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桂かすが短篇集

のじゃーさん

作者: 桂かすが

 のじゃーさんの話をしよう。


 うちの村の神社にはのじゃーさんと呼ばれるおキツネ様が住んでいる。語尾にのじゃーのじゃーとつけるから子供たちにのじゃーさんと呼ばれ、子供たちの守り神様として信仰を集めている。他にも無病息災や安産祈願なんかもオプションで行っているようだ。


 のじゃーさんは大人たちには見えない。大体中学を上がる頃にはみんな見えなくなるみたいだ。神社に大切に祀られている神様であるんだが、神主さん達にも見えない。神主さんは昔は見えたんだけどねーと笑っていた。


 のじゃーさんは10才くらいの大層可愛らしい女の子で、さらさらの金髪に白と赤の巫女服を華麗に着こなしており、もちろんキュートな耳と尻尾がついている。それがピコピコフリフリするのである。あの尻尾は巫女服からどうやって出しているんだろう。とても気になる。

 俺はロリコンではないはずなのだが、のじゃーさんならいけそうだ。


「こりゃ。邪念が渦巻いておるぞ。あんまり酷いとバチを当てるのじゃー」


「あ、すいません。勘弁して下さい」


「しかしリョースケもしばらく見ないうちに都会っぽくなったのじゃ。街は楽しいのかの?」


「そりゃあもう。この村とは比べ物にならないですよ」



 今は大学2回生の夏休み。実家に帰省中である。

 もう既にのじゃーさんが見えなくなる年齢はとっくに過ぎているんだが、たまに俺のようなのがいるらしい。ついでにのじゃーさん以外の変なものも見えるのが困りものなのだ。

 のじゃーさんには俺が見る変なものについて色々相談に乗ってもらって親しくなった。俺みたいなのには変なものだけじゃなくて危険なものが色々と寄ってくるそうで、のじゃーさんがいなければ結構厄介なことになっていたんじゃないかと、今になって思い当たるのだ。

 のじゃーさんには感謝してもしきれない。


「で? 今日はワシの好物のおいなりさんを持って何の相談なのじゃ?」


「就職活動のことなんですがね……」


 俺ももう2回生。来年からは就活が始まる。これでも旧帝大と呼ばれるそこそこいい大学に入って成績もいいので就職先についてはそれほど心配してはいないのだが、問題は都会に残るか、村に帰るかなのだ。


 村の数少ない若者だ。いい大学に行ってなかなか有望であるし、村役場に就職して欲しいとの村長の意向なのだ。直接そう言われたし、親を通してもプレッシャーをかけてくる。

 村役場の待遇は悪くない。それに生まれ育った村だ。愛着もある。

 だが、この村。なーんもないのである……


「だったら都会に残れば良いのじゃ。何を迷っておる?」


「それは……」


 その時、後ろから声をかけられた。この声は知っている。


「涼介君?」


「沙都子ちゃん、久しぶり」


 振り向くと巫女服姿の可憐な乙女が立っていた。さらさらの肩のあたりまで伸ばした黒髪に、透き通るような白い肌。お人形のような端正な顔立ちをしていて、村の子供からジジイまで大層人気がある。彼女の名前は道里沙都子。2才年上の元同級生である。彼女は病弱で、二度の留年で一時的に俺と同級生をしていたことがあるのだ。それもそれほど長い期間ではなかったが、天国のような時間だった。学校に行けば必ず会えるのだ。勉強が好きになったはあの時期だったな。そのお陰で大学もいいところに行けたのだと思っている。


