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短編集

天下無双アンブレラ

作者: 一六波 奏

 昨今、一部のウェブ小説界隈では異世界トリップなんてものが流行っている。ああ俺だって大好きで読み漁っていたさ。中でも主人公最強が好きだったさ。


 そして今俺は、そんな小説みたいな状況になっている。


 あ、今厨二病乙って言ったの誰だ。夢と現実の区別がつかないんだねって憐れんだの誰だ。俺は断じて正気だ。違う、そうじゃねえ。


 異世界に魔王を倒す為に召喚され、勇者がどうだとか祭り上げられ、勇者にしか抜けない伝説の武器を取ってこいと洞窟に連れてこられ。いや道中の魔物は仲間が蹴散らしてくれたから被害はない。生活だって税金でタダ飯かっ喰らえるわ、勇者だってことで可愛い女の子寄って来るわで楽しいことばかり。そんでもってチート級な身体能力も魔法の力もあるから文句なんぞもないさ。


 ただ、ひとつだけ言っていいだろうか。


 伝説の勇者しか抜けないという武器。一般的に考えて、思い浮かべるのはあの聖剣だろう。街頭調査で100人中99人は絶対にそう答えるはずだ。残りの1人? 100人も居れば別のモノ思い浮かべる変わり者は1人くらいいるだろ。


 そう、聖剣。普通は剣を思い浮かべる。ファンタジーの主人公といえば剣を持っているのが主流だ。兵士な主人公なのに槍を持ってる主人公ってのは見たことがねえ。もしくは剣でなければ刀を。いずれにせよ刀剣類を持っているのが主だろう。


 だというのに。今俺の目の前にあるのは。米神の血管がビキリと浮き出たのが自分でもわかった。刀剣類じゃねえ。いやそれだけならまだいい。武器ですらねえ。何が伝説の武器だ。どうして伝説の武器が。


「なんで傘なんだよ!!」


 張り上げた怒声がだだっ広い洞窟内にわんわんと響いた。びくりと肩を揺らした気弱な魔術師の少女にも、どうしたと問いかけてくる男勝りな剣士にも、心配げに顔色をうかがってくる僧侶にも構わず膝から崩れ落ちた。


 傘。伝説の武器がまさかの傘。ロマンもへったくれもありゃしねえ。滅茶苦茶カッコイイ聖剣を思い浮かべていたから、この現実との落差が凄まじい。立ち直れる気がしねえ。なんでまた傘なんだ。しかも100均に売ってそうな透明なビニール傘とか。何が悲しくてそんなもんを振り回さなきゃならねえんだ。というか世界観どうした仕事しろ。


「ど、どうなさったのですか、勇者殿」


 おろおろと心配を声に滲ませる僧侶に勢いのまま噛み付いた。


「どうもこうもあるかよなんで傘なんだよ傘! この世界じゃ勇者はこんなちゃっちい傘ぶん回して戦うのかお前!」


「ちゃ、ちゃっちいって! 何をおっしゃるのですか! これは神が授けてくださった攻防一体の武器なんですよ! それをちゃっちいだなんて、いくら勇者殿でも神の冒涜と見做しますよ!」


「んな神が居てたまるかッ! 大体チョイスがおかしいんだよ普通剣だろ剣!」


 二人歯を剥いてがるがると睨み合う。そりゃあ神様に仕える僧侶サマだから主を馬鹿にされんのはいただけねえだろうが、俺だって譲れねえもんがあるんだよ!


「おい、お前ら!」

「何だようるせえ!」

「何ですか今大事なときです!」


 脇から口出ししてきた剣士に二人で噛み付いたら鉄拳制裁を食らった。頭に落とされた重い一撃に、声にならない悲鳴を上げる。何しやがるてめえとすかさず抗議したら。


「魔術師の様子がおかしい」


 その言葉に、隅に隠れるようにしていた魔術師を見た。一点を見つめる彼女の顔色は蒼白い。どうかしましたか、とすかさず僧侶が駆け寄るが、それに何の反応も示さない。わななく唇が開かれる。


「来る……!」


 ぞくり、背筋を這い登る寒気に身構えた。あたかも質量を持ったかのような威圧感に、僧侶との喧嘩は一時休戦。というか、喧嘩してる場合じゃねえ。


 ずるりと地から這い出てきたのは太い太い前足。灼熱の炎を思わせる真っ赤な鱗に覆われたそれは、その一本だけで成人男性の身長より上回っている。それだけでこいつの全長を想像することができた。

 なるほど、傘が一本ブッ刺さってるだけにしては無駄がありすぎると思っていたが、このだだっ広い空間はこいつの為かよ!


