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第14話 友達は大切にした方が良い




 悩みに悩んだ後期授業の選択は、一般教養を主として極力郡上と被せて選んだ。

 一方の美結くんにはそれなりの理由をつけて、どうしても被ってしまうもの以外はなるべく納得感のある理由をつけて同じ授業になるのを回避させてもらった。回避したからには後期の試験は自力で踏ん張るしかない。


 彼のことが嫌になって避けているわけじゃない。ただ、私は私で、彼の純粋な好意に甘えてしまっていたこれまでの自分をボコボコにしたいくらいなのだ。


 私はどれだけ美結くんにとって好条件であっても、彼の16代目になるつもりは毛頭ない。ほどほどの距離感の友人として、美結くんには一時の気の迷いだったことを受け入れてもらった方が良い。


 きっとまた条件に合う人は出てくるだろう。ペースからすればあと1,2か月後。


 一方、夏休み限定だったはずの美結くんのバイトは後期からも続くことが決まった。なんでもあの大将がしがみついてお願いをしたらしい。ならば仕方ない。私と本巣も、同僚としての美結くんにはいつだって縋りたいのだから。


 (さようなら。集中豪雨、いや雷みたいなモテ期)

 

 もちろん多数にモテたわけじゃない。

 しかし10人分、いや20人分くらいの超ド級の美青年に告白されるという漫画のようなありがたい経験をさせていただいた。毎年お盆休み中には必ず先祖の墓参りに行っているからかもしれない。あまりに男の気配がない私を案じて、先祖の力が結集してしまったのかもしれない。


 なんとなく、美結くんからのメッセージには時間を空けるようになった。今までは待たせてはいけないと慌てて返信をしていたけれど、バイト絡みの急な連絡以外は半日以上置くようにしている。それでも返信をすればまた返信が来てしまう。その度にちくりと罪悪感が染みるけれど、多分連絡も後期授業が始まれば止まるだろう。


 もしかしたら、これでバチが当たって私はこの先誰からも好意を寄せられない可能性だってあるかもしれない。同じことを誰かにされるかもしれない。しかし、需要と供給は必ずしも一致しないのだから、もう仕方がないと割り切るしかなかった。



 そうこうしている間に、夏休み終了まで残り2週間を切った。



 変わったこととしてはあの郡上に社会人の彼氏ができたことだろうか。

 3歳年上だと報告してくれた郡上はいつも通りクールで惚気る様子はなく、やはり本当に笠松くんも山県くんも郡上とは何もなかったのだと少しだけ落胆した。分かっていたことだけれど。


 15番目さんと再会したあと、大将には、遠回しになるべく自分と美結くんのシフトを被らないようにできないかと相談をしていた。


 あの癖の強い大将がそのお願いに対して珍しく心配した様子だったので『実は美結くん"に"告白をしてフラれてしまってどうしても気まずい』と説明すると大慌てしてしまった。

 もちろん無理にとは言わないこと、一緒になったからと言って業務に支障を出すことはしないと念押しをした。それからこの話をしたことを、美結くんにはもちろん誰にも言わないでほしいと。


 それから私はもう徒歩でのバイト通勤をやめにした。元より強い信念があったわけじゃない。もう送らなくていいよ、と美結君に手を振って自転車で颯爽と帰った日、彼は追いかけてこなかった。




