初仕事
「さっ、あれが最初のターゲットだよ」
ノムは分厚い死亡者リストと、病院のベッドに寝ているおばあちゃんを見比べて言った。
「死因は老衰。……さ、行くよ」
ノムは何の躊躇もなく病院の壁を抜けて中に入っていった。
賢一は驚いたが、そういえば今は霊体だということに気づき、本当に霊体は壁を抜けられるんだと感嘆しながら、賢一も病院の壁を抜けて中に入った。
「おばぁちゃん、死んじゃうの?」
孫らしき子どもがおばあちゃんにすがりついていた。おばあちゃんは優しい表情で孫を見た。
「あぁ。……もうお迎えが来たみたいだよ……」
「死ぬ直前になった人は、僕達の姿が見えるんだよ」
賢一が質問する前にノムが言った。
「さぁ、賢一。カマはためらわずに振り切るんだよ。周りの人を巻き込まないようにね」
「そんなこと言ったって、あの子がいてできないぞ」
「大丈夫、見てな」
ノムはおばあちゃんの上まで飛んだ。
「もうすぐだよ」
そう言うと、おばあちゃんの体がぼうっと光りだし、おばあちゃんが浮いて来た。……いや、体はそのままで、半透明な体―魂がゆっくりと昇って来た。
「賢一、思いっきり振って!勢い付けたほうがいい。絶対にためらっちゃダメだよ」
「分かってるよ」
賢一はカマを後ろまで振り上げ、力を入れて振った。
カマが魂に入った瞬間、何かが賢一の中に入って来た。賢一は怯んだが、カマに勢いがついていたので止めることができず、結局最後まで振り切ってしまった。
「な、何だ今の」
賢一は息を切らし、頭を押さえた。
「賢一!大丈夫?」
「いったい何なんだよ!」
「まぁまぁ落ち着いて。ほら、見て御覧」
ノムが指した方を見ると、おばあちゃんの魂が光に包まれていた。目を丸くして見ていると、光は崩れていき、粒となって消えた。
「おばぁちゃん?……おばぁちゃん、目を開けてよ。ねぇ、おばぁちゃん!」
孫の目から涙がこぼれた。他の人も泣いている―。
「……おい」
「ほら、賢一。次行かないと時間になっちゃう!」
「あ、あぁ」
賢一はきっと気のせいだと頭を振り、病室の外に出た。外はすっかり暗くなり、満月が空高く上がっていた。
「風が気持ちいいでしょ」
ノムが言った。
「僕、自由に飛んでいる時の風が一番好きなんだ。……飛ぶの下手だけどね」
ノムは舌を出して照れ笑いをした。
賢一は目をつぶり、風を感じてみた―。確かに、死神にならなきゃ、こんな風は感じられないだろうと思った。