 ずるりずるりとただの地面からその全身を現したのは、真っ赤なドラゴン。明らかにラスボス的威圧感を伴うこいつの巨躯は、まるで山と見紛うほど。いや明らかにスケールおかしい。


「守護者……」


 ぼそりと魔術師が放った単語に、僧侶は合点がいったようだ。


「伝説上の存在かと思っていましたが、まさか実在するなんて……!」


 その伝説のものを取りにきたんだろ俺らは、というツッコミはしないでおこう。


 伝説がなんだか知らないが、貴重なものがあるところに守護者が居るってのは王道的な話だ。今回の場合は王道通りドラゴンが居たってだけ、ただしその大きさは明らかにおかしいが。


「守護者だかなんだか知らないが、立ち塞がるのなら斬り伏せるのみだ!」


 脳筋であることが丸わかりのセリフを吐いて、剣士が勇ましく斬りかかる。よくもまああの巨体に近づこうと思ったものだ、奴が一歩動いただけで踏みつぶされそうだってのに。雄叫びをあげて一閃、しかし刃は鱗を削ることすらできず、逆にぽっきりと根元から折れた。


「な――」


 長年使ってきた愛剣が折れたせいか、戦闘中だというのに無防備にも立ち竦んだ剣士に、ドラゴンが吼える。腹の底にまで響いてくるその轟音は、先の剣士の件もあって、怯ませるどころか戦意を喪失させるには十分だった。勝てる気が、しねえ。


 それでも俺は、動く。


 ひとつ舌打ちをして、右手で銃の形を作る。ドラゴンが茫然自失している剣士目掛けて振りかぶった前足に、その指先を合わせた。間髪いれず打ったのは、とっさに思いついた強力な魔法。渾身の一撃だ。すべてを完膚無きまでに破壊するそれが炸裂する!


「だめ……!」


 小さな声だというのに、魔術師の声は嫌なくらい聞こえた。だめって、何が。僧侶が早口で呪文を唱えると、剣士とドラゴンの間に半透明の壁が出現する。間一髪、ドラゴンの前足は剣士に当たることなく、僧侶が造った結界に阻まれた。ずん、と響いてきた音に、その攻撃の重さを思い知る。もしあれが直に当たっていたらと思うとゾッとする。


「守護者は、いかなる魔法も吸収するの……」


 ぼそぼそと告げられたのは、俺の自信を砕くには丁度いい情報だった。


 剣もここにくる前までに習った。召喚特典のチート性能も相待って、城の中じゃ俺に勝てる者はいないくらいには使える。けれど剣士の剣のこともあり、試す気すら起きない。なんの特殊効果もないただの剣じゃ、ナマクラ以上に使えない。


「マジ、かよ」


 どうしろってんだ。攻撃手段はない。このままここで死ねと? いや、逃げてしまえば。


 さっき突発的に動けたのは、どうにかできるであろう魔法があったからだ。けれどそれすら使えないとは。すっかり怖気付いて後ずさる。一歩引いた足が、何かにぶつかった。


 傘だ。


 騒ぎになってから忘れていたが、そうだ、元はといえばこの傘を取りにきたんだった。地面に突き刺さったまま沈黙を貫くちゃちな傘に苛立ちが募る。クソッ、何もかもこの傘のせいだ。


「ただ一つ、有効なのは、」


 息を荒げた僧侶と目が合った。さっき防いだダメージが流れてきたのだろうか、だらりと脱力した右手を押さえている。それでも杖は握りしめたまま離さない。


「それ、です」


 すっと示されたのは背後の傘だ。元の世界じゃ100均に売っていそうな、チンケなビニールの傘。台風が去ったあとに、道端に無惨な姿になって大量に捨てられてるようなこんなもんが、今俺らの命運を握ってるなんて、バカバカしい話だ。


「来るぞ!」


 いつの間にか戻っていた剣士が叫ぶ。見れば、ドラゴンが息を吸い込む何かの予備動作めいたことをしていた。吸い込んだ息は吐き出すだけ。きっとあれはブレスかなんか前兆だろうと目星をつける。


 地面に突き刺さってる傘をひっ掴んだ。本当に選ばれた奴にしか抜けないのかと疑うほど、それはあっさりと抜ける。どうやら俺は認められたらしい、こんなビニール傘になんぞ認められなくてもいいんだが。


 結界を張ろうとする僧侶を押し退け、ドラゴンの前に躍り出た。武器としての傘の使い方なんぞ知らないが、攻防一体の伝説の武器だというのなら。一か八か、ええい、どうにでもなれ!