 「──本巣って彼女に求める条件、何?」


そんなある日の店の中の休憩室。帰り支度のためロッカーから荷物を取り出している本巣の背中を頬杖をついて眺めながら、きわめて適当な言い草でそう言った。


 「顔、性格、スタイル、頭」


脳を経由していないとしか思えないスピード感だった。思わず喉から乾いた笑い声が漏れる。


 「はは、言うのはタダだもんね。わかるわかる」

 「はは、バイト先じゃなかったらぶん殴ってたぞ」


 しかし1番分かりやすくて納得感のあるものだ。みんな大体そう、アンケートのように項目を作って、チェックが付いた数が多い人をきっと選ぶ。


 「……戯言オブザイヤーだと思って聞いてほしいんだけど」

 「なに」

 「もし私が今日ここで本巣に付き合ってほしいって言ったらどうする」


 そんな適当な問いは、半分抑えられた頬のせいで声まで適当だった。


 「キモくてびっくりした。やめろ」

 「普通そうだよね。ありがとう。そういうもんだよね」


 感情の乗らない声で間髪入れずに振られてしまった。やはり男女逆転しても同じことだ。受け取る側にその気がなければ、こういう反応をするものだろう。


 「なるほど。とうとう彼氏ができないことへの焦りを感じ始めたか」


 振り返った本巣がにやりと笑う。


 「ほしいだけなら別にいいぞ、肩書くれてやっても。今俺もいないし」

 「いらな」

 「おっまえ」

 「……肩書、」


 過去、美結くんには15人の彼女がいたけれど、共通点がまたあった。そう、ごく当たり前のことなのかもしれないけれど、彼は彼氏持ちの女の子は絶対に選ばなかった。


 一瞬頭をよぎったのは、この本巣の悪ふざけがすぎる提案に乗っかってしまおうかというものだった。


 (……いや、そんな他人を巻き込んでまで狡いことを考えなくても、美結くんはそろそろ次にいくだろう)


 私はうまくやれない、うまく嘘をつけない、誤魔化せない。分かりやすくまた避けているのだから。


 「あ。そうだ」

 「何」

 「俺もう今から帰るけど、今日お前が上がるぐらいに美結が話あるって。伝言」


 ずる、と、漫画のように、頬杖から顔が落ちた。


 「は? なんで? 美結くん今日シフト入ってないのに」


 「知らねえよ」

 「店に来るって?」

 「そう」


 今日は夜9時には上がる予定だ。美結くんが来る前に帰る、なんて、おそらく彼に対しては通用しないだろう。


 「なんで本巣にそんな伝言」


 「だから知らねえって。お前がなんかしたんだろ。妙にしおらしいから逆に俺は怖かった」


 なんかした、覚えは多数ある。


 (いや、私が恐れる必要なんてなにもないのでは)

 

 思考停止していると、ふっと私を見下ろした本巣が目を細め眉も顰めこう宣った。



 「絶対あり得ないとは思いたいけど、お前、まさか美結に告られてフッたとかややこしいことしてないよな」


 と。


 「……」

 「嘘だよな?」

 「……そんなことあるわけないです」

 「はああ、お前、はァ、……マジかお前」

 

 否定したのに本巣は心底げんなりしたような顔をした。「なんかこのところお前ら変だと思ったわ」と休憩室を満たすような溜息を吐いて。


 「ここ数年で1番の納得感と面倒臭さが全身を満たした。何してくれとんだ宇佐木」


 帰りかけていたのを止めて、本巣はパイプ椅子にどっかり腰を下ろして溜息をもう一発。


 「いや違う、本巣、美結くんは私を好きというよりは、そう、私の属性的なものを……ていうかなんで分かった?」

 「確信がなかったからどうか違っていてくれと思ってたけど、はあ、ああそう」


 本巣は向き直り、いいか、と声を顰める。


 「マジでお前らにどんな経緯があって何がどうなってんのか知らんし興味ないけどな、お前にその気がないならちゃんと切れ」

 「それは分かって、」

 「あのタイプはお前が適当にやって逃げ切れる奴じゃない」


 いやに本巣の顔も声も真剣で、私はごくりと息を呑んだ。


 「絶対ないんだよな? 美結に応える可能性は」

 「ない。絶対ない」


 「ならとりあえず今日は会っとけ。さすがに逆上して手出してくるタイプじゃないとは思うけど、明け方の3時までにお前から無事に家に着いたって連絡なかったら警察に連絡してやる」


 その言葉に何度も頷く。そこまでのことは私も考えたことがなかった。確かにニュースでもよく見るような話だ。美結くんをそんな風に思ったことはないけれど、何が起きてもおかしくない。


