死神
「賢一!」
ノムは賢一の腕を引っ張り、建物の外へ連れ出した。
「賢一、落ち着いて。賢一!」
ノムに肩を揺さぶられて初めて自分が叫んでいることに気がついた。
賢一は叫ぶのを止め、吐きそうになって慌てて口を押さえた。
「賢一……」
ノムは背中をさすろうとしたが、賢一はその手を弾いた。
「何だよ……何だよあれは!」
男の魂を切った瞬間、男の人生の全てが賢一の頭の中に入って来た。生まれた時から死ぬ時まで―。煙の中で見えなかったが、機動隊に追い詰められた男は、持っていた拳銃で自分の頭を撃って自殺していた。
映像だけならまだ吐かなかったかもしれない。だが、頭に入って来たのは映像だけでなく、男の喜び、怒り、悲しみ、憎しみ―。感情の全ても入ってきて、頭の中がグチャグチャになった。
賢一はノムを睨んだ。
「何なんだよ!」
ノムは俯いた。
「答えろ!」
「……それが、僕達死神になった者の罰」
「何だよそれ……。訳分かんねぇよ。死神って何なんだ!」
今まで俯いていたノムの顔が上がった。その表情を見て、怒りがスッと引いた。
ノムは苦しそうな、泣きそうな顔をしていた。だが、決して涙を見せない頑なな表情だった。
怒りの代わりに困惑が頭の中を支配した。
「……ごめん。死神補佐を頼む前に説明すべきだったね……」
ノムの言葉は震えていた。どうしてそんなに泣きそうなのか、賢一には理解できなかった。
「ここじゃうるさいから、少し場所を変えよ」
ノムは賢一に背を向け、ゆっくりと進みだした。
賢一は首を振って頭の中に残る残像を振り払い、ノムの後に続いた。
「……死神がどうやってできるか分かる?」
しばらく飛んだあと、賢一に背を向けながらノムが言った。
「さぁ……。死んだ人とか?」
どこかの漫画でそのようなことを言っていたと思い、遠慮がちに言った。
すると、ノムは止まって振り返った。
「確かにそうだけど、……中でも、自殺した人のことを言うんだよ」
賢一は思わずノムの顔をジッと見つめた。―じゃぁ、お前も……。
「神に与えられた命を勝手に捨てた。……それは神に対する大きな罪。僕達はその罰として、死んだ魂を切る。……そして、その思いを受け取るんだ」
「でも、一番最初に切ったおばあちゃんや、事故にあった人の時は、何とも無かったぞ。……まぁ、ちょっとフラッとしたけど」
「切った相手全員の思いを受け取ってたら、とっくに僕達は精神崩壊してるよ。特に思いが強い人だけが、僕達に流れ込む。その思いは、とてつもなく大きくて苦しい」
「そんな……」
賢一は持っているカマを握りしめた。
「その罰ってのは、いつ終わるんだ?」
「さぁね。人によって時間は異なるよ。僕達は年をとらないから、何十年……何百年もかかることだってある」
賢一は最近まで、自殺する奴はバカだ、弱虫だ、と思っていた。だが自殺をした強盗は生活に苦しんでいた。そんな時に、そそのかされて強盗をし、失敗して立てこもるはめになったのだ。妻も子どももいて、その人達を守るために強盗をしたのだ。
心はもう限界までボロボロだった。ダメだと分かっていても犯罪に走ってしまった。それはやはり心が弱いと言うかもしれないが、賢一は悲しくて仕方がなかった。
生きていれば別の道が見えてくるはずだ。それを待てばよかったのだ。しかし彼らはそれを信じ続けるほど心は強くない。それを考える前に、楽になろうとして死んでいくのだ。……その後にさらなる苦しみがあると知らずに。