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第19話 過度な執着はしない方が良い






 「──夕飯いらないくらい食べたかも」


 自転車がよく消えるという学祭に、愛車を失いたくない私と美結くんは徒歩で来ていた。予想通り『送っていく』という美結くんに特に抗うことなく帰路を辿り始めたのは結局夜の7時頃だった。

 間を50センチほど開けてぶらぶらと歩く姿は、おそらく周りから見ればサークルの模擬店の買い出しにでも行っているようにしか見えないだろう。


 「花火大会の借りを返すの忘れてたからよかった」

 「別によかったのに」


 いわくつきとなった花火大会で勝手に山県くん経由でおごられていたからあげを思い出し、無理やり同じようにからあげを買って渡すと美結くんは笑っていた。


 一瞬浮かんだのは、どうして私たちはもっと普通に友達になれなかったんだろうという、本当に今更どうしようもないことだった。


  『──誰にも興味がないのに誰に対しても平等な宇佐木に、俺ごときが普通に話しかけたって無理だろうと思ってた』


 そう思わせていた私が悪いんだろうか。

 もし私が早々に美結くんに声をかけて友達にでもなっていれば、ここに至るまでのすべての()()は起きなかったんだろうか。



 きっと"普通"に、最初の頃に出会っていれば、私も美結くんに対しておかしな神格化だってしていなかったかもしれない。

 冗談を言い合って、"普通"に進級進学していって、美結くんも私にこだわらず"普通"に恋人を作っていたかもしれない。


 「宇佐木?」


 黙り込んでいた私を不思議に思ったのだろう、美結くんが少し遅れて歩いていた私を振り返った。



 私から"普通"の青春を奪った化け物が、"普通"の顔をして私を見ている。


 だから魔が差した。

 答えを見たくなった、それだけのこと。


 生垣の向こうからはまだ学祭の続きが聞こえてくる。私たちの夜道には、こちらなんて気にも留めていない学生たちが非日常の中を慌ただしく駆けていく。



 そんな中で、行くあてもなくだらりと落ちていたその大きな左手の平を、私は自分の右手で包んで握った。

 


 「え、」


 「手でも繋いだ方がそれらしいかと思って」



 『信じられないなら、適当に美結の手でも握ってみたらどうかな』

 『それで分かると思うけど』


 おそらく私は手を繋いだ瞬間、自分の行動と笠松くんの言葉の馬鹿馬鹿しさにおそらくあまり良くない顔をしていたと思う。


 美結くんの手はいつか腕を掴まれた時と同じように熱くて、けれど汗ひとつかいておらずかさかさとしていた。なんだこんなものかと、落としていた視線を上げて私もまた「え」と間抜けな声を上げる。

 弁慶のように立ったまま死んでいるんじゃないかと思うほど、美結くんがこちらを振り返ったまま硬直していた。


 しまった。

 そういえば私には"正解のパターン"が分からない。

 

 「え? ご、ごめん急に」


 私は自分で仕掛けておきながら慌てて手を離しまう。こういうところがダメなのだと分かっていながら。


 「いや、……ちょっと、びっくりして」

 「そこまで驚いていただかなくても……」


 変なアドバイスをした笠松くんに言いたいことはひとつ。


 怒らないから私のことを、今すぐ抹殺してほしい。跡形もなく。


 「……」

 「……」


 歩道の上に、固まったまま何も言わない男女が2人。

 いっそのこと「いやいやいや」と失笑してほしい。この空気をとんでもなく軽くするか重くするかどちらか振り切ってほしい。偶然本巣あたりが通りかかって面白い話でも聞かせてくれないだろうか。分かっている、あり得ない。


 もしかしなくても、私のターンが続いている?


 「……よく考えたら美結くんって、理由は別にあるとか言いながら自分はいろんな人とかわるがわる楽しくカップルごっこしてたんだよね」 


 何か言ってやろうと思ったら、想定していた5倍意地悪い声と言葉が出て自分でも驚いた。


 「私何回か手繋いで帰ってるのも見たことあるし」

 「ないよ」


 『見たことある』の『あ』の段階で美結くんの声が被った。


 「ない。絶対に」

 「あ、そう」


 だから何だ、と言い返したくなって、けれど大人げないと分かっていたから私は子供みたいに黙って先を歩き出してしまう。子供みたいじゃない。子供だから。


 「宇佐木」


 「……」


 「……宇佐木」


 「何?」


 「手は、握ってもいいんだったっけ」


 「ついさっき駄目になっ、」


 それは綿菓子を掴むような、そんな弱弱しさだった。


 掴むだとか握るだとかそんな動詞は正しくない、それくらいの頼りない握力で私の手をすくったのは、美結くんの方だった。


 「……別に何も面白くないでしょ」


 絶対に立ち止まってやるものかと、私は足をただ前に進める。



 「え、本当に手を握って歩いても……?」

 「1時間5千円」

 「払うよ」

 「は、」

 

