余命半年の花嫁
式場は白かった。
花も、ドレスも、光も、すべてが祝福の色をしていた。
誓いの言葉の前で、花嫁はマイクを握った。
「実は……私、余命半年なんです」
ざわめきが、静かに広がった。
誰かが息を呑み、誰かが泣き始めた。
「今日こうして結婚できたのは、奇跡みたいなもので……」
声は震えていた。うまくできていた。
新郎は固まったまま、何も言えなかった。
司会者は一瞬止まったが、すぐに「感動的なお話ですね」と言った。
拍手が起きた。涙の拍手だった。
式はそのまま続き、写真が撮られ、言葉が交わされ、
「強く生きてください」とか「支えます」とか、たくさんの約束が空中に浮いた。
夜には、それらは全部、SNSに上がった。
「#余命半年の花嫁」「#愛は奇跡」
数字は伸びた。すごい勢いで。
数日後、医者が否定した。
「そんな診断はしていません」
さらに数日後、花嫁の過去の投稿が掘り返された。
似たような嘘。似たような話。
あっという間だった。
コメント欄は、泣き顔から、怒りの顔に変わった。
「裏切り」「最低」「死を使うな」
花嫁はしばらく弁明したが、すぐにやめた。
新郎は何も言わなかった。
街で、誰かが言った。
「半年後、どうなるんだろうな」
その言葉は、妙に残った。
半年が過ぎた。
誰も、もうその話をしていなかった。
新しい話題はいくらでもあった。
その日、花嫁は消えた。
帰り道、ふっといなくなった。
防犯カメラには、途中までしか映っていない。
一人の男が、前から歩いてきて、少しだけ会話をして、
そのまま並んで歩いていく。
それきりだった。
男は見つからなかった。
顔も、名前も、出てこなかった。
ただ、昔のコメント欄に、一つだけ残っていた。
「半年後、楽しみにしてる」
誰もそれに触れなかった。
新郎は、そのあと、急にいなくなった。
探したら、寺にいた。
剃髪して、黙って座っていた。
「どうして」
と誰かが聞いた。
新郎は、しばらく考えてから言った。
「全部、嘘みたいだったから」
それだけだった。
山の中のことは、誰も知らない。
ただ、季節が一つ巡るたびに、
山の中から、小さな叫び声がする、と言う人がいる。
それは、嬉しいような悲しいような女性の声だった。だが、微かなものである。風かもしれないし、違うかもしれない。




