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解答と解説②









【解答と解説②】




 稲里瑞穂は、その従姉妹と同じ年に生まれたことを後悔していた。


 本来、当人が後悔しても仕方がないところなのだろうことは今も理解している。

 小学生だった当時、兄妹の関係であるお互いの親同士の仲がいいことからゆくゆくは同じ学区の中学に通わせようとしているのを知って、瑞穂は慌てて中学受験をしたいと両親に進み出た。


 彼女を嫌いだと言えば、それがあまりに理不尽だということも理解していた。

嫌うところがない。


 ただ、同じ生活圏にいればひたすらに劣等感を感じるだけのこと。


 『聞いた? 結々ちゃんこの前警察から感謝状もらったって』

 『そうなんだぁ。すごいね』


 あの子は生まれた時から主人公なのだ。自分のためだけに普通に生きていくだけで精一杯の人間と比べないでほしい、と、瑞穂は吐けない悪態を常に喉の奥に仕舞っていた。


 過保護な親のせいで、せっかく同じ中学を避けたのに同じ塾に放り込まれて、そこで好きになった男の子とようやく話せるようになった頃には、彼が例の従姉妹を好きだということを知ることになる。自分と仲良くなったのも、彼女と従姉妹同士だと知ったからだと照れくさそうに彼は言った。


 ずっとそうだ。


 (あの子の傍にいると、私がどう足掻いたって嫌な奴になる)


 だから瑞穂の前に美結斎が現れた時、心底うんざりしたのだ。あの子を目当てに自分に寄ってくる人間はこれで何人目だろうかと。


 『宇佐木さんの従姉妹の、稲里さん?』

 『はぁ』


 何と言って断ってやろうかと、内心は毒々しい感情に満ち溢れていた。しかしそんな暗い面持ちの瑞穂の言葉に、美結は感激したようにこう言った。


 『会って早々だけど、君と好きな人の仲を必ず取り持つから、』


 形だけ付き合ってほしい、と。


 『何それ。キモ』

 『お願いします。なんでもするので』

 『取り持つって何? そんなことできるわけないじゃん』

 『俺も宇佐木さんのことを狙う人間は1人でも減らしたいから』


 あまりに胡散臭い、従姉妹と同じ学校に通っているという綺麗な男の子。

 その話に最初乗ったのは、決して彼を信用したわけでも、その見てくれに絆されたからでもない。


 私のことなど眼中にないあの子が、少しでも私に関心を寄せるのではないかと思っただけのこと。

 


(とか、思ったけど)


 しばらく経てば共犯者である美結に瑞穂は同情するようになっていた。


 これだけ見てくれがいいのだからあの無感動人間の従姉妹も気にしているだろうと思っていたのに、彼女の方から自分に交際相手である美結のことを聞いてくることは一切ない。

 押して駄目なら引いてみればいいのだと敢えて何も話さないようにしても、気にするそぶりもない。


 『美結。悪いけどあの子、めちゃくちゃ脈無しだから時間の無駄だと思うよ』

 『……無しではないから』


 『私で6番目だっけ? みんなよく協力してくれたよねぇ』


 美結の言う通り、彼との創作交際事情をなるべく従姉妹の耳に入るように工作をしてみるけれど、むなしいくらいに手ごたえはない。



『なんでみんな、あの子がいいの』



 聞くまでもないことを、なんとなく口に出してみたかった。今まで誰にも聞けなかったことだ。


 『そこまでしなくたって、他にいるでしょ』

 『いないよ』


 即答どころか、言葉が被ってすらいた。ムキになっているわけではなく、ただ彼にとっては考える必要がないことのようだった。


 『あの正義感? それとも不思議ちゃんオーラ? 全然人を疑わないとこ?』

 『まあ、どれも該当するといえばするけど』


 『どんだけ頑張ったって、あの子の視界には入れないよ』


 それは美結に言ったつもりで、しかし瑞穂の中にそのまま跳ね返ってきてちくりと痛んだ。


 たまたま同じ年に生まれてしまっただけ。


 しかくせっかく、同じ年に生まれたのだ。何か特別な関係性を与えられるかと期待して宇佐木の家を訪ねた時、あの幼い頃から彼女は瑞穂をただの親族としか認識していなかったように瑞穂は思う。それが普通なのかもしれない、けれど彼女は自分が訪ねてきても喜んで駆け寄ってくることもなければ、自分のことを少しも話してはくれない。


