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第3話 「CC文化という名の保険」
※この物語はフィクションです。
※日常に潜む分岐を観測しています。
俺は自称天才エンジニアである。
最適化とは、情報の整理である。
必要な人に、必要な情報を。
それ以外は排除。
だから俺は、メールのCC文化が嫌いだ。
関係者A、関係者B、関係者C、
たまに関係ない人Dまで入っている。
情報のノイズ。
非効率。
俺は言った。
「必要な人だけに送ればよくないですか?」
正論だ。
ロジックは完璧。
後輩も頷く。
「確かに多いですよね」
勝った。
そう思った瞬間だった。
上司が静かに言う。
「CCはな、共有じゃない」
……?
「責任の分散だ」
空気が一瞬止まる。
「見てましたよ、って証明になる」
俺のロジックが揺らぐ。
情報最適化は効率のため。
だがCC文化は、
効率ではなく“防御”のために存在している。
誰が悪いかではなく、
誰も悪くならないようにする設計。
合理と安全は、必ずしも同じではない。
俺はその日、学んだ。
最適化は攻め。
保険は守り。
社会はその両方で動いている。
経験値+10。
だが、俺の送信メールは今日もCC最小。
ポンコツ度は微増。
経験値+10。
明日もイベントは発生する。