 最初に仕掛けた側なのに、不格好なくらいひっくり返されて、私はもう何も言い返せなかった。エッジの効いた冗談も嫌味も皮肉も出てこない。



 「ありがとう」



 別に、そういう言葉がほしかったわけじゃないのに。 

 私は美結くんの半歩前を歩いたまま、決して振り返らなかった。だから彼がどんな顔をしていたのか、私は知らない。




 私の知っている美結斎は、ずっと誰かの特別だった。

 どこにも埋もれない1番星。誰かの記憶にずっと残り続けるほどの人だった。




 私は彼が羨ましかっただけ。

 私は美結くんのようになりたかった。


 実はとんでもない人間だと分かった瞬間にほっとしたのに、けれどそれでも私は人として到底彼には及ばないことを知った。


 そんな彼が私に執着している上、好きだなんて馬鹿げてる。バグだとしか思えない。当然納得なんてできない。


 なのに。


 (私は内心、優越感を感じていたんだ)


 それは、彼の特別にならなかった人達に対する、歪んだ感情だ。

 そんなもの認めたくない。


 だから私は根本の、彼の感情ごと否定をしなくてはならない。

 そうじゃないと、私は今度こそ"普通"の人になってしまうから。


 (そんな足掻くまでもなく、私は"普通"の人でしかないのに)


 




 


 「──あれ、宇佐木ちゃん?」



 翌日、学祭3日目の土曜。学祭には行かず駅ビルで買い物をしていると聞き覚えのある軽薄な声でそう声をかけられた。振り返ると本屋の紙袋を片手に、同じく買い物中とおぼしき山県くんがいた。 


 「ひとりなの? 美結ちゃんは?」

 「いないいない」


 昨日の帰り道、美結くんと私が手を繋いでいたのはほんの100メートルほど。最後離したのは美結くんの方で『調子乗ってごめん』と苦笑いをしながらそう言って、その後は何事もなかったかのように日常会話を再開したから私はただそれに従った。


 「山県くん、今日学祭は行かないの?」

 「昨日で出番終わったからもういいかな~って」

 「あ。ライブ、歌上手だった」

 「見てた見てた、来てくれてありがとうね」


 思い出してそうコメントすると山県くんがにへらと笑う。悶々としている今遭遇したのが彼で良かった。うっかり笠松くんに遭遇していたら鳩尾に一発入れていたかもしれない。


 「学祭デートどうだった」


 前言撤回。会いたくなかった。


 「デートじゃないよ」

 「もしかして僕と宇佐木ちゃんでデートの定義が異なる……?」

 「じゃあデートでいい」


 あともう10分、化粧品コーナーに滞在していればよかった。


 「まあ、宇佐木ちゃんの方は結局、美結ちゃんのことは好きじゃないんでしょ?」


 こんな駅ビルの真ん中でする話じゃないだろう、という表情をおそらく浮かべて、私は山県くんを振り返っていた。


 「な」

 「いやいや分かるよ顔見てれば。犬苦手な人が頼まれて犬の散歩させられてるみたいな感じ出てるもん」


 山県くんは足を止めない私を意にも介さず、ひょろりと長い足で変わらず後ろをついてくる。


 「……で、美結くんが可哀そうだからなんとかしろって話?」

 「いや全然。美結ちゃんのほうもそれで納得してるっぽいし」


 どうやら山県くんは山県くんで美結くんから何か聞いているらしい。下手に出るとこちらが痛い目に遭いそうだ。「もういい?」と、失礼を承知で煙たがっているように見せるも、


 「相談乗るから上の飯屋でお昼でもどう?」


 と、受け流された。確かに、完全にお昼時ではあるけれど。


 「……何も面白い話出てこないけど」

 「いいんだ? 行こ行こ、もう混み始める時間帯だから」


 何も聞かれたくないという気持ちと、それに相反して生き上手の山県くんの話を聞いてみたい気持ちが同居して、結果後者が私の中で勝ち上がってしまった。


 「美味しい。知らなかったここ」

 「そうなんだよねぇ、手前のオシャレ店ばっかり人気で何故か穴場なんだよ。美味いのに」


 まんまと山県くんに引っかかってよかった。自分ではなかなか足を踏み入れないだろう本格的な韓国料理店で、私は嬉々として焼肉定食を食べている。確かに店構えは若い人にウケないだろう。私もいつも素通りしていたようで、何の店かも知らなかった。