 「埒が明かないならもう俺と付き合ってるってことにしていいから」

 「いやそれはさすがに」

 「頃合い見て適当に別れたことにすりゃいいんだよ。大学生なんてアホみたいに付き合って適当に別れんだからみんな」


 じゃあな、と本巣が改めてパーカーを羽織って出ていく背中が、未だかつてなく輝いて見えた。まるでゴールを決めたあとのメジャーリーガーのようだ。


 それでもさすがに本気で本巣と付き合いたいとは思わない。それこそ、そんなややこしい関係に持ち込みたくない。本巣はずっと、冗談を言い合える友人でありたいから。




 そして予定通り、私は夜9時の退勤が叶ってしまった。どうか混雑して長引いてしまえと願えば願うほど今日の客入りは落ち着いていき、早めにまかないを頂いてしっかりぴったり、9時にタイムカードを切る。


 本巣に脅されたせいか、ただ美結くんに会うだけだと言うのに落ち着かない。もしかしたら『新しい彼女ができたからもういいよ、お疲れ』かもしれない。


 異世界転生させてもらえるなら、ぜひ、今がいい。 


 そろそろと裏口を出て自転車を置いている店横に向かうと、街頭に照らされて夜道に影を落とす美結くんがそこにいた。彼の自転車に跨ったまま、いつか駅で見た時のように上半身の重心は壁側に傾いている。

 いっそこのまま自転車を置いて真反対に走り出してしまおうかとも考えたけれど、だとしたら私はまた次に会う時まで怯えなければならない。


 もう、いつかの私ではない。


 「ごめん、本巣に聞いてたんだけど……待ってもらってたみたいで」


 声はうまく出せたと思う。美結くんがこちらを見て、どこかほっとしたような顔をしたのが暗い中でもよく見えた。


 「いや、こっちこそ」

 「えっと、店の横だとあれだから、あっちに公園あるしよかったら移動しよう」


 ブランコひとつと鉄棒、そしてベンチが1台あるだけのその小さな公園まで、私たちは自転車を押して歩きながら何も話さなかった。私は私であらゆるパターンのシミュレーションをしていて必死で、黙っている美結くんの顔を見る余裕すらない。


 脇の自販機が煌々と誰もいない夜道を照らしていて、羽虫が一生懸命その明かりの中に飛び込んではぶつかって、痛そうな声を上げている。まるで私のよう、とでも言いたくなるくらいの気分だった。


 「……」

 「……」

 「じ、自販機でなんか」


 買おうか、と言いかけて、しかしそれは「宇佐木、」美結くんの声に埋められた。



 「ごめん。本当に」



 もしや本当に『ほんの1か月前に告白をしましたが、なんと新しい彼女ができました』の前振りの『ごめん』かもしれない。

 なんて、そんなはずがないことは、その短い言葉を乗せた声色で分かっていたのに。


 「あの、なにが……」

 「宇佐木とこんな風になりたくて、あの時言ったわけじゃない」


 ベンチにも座らずに、美結くんは自転車を支えたまま、私は自転車を停めようとした片足のかかとを浮かしかけたままだ。


 『こんな風』。『あの時言った』。

 

 全て何のことか、言われなくても理解ができる。

 そして私にはここで『違う』『そんなつもりは』なんて少しも言う権利がない。


 「宇佐木に応えてほしいとか、無理やりどうこうしようなんか今本当に何も思ってないから」


 私はうまく声が出せずに、何も返事ができなかった。詰まらせた息は聞こえてしまっただろうか。


 「でも、誰に何聞いたか知らないけど、……ここにきてまた急に避けられたらさすがにきつい。本当に」


 中学、高校、大学、どこですれ違っても堂々といつも前を向いていた美結くんが今、私の隣で自転車のハンドルに腕をかけて突っ伏するように顔を覆っていた。


 「バイトも本当はいない方が良いなら大将に言ってちゃんと辞める」

 「そんなこと思ってない」

 「……俺はちゃんと宇佐木の言ったことを理解したつもりだったけど」


 言葉が出ない。

 私は直近の自分の行動の理由を、うまく説明できそうになかった。


 分かっていたことだ、仮に美結くんが私に恋愛感情があってもなくても、こうやって訳も分からずに避けられることで彼が傷つくことは。それも、友達になる前の関係性とはまた違う。きちんと段階を踏んで、一旦和解したにも関わらずだ。