「またのじゃーさんとお話していたの?」


「う、うん。沙都子ちゃんはこんな暑い日に出歩いても大丈夫なの?」


「境内くらいなら平気よ。それにもう子供の頃みたいにすぐ倒れたりはしないのよ」


「それはよかった」


「あ、いま用事の途中なの。また家の方にでも遊びに来てね。大学の話を聞かせて欲しいな」


「うん。またね」


 立ち去る沙都子ちゃんをぼーっと立ち尽くし見送る。俺の2個上なら22才のはずだが、中学生の頃とほとんど変わってない気がする。


「わっかりやすいのじゃー」


「う、うるさいよ!」


「つまりリョースケは沙都子が気になって都会に行けないんだな?」


「まあそういうことなんですが」


 俺は彼女が好きなのだ。惚れている。


「だったら告白でも何でもすればいいのじゃ」


「やったんですけどね……」


「振られたのかー」


 黙ってうなづく。


「それでも諦めきれんのかの?」


「誰かと付き合ってるとかなら諦めもつくんですけど。今どんな感じなんですかね」


「誰とも付き合っておらんのじゃ」


「誰か、その、好きな人とかは……」


「おるぞ。知っておる」


「マジですか!?」


「お主じゃ」


「あえー?」


「何を素っ頓狂な声を出しとる。沙都子はお主のことが好きじゃよ」


「で、でも」


 村で数少ない同年代だ。仲もいい。友達としての好意くらいは持ってもらっているはずだが、ハッキリと振られているのだ。


「そもそもなんで沙都子がリョースケを振ったのだと思うのじゃ?」


「わかりません」


「体じゃよ」


「病弱なことくらいよく知ってるよ」


「だけどリョースケが思っておるより酷いんじゃ。今は落ち着いておるが、どっち道それほど長生きはできんじゃろうなあ」


「そ、そんな……」


 沙都子ちゃんが死ぬ……?


「子供の頃はの。20になるまでもたないじゃろうと言われておったのじゃ。それがここまでよくがんばったほうなのじゃ。そんな体でリョースケと付き合うのはお主に悪いと思ったんじゃろうな」


「お、俺はそれでも!」


「それにな。子供を授かるのは絶対無理じゃと早いうちに告げられておる。リョースケのような未来のある若者に自分のような病弱な役立たずはもったいないと身を引いたのじゃ」


 旧態依然とした田舎のことである。跡取りも産めないともなれば、それはそれは大きな障害になるのだ。


「おれはそれでも……それでも」


「それでも沙都子が好きか?」


「はい」


「たとえ沙都子と結ばれたとしても子供の顔は見れんぞ? リョースケは一人息子じゃ。親不孝じゃのう」


「両親には諦めてもらいます」


「どうしても沙都子を諦められんか?」


「無理です」


「じゃったらワシが主と沙都子を取り持ってやっても良い。あやつもまだ主のことが好きじゃからのう」


「ほ、ほんとうですか!?」


「じゃがのう。どっちにしろ沙都子は長くは生きられんぞ?主は悲しむことになろう」


「それでもいいんです」


「よう言った。ワシに任せておけ」


「のじゃーさん!」


「では一週間後じゃ。一週間後に沙都子に告白せよ。上手くいくようにお膳立てをしておいてやろう」


「わかりました」


「ではしっかりやるんじゃぞ。さらばじゃ、リョースケよ」


 そう言うとのじゃーさんはかき消すように俺の前から消えてしまった。


「のじゃーさん……?」


 いつもはとてとてとかわいく歩いて神社にあるのじゃーさんルームに帰るのだ。消えるなんて初めて見た。でもお供えのおいなりさんがちゃっかりなくなっていたのであまり気にしないことにした。きっと沙都子との仲を取り持つお膳立てとやらをしにいったのだろう。




 一週間後。俺は沙都子に二度めの告白をした。のじゃーさんは一度も出てくることがなく。その後も二度と、誰も姿を見ることがなかった。

 不思議と皆、のじゃーさんの消失を話題にしなかった。気にも止めなかった。たいていの村人はのじゃーさんと遊んだことがあるはずなのに。


 二年と少しの遠距離恋愛を経て、俺は村に戻り、沙都子と結ばれた。


 俺は沙都子にのじゃーさんの話は全くしなかった。沙都子ものじゃーさんの話を全くしなかった。幸せな結婚生活でそれが少しだけ気がかりだった。


 結婚して3年目。沙都子が倒れた。


「ごめんね涼介君。私もうだめみたい。今までありがとう」


「大丈夫だ。ちょっと調子が悪くなっただけだって。すぐに退院できるさ」


「ううん。自分の体だもの。わかるの」


「沙都子……」


「のじゃーさん。涼介君ずっと探してたよね」


「……うん」


 こっそりやってたつもりだったけどバレてたのか。時々のじゃーさんが戻ってないかと神社を見まわったり、のじゃーさんルームを確認しにいったりしてたのだ。


「のじゃーさんね、ずっと私の中に居たの」


「えええ!?」


「本当はもっと早くに死ぬはずだったのに、のじゃーさんがずっと助けてくれたの」


「のじゃーさん……」


「感謝するのじゃー」


「のじゃーさん!?」


 のじゃーさんが沙都子のベッドに座っていた。


「お主らと少々話をする必要があってな」


「でもなんで今まで沙都子の中にいるの黙ってたんだよ。ずっと探してたのに」


「そりゃおまえ、好きな子の中におキツネ様がいるとかちょっとイヤじゃろ?」


「う……」

 

