怒ること
一日空いてすみません……。
「待ってよ賢一!」
ノムはフラフラと危なっかしく飛びながら賢一に追いついた。
「ついてくんな!」
賢一が怒鳴ると、ノムはピタリと立ち止り、腰に手をあて、深く息を吸った。
「ばっかじゃないの‼」
ものすごい怒声が後ろからぶつかって来た。少しよろめいたのをなんとか体制を立て直し、思わず後ろを振り向いた。
ノムは今までのプンスカ怒りではなく、本気で怒った顔をしていた。
「自分が理解できないことがあるとすぐ怒って問題放棄して!あんたこの世界のこと全部理解してる訳?……んなもん、神様でもあり得ないわ!」
ノムは賢一に近寄り、胸倉をつかんだ。
「お前、何年生きた?たったの十六年ぽっちだろ?……そんなんで世界を分かった気になって、挙句の果てに世の中はつまんねぇだぁ?すぐ何もかも面倒くさがって放棄するくせに、勝手に拗ねて他人にあたるな!」
賢一は目を丸くしてノムを見た。こんな風に、怒ってくれる人は久しぶりだった。母親は賢一にビクついて触ろうともしないし、父親は無関係を決め込んでいる。唯一、賢一を怒ってくれるのは、幼馴染の実だけだった―。
賢一は急に笑いが込み上げてきた。そして、我慢できなくなり、ノムから離れ、体を折って笑い出した。
「何がおかしい!」
ノムはさらに怒ろうとしたが、賢一は手を振って押さえた。
「……別に、お前がおかしいって訳じゃねぇよ」
やっと笑いの発作が治まると、賢一は苦笑した。
「普通、そうやって怒るのは親の役目だなって……。俺のことで怒ってくれるのは、実とお前だけだ」
教師も怒るが、それは賢一を気に食わないからだ。自分に従わない生徒がいることが気に食わなくて賢一を怒るのだ。賢一を本気で心配して、賢一本人を怒ってくれるのが女二人だけとは……。もはや、笑うしかない。
「賢一……」
ノムは自嘲の笑みを浮かべる賢一を見つめた。怒りはとっくの昔に引っ込んでいる。
誰だって人は過ちを犯す。だが、その過ちを包みこんで、また同じ過ちを繰り返さないために正しい道を引っ張ってくれる人が、賢一の年齢には必要なのだ。だが、賢一にはそれがいなかった。周りが見過ごしている間に、賢一は過ちの深みにはまっていったのだ。
ノムは唇を噛んで俯いた。
それは、ノムにとって決して他人ごとではなかった―。
ノムは顔をあげ、賢一を見た。
「賢一は、まだ若い。これからたくさんの人と接していけば、椎ちゃんの言ったことが分かると思うよ。それに、僕達は動物の魂も切るよ」
賢一は驚いた顔をした。
「動物もか?」
「そうだよ。死神は、定められた地区の生き物全ての魂を霊界に送るのが仕事だから。魂あるものは全て切るよ」
「魂あるものは全て……」
そう呟いて賢一は俯いた。
「椎さんに……」
「ん?」
賢一は顔をあげた。
「俺、椎さんに何て言えばいいんだ?」
ノムは目を丸くしたが、やがて優しい表情になった。
「そんなの簡単だよ。ごめんって言えばいいんだ」
賢一はしばらく難しい表情をしていたが、やがて小さく頷いた。
「あぁ……。謝らないとな……」
それを聞くと、ノムは嬉しそうな顔をし、「そうだね、謝らないとね!」を繰り返して戻りはじめた。
賢一はいい加減イライラしてきたので、なるべく優しく、隣を飛ぶノムに問いかけた。
「何がそんなに嬉しいのかな?」
ノムはクルッと一回転した。
「だって初めて賢一が謝るなんて口にしたんだよ!今までは謝る場面でも絶対に謝らなかったのに!嬉しいじゃないか!」
今度は空中でスキップをしはじめたので、賢一は恥ずかしくてスピードをあげて飛んだ。
その時―。空気を切り裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。
賢一はピタリと止まり、後ろを振り向いた。
「お前が叫んだのか?」
ノムは首を横に振り、眉をひそめた。
「僕は叫んでない。……あっちの方から聞こえた」
ノムが指差した方には神社があった。
二人は顔を見合わせ、急いで神社の方へ向かった―。
いつもより心臓が大きく鼓動し、全身が冷たくなるような感覚がした。これが、嫌な予感というものなのだろう―。
神社へ戻ってくると、ノムは大声で椎の名前を呼んだ。
「椎ちゃん!椎ちゃん、どこ!」
ノムは飛ぶのが下手なくせにスピードを出して飛んでいるので、時々木や屋根にぶつかっていた。
賢一は階段の方へ向かった。そして、階段下のものを見て固まった。
「ちょっと賢一!何してんのよ。早く椎ちゃん探して!」
ノムは怒鳴りながらやってきて、賢一にぶつかって止まった。
「賢一?」
ノムは目を剥いて固まっている賢一に首を傾げ、賢一の視線を追って階段の先を見た。
「う……そ……」
ノムは賢一以上に目を剥き、フラフラと飛んだ。
「椎ちゃん‼」




