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第17話 いざという時は突き放した方が良い



 「ああ、最近だと15番目の子は好きな男に『彼氏でも作れば』って言われたから、っていう3番目の子みたいな当て馬役」

 「当て馬役?」

 「その見返りは」


 美結くんはロボットのように滑らかな滑舌でそこまで言いきって、小さくまた溜息を挟んだかと思えばこう続けた。



 「……宇佐木に、俺のことを吹き込んでもらう、っていう」


 

 意味が分からなくて、思考停止を通りこしてショートを起こしそうになっている。


 「本当はずっと遠くで幸せになるのを見守っていられたらそれでいいと思ってたけど」

 「え、あの」

 「まあそういうわけにもいかず」

 「え?」

 「サブリミナル効果は本当にあるんじゃないかと思って、あるいは刷り込みみたいな。……すぐに好きにはなってもらえなくてもとにかく興味は持ってもらいたくて」


 もう追いつけないところまで、走りぬかれている。



 「宇佐木は、どうして自分が特別俺のことに詳しいんだと思う?」



 ずっと会話は許されていなかったのに、そこで初めて質問を投げかけられた。


 「宇佐木から聞きに行ったことはないのに」

 「それは」



 それは?



 「みんなが、美結くんのことを」


 「そう」


 「私に、話すからであって」



 「何故か、なるべく宇佐木に聞こえるように?」



 どうしてずっと、疑問にも思わなかったんだろう。



 「まあでもなかなか宇佐木にだけって絞ることもできなくて大変だったけど」



 美結くんは薄く笑みを浮かべていた。私の思考を置き去りにしたまま、綺麗な顔で。


 「宇佐木が俺に囚われてるのは、ずっと仕組まれてたから。

 宇佐木の家族と俺が知り合いなのも、最初から宇佐木に近づくため。

 ……だから宇佐木のお母さんが稲里に、宇佐木が俺の熱烈なファンだって話してくれた時はあともう少しだと思ったのに」


 「……なんで?」


 他に言葉が出てこなかった。


 頭の中は真っ白で、しかし彼の言葉を全部拾っていくと何もかも話が繋がっていくせいで反論することもできなくて。


 『ねえ、さすがに美結と付き合った?』

 『あれから美結くんとはうまくいった?』



 2人は知っていたのだ、最初から。



 思えばそうだ。以前交際中当時に私に突っかかってきた15番目さん、彼女は決して美結くんに近づくなとは言わなかった。


 どこか妙だったのだ、まるで私にアンケートでも取るかのような質問と、そのあっけないリアクションが。


 「宇佐木覚えてない?」


 「なにを……?」


 「中学1年の最初、交流合宿で女子との会話の中でなんて言ったか」


 「……交流合宿?」


 覚えているはずがない。やたらと虫の多い森の隣で、全く興味のない自然授業を受けさせられたことしか記憶にない。


 「当時『全然自分に気がなさそうな人に好かれてるシチュエーションが良い』って宇佐木が言ったから」


 「は? ……え、だって、そんなの」


 そこまでしっかりと回答の内容まで覚えていない。

 いないけれど、その時期にハマっていた少女漫画は今でもわかる。そしてその言葉も、漫画の内容に影響されていたことはすぐに分かった。


 つまり当時のそれはその程度の、本当にどうでもいい会話だった。なのに。


 「って、聞いたから、なるほどと思って参考にし始めて」

 「何言ってんの?」

 「本当は中学卒業したタイミングで近づこうと思ったけど、今度は『うちの家族と仲良くなれる人じゃないと無理』って言うから」

 「は?」

 「だからなんとか稲里に辿りついて協力してもらって。それに、」


 そして美結くんは少し声のトーンを落として続けた。


 「宇佐木が女子と揉めた時も、すぐ外にいたから」


 「……、美結くんが?」




 『──俺のせいで大変な目に遭った時、俺が止めなかったから』



 確かに、あの時の言葉は変だった。


 ()()()()()()という言葉は、──そこにいなければ出てこない。



 「最初は俺のことで揉めてることは知らなくて」


 しかし私が例の件で言い争っていると分かり、「多分宇佐木の性格的に、俺がそこで出てきたら後々変に気にするだろうなと」「それにもしかしたら気づかれてたんじゃないかと思ってた」と。



 「なにそれ」


 「他にも色々あるけど。まだ聞いてくれる?」



 そういった美結くんは、蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 話している内容と、話している人間の像があまりにも一致しない。まるで誰かに作られた話と、それをただ読み上げている人のような気持ちの悪さ。