 しかし別にまるっきり無視をしているわけじゃない。バイト先で会えば話す。すれ違えば挨拶をする。



 (そもそも、美結くんは今まで次々見つけてきたんだから、そんな16番目の人間に固執しなくていいのに)



 美結くんが私にしよう、私がいいと思ったのはいつなんだろう。話しかけてくるようになった時期くらいからだとすれば、まだたった3、4か月のことだ。

 長さがなんだと言われるかもしれないし目安がわからないけれど、私は中高6年間美結くんに憧れ続けた人だっていることを知っている。


 「その、なんというか、もちろん友達とかバイト仲間としての付き合いはこれからも続けられたらとは思うんだけど……だとしたらもっとお互い、適当というかラフというか」


 バイトを自転車通勤にした時、本巣は『もっと早くからそうしておけ、運動したいなら普通に家で腹筋でもしてろ』と腹の立つ顔をしながら言っていた。もちろん、今まで送ってくれたお礼として、本巣にも美結くんにもこれまでの手間を詫びてバイト後に大将にお金を払って1番人気の刺身盛り合わせをご馳走している。


 それで済むとは思っていないけれど、しかし本巣のあの反応がおそらく一般的なのだと思う。本巣はきっと私に避けられたからだとは思っていないはずだ。


 「ごめん、私もそのあたりの加減がよく分かってなくて、急に避けたみたいになったかもしれないけど」


 気を抜くと『毎回そんな感じでスカウトしてるの?』とでも言ってしまいそうだった。15回も、花火大会の時のように好きだなんだと言って、相手には冷たくされながらも、しかし形式的には結ばれてきたのだろうか。ここまで難儀したのは私が初めてなのかもしれない。


 あの時言ったように、もう一度言いたい。心配しなくても、絶対に次は見つかるからと──


 「この前も言ったけど、私に構わなくても、後期が始まったら絶対良い人見つかるから。条件に当てはまる人はきっといると思うし」


 あ。駄目だ。口からしっかり出てしまった。私は馬鹿なんだろうか。



 「……条件って何?」



 まずい。美結くんがシンプルに怒っている。夜でもわかるくらい、声が怒っている。


 「や、あの」

 「条件ってなんのこと?」

 「れ、歴代の彼女さんたちに当てはまるような……?」

 「それに宇佐木も当てはまってるって?」


 なんで私に聞くんだろう。自分が1番分かってるくせに。


 さては無自覚なのだろうか、だとしたらもうそれは特殊な性癖の話になってくる。困った。どう説明したらいいのか分からない。


 「誰に言われた? それ」

 「え? いや、何も」

 「稲里?」

 「いやいやいや」

 「じゃあ宇佐木の推測?」

 「推測っていうか、確信っていうか」


 「何をどう見て聞いたらそういう話になんの」


 伏せていたはずの美結くんは上体を起こしていて、そして半ギレどころか全ギレで私の方を見据えていた。


 まずい、と本能が脳内で警鐘どころか大警報を鳴らしているものの、突破口が見えてこない。

 

 「と、とにかく」


 顔が見れなくなって、地面に視線を落とした。きっとこの公園ができたばかりの頃は青々とした芝生が埋め尽くされていたのだろう、今はまだらに雑草が生えているだけだ。


 「私が知ってる美結くんだったら、またすぐ彼女なんてできると思う。時間の問題だから。もう、私のことは気にしない方が絶対に良い」


 それから美結くんはしばらく時間を置いて「わかった」「せめて大通りまで送らせて」と言い、その後はお互い何も言わずに自転車を走らせ、短い別れの言葉だけ交わして解散したのだった。




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