 イヤってほどじゃないが、ちょっとは困惑しそうだ。


「沙都子と話し合って黙っておいたほうがいいだろうってことになってのう」


「ごめんね、今まで話さなくて」


「ううん、いいんだ。のじゃーさんは沙都子を助けてくれていたんだね。ありがとう」


「そのことなんじゃが、そろそろそれも限界なのじゃ……」


「ど、どうにかならないの?」


「なるのじゃ」


「なるのかよ!」


「ただし確率はそれほどよくないし、危険なのじゃ」


「危険……」


「知っての通り、お主には力がある。いわゆる霊力とかいうやつじゃな」


「うん」


「これが中々上質での。ワシは前から目をつけておった。そのお主の力、ワシに全部寄越すのじゃ」


「え、それくらいならいいけど」


「ところがこれがそう簡単にはいかないのじゃ。霊力は本人の魂と深く結びついておる。無理やり取れるものではないし、取れてもお主がどうなるかわからん」


「どうなるかって……」


「最悪死ぬ」


「それで沙都子が助かるなら」


「ついでにワシも死ぬかもしれん。ワシが死ねば沙都子も助からない。つまり全滅じゃな」


「えええええ!?」


「まあ最悪はそれじゃが、ワシもお主も沙都子も助かる。みんなハッピーという結末も当然あるのじゃ」


「それはどっちになるかわからないの?」


「うむ。何せワシ自体に力も経験も足りぬ。たかが800年しか生きておらぬ半神には荷が重い仕事なのじゃ」


「なんでそこまでして沙都子を助けようと……」


「言ったじゃろ。ワシはお主の霊力に前から目を付けておったのじゃ。お主の力を手に入れたらワシは本当の神に昇格できるじゃ。神じゃぞ、神になれるのじゃ」


「そんな理由かよ」


「のじゃーさん、こんなこと言ってるけど、いつだって私の中で、ずーっと私を励ましてくれてたのよ。それにこれは最後の手段だからってどうにかならないかって、ぎりぎりまで色々やってくれてたの」


「こりゃ、そういうことを言うのはくーるじゃないのじゃ」


「神様になれればもっと沢山の人を助ける力が手に入るからって」


「のじゃーさん……」


「とにかく! 今回の件はお主次第じゃな。一番死ぬ危険が大きいのがお主じゃし」


「やる。やります。沙都子が助かるなら死んでもいい」


「涼介君……」


「よう言ったのじゃ!」


 沙都子は実行をずいぶんと渋ったが俺は押し切った。沙都子がいない人生などもはや何の意味もない。

 それにのじゃーさんのこともある。沙都子を助けるために力を振り絞り、ずいぶんと弱っているのだ。成功するかどうかはわからないが、受けた恩は返さなければならない。


 その夜。病院が寝静まった頃、こっそりと術は行われた。




 結論から言うと8割成功といったところだろうか。

 のじゃーさんに霊力を抜かれた直後に俺はぶっ倒れて3日ほど生死の境をさまよった。設備の整った病院で本当に助かった。

 目が覚めた時、俺は左足を麻痺で失っていた。ぴくりとも動かない。医者には原因不明と言われた。霊力を無理やり抜いたせいだからだろうし、現代医学では解明できないだろうな。


 沙都子は健康体になり、俺より先に退院した。

 難病が一夜にして治ったことでずいぶんと騒がれたが、もちろん調べたところでわからない。


 翌年、待望の子供が生まれた。母子ともに健康。二人目も大丈夫だろうと病院で太鼓判を押された。


 のじゃーさんは無事、神様に昇格したらしい。3才になった娘によると今だに神社の境内をうろうろしていて時々子供たちと遊んでいるようだ

 

 霊力を失った俺にはもう見えないしお話もできないが、神様になっても相変わらずのじゃーさんはのじゃーさんと呼ばれ、今も子供たちの守り神として村の信仰を集めている。

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[良い点] ふと読み返した。 ええな〜 左脚動かなくなったのは大変そうだけど、田舎の村役場なら生涯安泰に過ごせそう。 本人も納得ずくだし、それで幸せだと思えるならそれが一番だよね、と素直に思えた。
[一言] タイトル詐欺www冒頭にもやられましたw 主人公、足動かなくなって大丈夫なのか…って気になったけど、 本人がそれで良いなら、まあ良いかな、と。
[一言] フェフさんの作品と関連はあるんです? のじゃーさんと僕の奇怪はなし
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