 頭も感情も何もかもついていけない。


 「……そんなこと、しなくても」


 「話しかけたら宇佐木は相手してくれた?」


 美結くんは薄く笑みを浮かべた。



 「誰にも興味がないのに誰に対しても平等な宇佐木に、俺ごときが普通に話しかけたって無理だろうと思ってた」




 だからとにかく時間をかけて刷り込んだのだと。




 「まさかここまで宇佐木の俺に対する認知が歪むとは思ってなかったけど、その代わり宇佐木は俺にだけは平等じゃなくなった」


 「……」


 「なのに知らない間に、郡上さんはさておいて本巣まで仲良くなってて気も許してて」


 「……」


 「なんで本巣はよくて俺は駄目だったんだろう。……こういうところか。本巣は裏がないから」


 そして彼は、まるで締めくくるようにこう続けた。


 「気持ち悪いだろうから、あとは宇佐木の好きにしていい。ストーカーとして突き出したいなら材料渡すし、学生部に相談してもらってもいい。さすがにもう言われなくてもバイトは辞める。大学も辞めろっていうなら覚悟してるし、一切抵抗はしない。警察に言われなくてももう近づかない」


 頭の中が歪んで、今にも割れそうだ。


 「……宇佐木には好きになってもらえなかったけど、俺は宇佐木のおかげで多少自分のことが好きになれたから。勝手で申し訳ないけど、ありがとう」


 嫌悪?

 恐怖?

 衝撃?

 憤り?


 自分の身体を強張らせるものの原因が分からなかった。ただその場から私は動けず、いつの間にか視界にはずっと地面の落ち葉だけが映っている。


 『関わりのない人に自分のことを知られてたら気持ち悪いだろう』なんて言っていたくせに。

 何が『でも、宇佐木だったらいい』だ。

 自分で仕組んでいたくせに。


 「……なんで、私? 中学の時って、何も関わったこともないのに」


 それを聞いてどうするつもりなのか自分でもわからなかった。けれど絞り出たのはそんな、どうしようもない質問が一言だけ。


 「これ以上話したら長くなりすぎるから、ごめん。でも前に言った内容とそう変わらないかな」


 「……なんで、今の話、私にしたの」


 聞かされなければせめて、とまで思って、しかし頭の中でその続きは出てこなかった。

 聞かされなければ、知らずにいられたらどうだっただろう。何か変わっただろうか。


 「……自分本位な理由。宇佐木のためじゃない」


 「は」


 「散々気持ち悪いことをしておきながら、中途半端に期待しそうになる自分に嫌気が差したから。最後までごめん」



 美結くんが私に向かって頭を下げて、そしてしばらくすると「俺はもう行くから」と(きびす)を返してしまう。あっけなく、まるで何事もなかったかのように。



 (なんで?)


 なんで、私だったんだろう。


 なんで、美結くんほどの人がそこまでしたんだろう。



 なんで全部、私は置いてけぼりなのだろう。



 「……待って」


 

 美結くんは、足を止めた。



 「何?」

 「覚えてる? 中学3年の時、美結くんが仲良かった女の子が途中でいなくなったの」


 そう。私と同じ塾に通っていた、女の子だ。


 「あの子も本当は、瑞穂たちみたいに利用するために付き合う予定だったんじゃないの。だとしたらなんで、」


 「? あれは笠松だけど」


 「え?」

 「本人に聞いてない? 話したって言ってたような」

 「えっ? 次から次に何? 笠松ってあの笠松くん? ゴリゴリの、」


 

 『親が再婚してるから苗字も違うし、あと身長も当時は宇佐木さんより低かったから』



 「……い、いやいやいやいや学校にいた時は女子の制服着てたよ」


 「家庭の事情で。少なくともクラスの人は知ってたよ。学校からいなくなったのは、親御さんが離婚して田舎の方に引っ越したから。というかそこまで覚えてるのに、宇佐木、フルネームは覚えてないんだ」


 そうか。

 だから『俺のこと覚えてない?』だったのか。


 学校も塾も同じで特殊な事情も抱えていた笠松くんは、私が自分を認知していると思っていたんだろう。


 (笠松くんの妙に丁寧で穏やかな物腰の柔らかさの理由も、納得がいく)


 そして私は美結くんに図星を突かれて固まっていた。

 フルネーム、覚えていない。



 「……私はずっと、あの子が、美結くんと仲良くしてるから、辞めさせられたのかと」


 「確かに辞めるきっかけになったのは家庭内で警察沙汰になったからだから、色々噂は出回ってたけど。そっか。笠松、説明してなかったんだ」


 「いや、」


 多分あの時も、詳しく突っ込んでいたら丁寧に教えてくれたんだろう。笠松くんの方からあそこまで提示してくれたのだから。




 もしかして、ありとあらゆるこの世の物事は、私がちゃんと見る目を、聞く耳を持っていれば正しい答えが得られていたんだろうか。




──美結くんのことも、何もかも。



   