「お前ら伏せてろッ!」


 持ち手近くのボタンを押す。ぽん、と軽い音を立てて傘が開いた。どうやらワンタッチ傘らしい。畜生、なんでこんなところまで安っちいんだ。勢いだけで出てきたのに少しばかり後悔する。だが今更だ、もうやるっきゃねえ。


 ごうっと音を立てて吐き出された炎に向かって、盾代わりに開いた傘をさす。普通ならば融けるどころか灰すら残さず消えただろうそれは、なんとまあ不思議なことに耐え抜いてみせた。透明なビニール傘だから、傘の向こう側がよく見える。渦巻いてる炎が傘に触れると消えてくって、一体何でできてるんだこの傘は。


 唐突に炎が途切れた。どうやらドラゴンの長い長い溜息は終わったらしい。相手はもう消し炭になったと勘違いしてんだか知らねえが、気を抜いているのは確か。その隙をついてドラゴンへ肉薄する。傘はもちろん閉じて。


「僧侶、援護しろ! 頭だ!」


 言えば少し間を置いて、俺の進む先に階段状の結界が作られる。それを駆け上り辿り着いたのはドラゴンの頭のすぐ横。傘を振りかぶってフルスイング。その横っ面をぶん殴る!


 剣すら通らねえ硬い鱗だ、そんなこと傘でやったら粉砕しそうなものだが、このおかしな傘は折れもせずに逆に向こうにダメージを与えた。しかも俺の想像より遥かに強大な。


 ぶち当たった、手応えがあった。と思ったら、ぱん、なんて音がした。風船が割れた音、というのが的確な表現だろう。そしてその破裂音に違わぬ形でドラゴンに影響が。なんと破裂して消えたのだ。さすがに予想外過ぎてぎょっと目を剥いた。というかそもそも自棄っぱちの攻撃だったんだ、一矢報いられればいいと、そんな気構えでぶん殴ったってのに、まさかそうなるとは。実はゴム風船だったんじゃねえかと思わず疑ったくらいだ。


 ドラゴンに当たって止まるかと思ったら破裂されてしまったんで、不本意にも振り抜いてしまった為に体勢が崩れる。たたらを踏んだら結界の足場から足が外れた。重力に導かれるまま落ちていく。カッコ悪ィ、締まりがねえ、とか思いながら浮遊魔法を自分にかける。折角ドラゴンを倒したってのに、足滑らせて転落死しました、なんてアホみたいなのはごめんだからな!


「持ち主に害成すもの全てから守り、敵と判断したものには容赦なく罰する、という伝承だが、まさかこれほどの威力とは……」


 剣士が傘をまじまじと見ながらそう評価する。なんというか、スゴいを通り越して気持ち悪ィ威力だよな。だがこれがあれば正に敵ナシ。なかなか使えるじゃないか、と手の中のそれを見下ろした。傘。紛れもなく傘だ。


 前言撤回、やっぱあり得ねえ!


 ぶん投げてやろうかと思ったら何かが衝突してきた。捨てようとしたのがバレたのかと思ったが、そうではないらしい。


「勇者殿、無事に認められたのですね!!」


 俺としては傘なんぞに認められても嬉しくねえというのが本音だが、僧侶の妙にキラキラ輝く無邪気な顔に、ぐっと飲み込まざるを得なかった。


 剣士はよかったなと微笑んでるし、魔術師も心なしか嬉しそうだし。それに、と僧侶に目を向ければ、自分のことのように喜んでいる。そんないい笑顔されちゃあどうしようもねえ。というかなんだこの流れ、俺が締めなきゃいけないのか?


 仕方ない、と伝説の傘を天高く掲げて叫んだ。そうじゃないと終わりそうもねえ。ちょっと涙目なのは秘密だ。


「おら、行くぞ打倒魔王の旅!」


 畜生、もうどうにでもなれ!

続きそうで続かない、勇者とそのお供の旅。

きっと傘術を極めれば刀剣すら凌駕する斬れ味を出せるんですよ。


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[一言] はじめまして。 ツイッターでフォローさせていただき、こちらにお邪魔してみました。 どうぞよろしくお願いいたします。 この作品、じわじわとくる面白さがあって好きです。 どんだけ強いビニール傘…
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