 だから、その無関心な従姉妹が美結を巡って同級生と言い争ったと聞いた時、衝撃を受けると共に言い知れぬ焦燥感に駆られたのだった。


 『浮かれないでよ』


 現場に居合わせたのだという高揚していた美結を見て、ただ瑞穂の中に沸き上がったのは言い知れぬ苛立ちだった。


 『あの子は……結々は誰にでもそうなの! 他人のあんたが特別なんてことはあり得ないの!』


 そんなはずはない。誰にでも平等で、誰のことも特別でない彼女のことだ、いつもの正義ムーブの一環でしかないのだと何もかもを振り切って瑞穂は逃げ出した。

 逃げ出した先で、叔母からの電話を取った時にようやく現実を突きつけられることになる。


 『あの子が珍しくすごい落ち込んでるから何かあったら相談に乗ってあげてくれない?』

 『ごめんねえ、多分ほら、瑞穂ちゃんの彼氏のことだからってムキになったんだと思うんだけど。横恋慕とかじゃないとは思うのよ、許してあげて』

 『こんなこと瑞穂ちゃんにお願いするのも心苦しいんだけど、なんていうか、結々がその男の子のファンだったってことにしておいてもらえないかしら』


 『ほんと、あの子も瑞穂ちゃんみたいにもっと器用だったらよかったんだけど』




 『……結々、あんたのファンらしいよ』




 ありとあらゆる表現を削って最低限そう伝えた時の美結の顔は、不老不死の薬が見つかったと告げたとしても見られないようなものだった。瑞穂はほんのわずかな罪悪感と、そしてどこか自分の中の淀みが浄化されたような心地に思わず顔を反らす。


 『そんなに好きなら声かければいいじゃん。なんなら私が紹介しても、』

 『今の状態じゃ絶対勝ち目ないから』

 『なんでよ』

 『身長が』


少し躊躇して、美結は続けた。


 『身長が180ないと、駄目らしいから』

 『……なにそれ。あの子が言ってたわけ?』


 またか。唯一瑞穂がその従姉妹に対して呆れてしまうことと言えば、頻繁に恋人の()()()が変わることだった。しかもそれは一切本気の願いではなく、本人が発言したことすら覚えていないことが多い。8日前の天気はどうだったと聞かれて覚えていないのと同じくらい、彼女にとってはどうでもいいことなのだ。


 つまりそれによりいかに現実と恋愛に興味がないかを示しているのだけれど、目の前の男はそれを知らずに真に受けているらしい。そういえば制服も随分きっちり着るようになったな、と瑞穂は呆れてしまう。

 どうせまたあの子は今読んでいる漫画に影響を受けたに過ぎないのにと。しかし、瑞穂はそれを決して美結には伝えない。


 『ここまで協力してやってんだから早くそっちも結果出しなさいよ』

 『……喜んでいいよ。そっちは順調だから』

 『絶対嘘』


 その後瑞穂と美結斎がその形式上の取引を終えたのは、2つのきっかけがある。


 高校に進学してからぱったりと繋がりがなくなった瑞穂の想い人が何かをきっかけにして瑞穂に連絡を取るようになったこと。


 それからどうやら、あの宇佐木結々が『美結斎』を漢字フルネームで書けるようになったらしい、ということを美結本人が知ってからだった。



 





【解答と解説②】 以上


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