 「じゃあ、あの子のことはなんにも、美結くんのせいじゃなかったんだ」 

 「まあ、仲良かったのは笠松が宇佐木と同じ塾通ってたからだけど」

 「それはもういい」


 止まっていた血の流れが一気に再開したような心地だった。心臓もどうやらまともに動いている。


 「他は? もう大丈夫?」

 「キリないくらい色々あるけど……」


 今急に聞かれたって分からない。しかしもう美結くんは私の前から去ると言っているのだ。これ以上彼絡みのことを知って、何になるんだろう。



 「……強いていうなら、」


 「うん」


 「中学高校、私、意味が分からないくらい男の子に話しかけられなくて」


 「うん? うん」


 「おかげで彼氏もできなくて」


 「うん」


 「私なんかって思うくらい、歪んだんだけど」


 「うん」


 「あれはさすがに美結くんのせいじゃないんだよね?」


 「いや、俺のせいだと思う。詳しいことは言わないけど」


 「……なんで最初の頃に『俺なんかしたっけ』なんか言えたの? 殴っていい?」


 「宇佐木、結構俺の台詞マメに覚えてるね」


 「喜ぶな」


 「なんかしたっけって聞いたのは、宇佐木がやけに避けるからどこまで俺の行動を把握しているのか確認したくて」


 「……はは」



 なんかしたっけと言われて、私は何も覚えがないから『別に何もされてないけど』と返したのだ。


 もしあの時点で私が美結くんの行いを知っていて、かつ『あなたも私のストーカーでしたよね?』と言っていれば、ここ数か月のあらゆる混沌とした事件は起きなかったということなのだろうか。



 「でも、それ、色んな人を巻き込んでまでやることだった……?」



 ここまでされて、嬉しいと思う人は果たしているんだろうか。

 私だけじゃない。何なら私の被害が1番小さい。



 「どうだろう。少なくとも宇佐木以外極力誰も傷つかないように尽力したつもりだけど」


 「……私が傷つくのは想定してたんだ」


 「喜ばないだろうなとは。性格的に」


 「馬鹿なのかちゃんとしてるのかどっちかにして」


 そして私はこのまま、この意味不明執着ストーカー男についてどうしたらいいんだろう。


 「……仮に私がもう2度美結くんの顔も見たくないって言ったら、本当に2度と現れない?」


 「目につくところには現れない」


 「目につかないところで何するつもり」


 「でも干渉しないって約束はする」


 「質問に答えろ」


 「宇佐木が誰かと結婚したら、どうしようかなとは思ってる」


 「どうもしないでいいよ」


 「よく笑って面白くてあんまり背が高くなくて顔もそんなに恰好よくない人と結婚できるといいね」


 「…………待ってなんで知ってるのその文言。え? その時から羽島さんと繋がってた?」


 「羽島には色々協力してもらってたから例の彼氏のふりも余計に断れなかったのはあるかな。あと、」




 誰かと付き合ってる間は宇佐木がよくこっちを見てくれるから、と。


……どうしたら世界は平和になるんだろうか。



 

 「その、多分美結くんを受け止めてくれる素晴らしい女性が、きっと今後現れるよ。頑張って」

 「はは。最後まで優しい」

 「絞りだしてるんだよ」


 このまま彼を全力で突き放して追い出せば本当に平和は訪れるんだろうか。

 干渉しないとは言っているけれど、もしかしたら私が誰かを好きになって本気になっても、遠くから邪魔をされたりするんじゃないだろうか。



 『──あのタイプはお前が適当にやって逃げ切れる奴じゃない』


 本巣の言葉が鮮明に蘇る。


 ここまでとなると、最早美結くんが私に執着しなくなる方法を考えなくてはならない。

 彼が頭を強く打っておかしくなったわけじゃなければ、私の何かが美結くんの琴線に触れてしまったのだろう。


 幻滅させるか?



 いや、それよりも。自意識過剰でないなら、手っ取り早い方法があるじゃないか。



 「美結くん」

 「うん?」

 「学校はやめなくていい。私も言わない。警察も行かない。今まで通りでいい」

 「……え?」

 「どうせ私がどれだけ拒絶しても意味がないなら美結くんが飽きるまで観察してもらえばいい。私に危害を加えない範囲ならどうぞご自由に」



 こんな化け物、このまま野放しにできるか。



 「取り急ぎ、美結くんのゴールが私と付き合うことなら別に今日からでも付き合ってもいい」


 「……俺が言うのもなんだけど、何でそうなる?」

 「ただし」


 美結くんは心の底から困惑しているようだった。


 「私が美結くんと付き合うことで私が誰かに危害を加えられたらその時点で全部終わり。罪悪感に(さいな)まれながら私の恒久の幸せを祈って目の前から消えて」

 「……」

 「惰性も当然あり得ない。そっちが私に執着するのに満足するなり飽きたらそこで終わり」



 確かに美結くんのこれまでの行動は際限なく気持ち悪い。


 気持ち悪いけれど、私が青春時代に男子と関われなかったという悲しい事象以外で、確かに私には何も害は及んでいない。それはおそらく彼のポリシーなのだろう。しかしここで私が力づくで追い払ってしまった場合、それが変化してしまう可能性がある。


 芽が出る前に種ごと(ひね)り潰さなければならない。

 

 「……それ、宇佐木のメリットは何?」

 「危険なものは近くにおいておくに越したことがないから。あとシンプルに腹立ってるから無理難題を押し付けられて困ればいいと思ってる」


 何がきっかけかは知らないが、美結くんは遠くにいたから私を美化しすぎている。

 近くで見て幻滅すればいい。どうしてこんな人間に長い間執着していたのかと崩れ落ちればいい。



……しかしそれはすでにブーメランとなって、私は正面から食らっているのだけれど。


 


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