しくしてろ」
デスクの引き出しからクッキーを幾つか取り出して、その手に握らせた。
サクサクと、クッキーを齧る音が響く。
これで暫くは、静かになるだろう。
数分後。モニタに向けていた視界が、突然に塞がれた。
瞼や額に伝わる温かさで、それが掌だと判った。
「……菓子をやったのに、悪戯するのか?」
「足りないー」
子供のように、頬を膨らしているだろう様子が目に浮かんだ。
忍耐が限界に達したのだろうが、生憎ともう菓子は手元にはない。
小さく溜息を吐いて、振り返った。
途端、彼女の顔が視界一杯に広がって、次の瞬間には、唇には濡れた温かな感触があった。
幾らかの間を置いて、身体を離した彼女に、批難めいた目を向ける。
「……御菓子より甘いね」
僅かに上気した、小悪魔めいた表情。
どうにでもなれ、と。
もう一度だけ溜息を吐いて、彼女の抱擁に答えた。
ハロウィンの夜は更けていく。
大きな子供の、甘い悪戯と共に。
2005年のハロウィンに書いた掌編です。