 「で。どう? 美結ちゃん、彼氏としてはいい奴だって言った通りだったでしょ」


 山県くんはビビンバを口に運びながら愉快そうにそう言った。


 「……まあ、悪いとは、言えないけど」

 「ちなみに言っとくけど美結ちゃんが宇佐木ちゃんのこと好きなの、僕元々知ってたからね」

 「それは色々振り返ればそうだったんだろうなとは思うけど」


 過去の山県くんの言動は、確かにそれを裏付けするものばかりだ。知っていながら私の挙動を観察していたのかと思うと彼も彼でちょっと趣味が悪い。


 「美結ちゃんには言わないから教えてよ。どういう理由で美結ちゃんのこと好きになれないのか」

 「そもそも別に嫌いってわけじゃないから」

 「でもあそこまで強烈に想われたら感情引っ張られるもんじゃない?」


 山県くんは不思議そうに、というより興味深そうに首を傾げる。


 「あ。もしかして美結斎にもなびかないワタシ格好いい的な?」

 「あえてそれは否定しない」

 「えー、いいじゃん、一旦好きかもってことにしちゃえば。その方が楽しいよ?」


 当然だけれど山県くんは美結くんサイドにいる人だ。彼の肩を持ってしかるべきだと思う。そしてこういう友達がいることが、美結くんの人となりを証明していることも分かっている。


 「それかやっぱ、よっぽど宇佐木ちゃんのタイプじゃないとか」

 「……正直、私、この年齢まで誰かとそういう風になったことないからよくわからなくて。タイプとかも」


 中学高校時代、同性の友達とはうまくやっていた方だと思う。少なくとも人間関係で苦痛を強いられた覚えはない。ただ異性と会話するとしたら委員会や行事の時、やむをえないシーンばかりで、事務的な必要最低限の関わりしかなかった。


 美結くん曰くそれは彼のせいらしいのだけれど、おそらく私自身にも原因はあるんだろう。今なら分かる。

 私が自分から歩み寄って、誰かの深い部分に入ろうとしていれば、きっと片思いくらいは経験できたはずなのに。


 「じゃあ都合のいいサンプルとして使えばいいんじゃない? 美結ちゃんのこと」

 「サンプルって」

 「てか好きでもないのに付き合ってやってる時点で同じようなもんだと思うけど」


 食う気がないのに高いものをスーパーで買うようなもんじゃん、と、山県くんは言った。


 「そもそもさ、考えすぎだよ? もっと適当でいいんだって。みんなもっと雑に付き合って、やっぱ生理的に無理とか、他に好きなひとができたとかで別れるんだし」

 「……それはわかるんだけど」

 「僕が言うのもなんだけど、美結ちゃん一応常識はあるから、別れたあとに迷惑かけるようなつきまといとかはしないと思うし。一回、ガッと近づいてみて、んで駄目だったら終了。お互い気遣ってダラダラ様子見てたって戦いは終わんないよ」


 常識という言葉について真剣に考えてみようと思う。

 しかし、確かに山県くんの言っていることはおよそ正しいのだろう。正しいというより、およそ多くの人がそうなのだろうという感覚は私にもある。


 「美結ちゃん、前に言ってたんだけど。──誰も宇佐木ちゃんの特別にはなれないんだって」


 「そんなことは」


 「確かに宇佐木ちゃんって、見ず知らずの他人と郡上様が同じ崖で落ちそうになってたらどっちも同じ力かけて助けようとしそう」


 それは誰かに、言われたことがある。


 「でもさ」


 山県くんは最後の一口を頬張りながら言葉を続けた。



 「そんな宇佐木ちゃんが対処に悩んで振り回されてるって時点で、美結ちゃんは宇佐木ちゃんにとって特別なんだと思うけどね、僕は」



 と。




 





 帰宅してから、私はベッドにうつぶせにベッドに倒れこんで悶々と思考を巡らせていた。

 あの口ぶりだと、きっと山県くんは私と美結くんが付き合うことになった経緯は知らないのだろう。私が条件を持ち出して、美結くんと駆け引きをしたことを。


 (考えれば考えるほど、別に美結くんは何も悪くないような気がしてきた……)


 瑞穂も15番目さんも美結くんの提案に乗り、そして彼女たちも望んだ結果を手にしている。それでいて関係がなくなった美結くんの応援をしていた、それはきっと彼に負の感情を抱いていたらあり得ない。


 そして彼の暴露があるまで、関係者全員が私にその話を明かさなかったのが何よりの証拠だと思う。


 誰も不幸になっていない。

 私だけがこだわっている。


 (でも、そこまでの執着って普通?)


 しかし何度考えたところで、私に実害がなかったことは変わりない。私物が盗まれたわけでもない。


 受け入れてしまったら、楽になるのだろうか。





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