よろしく、補佐君!
「しに……がみ……?」
これは夢なのだろうかと、自分の頬を思いっきりつねる―。ものすごく痛い!
「ほ……本物……。あっ、もしかして俺の魂を取りに来たのか?」
恐る恐る聞くと、ノムはニッコリ笑って首を横に振った。
「……いや、君はまだリストに載ってないからね。僕はただ、飛ぶのが下手で、カマを振ったらバランスを崩して―。あっ、そうだ僕のカマ!」
ノムは辺りをキョロキョロと見回した。
「あった!」
屋上の床に、見たこともない黒くて大きいカマが落ちていた。ノムは取りに行ったが、ためらってカマの上をフラフラ漂った。
「どうしたんだ?」
ノムは何か言おうと口を開いた。だが賢一を見た瞬間、何かを思いついたのか、こちらに近寄ってきて、今度は賢一の周りを回り始めた。
「な……何だよ」
ノムは賢一の前で止まり、何かを決心したように力強く頷いた。
「よし決めた!ねぇ君、今日一日、死神補佐やってみない?」
「は?」
予想もしていなかった話しに、情けなく口が開いているのに気が付き、慌てて閉じた。
「じつは僕、さっきバランスを崩した時に手首をひねっちゃってさ。しばらくカマを振れそうにないんだ。他のみんなも忙しくて応援に来られる訳ないし……。君、かなり霊力あるし!辛い仕事だけど……、今日一日だけ。僕の補佐をやってくれない?」
「はぁ……」
「よかった!ありがとう!」
「あ、いや、今の「はぁ」は、「分かった」って意味の「はぁ」じゃなくって――」
「ほんと、よかった!じゃぁ、あのカマを持って」
なんだか流されるまま賢一は梯子を下り、黒く光るカマに近づいた。近くで見ると、本当に大きなカマだ。賢一と同じくらいの高さがある。(賢一の背丈は167センチだ)
賢一はドキドキしながらカマを拾った。大きい割には案外軽い。
感動していると、ノムがスッと近づいてきた。そして、賢一の腕を掴んで何事かつぶやいたかと思うと、グイっと引っ張った。
――急に体が軽くなった。顔にあたる風が気持ちいい―。その瞬間、賢一は空を飛んでいることに気がついた。
「わっ!浮いてる!」
「落ち着いて。君は今霊体……つまり魂だけになってるんだ」
「魂だけ?」
下を見ると、屋上の床に賢一が倒れているのが見えた。
「お……俺、死んでるのか?」
「魂を抜きとったからね。同じようなものかな」
「……何か、変な感じだ……」
「すぐに慣れるよ。それより、必ず守ってほしいことがあるんだ」
ノムが真剣な表情になったので、賢一も顔を引き締めた。
「まず一つは、絶対に地面に触れないこと。物の上だったら多少は平気だけど、地面に直接つくと、十秒もしないうちに消えちゃうから」
賢一は素直に頷いた。ノムが落ちてきて叫んだ恐怖の声は今もまだ耳に残っている。潰された痛みとともに――。
「それから、絶対に二十四時間以内にもとの体に戻ること」
「何でだ?」
「……死神条項第百二十一条『魂を狩る死神に何かあった場合、人間を補佐としてもかまわない。ただし、二十四時間以内とする』……って言うのがあってね。君は今、無理矢理魂を体から引き離してる状態だから、それが切れると、完全に死んだことになるってこと。分かった?」
「……ようは、元の体に戻るには、二十四時間がリミットってことだろ?」
「そういうこと。日没までに戻るって方が分かりやすいかな。……時間ないから、仕事のことは飛びながら説明する。さっ、行こ!」
ノムは行こうとしたが、不意に立ち止ってこちらを見た。
「そう言えば君、名前は?」
「村越賢一」
「長いな。――じゃぁ、賢一。よろしく、補佐君!」
「よっ、よろしくお願いします……」
ノムはニッコリと笑い、賢一の前を少しふらつきながら飛んだ。賢一は大カマを肩に担ぎ、その後を追った。まだ了解していないのだが、こうなったら仕方がない。
どうやら、退屈しない一日になりそうだ――。