休暇 ~その4~
神社の境内に入る。
境内の広さは、横に30メートルほどあるだろうか、正面、10メートルほどのところに、神殿がある。
左手に、朽ち果てる寸前の絵馬殿がある。リヤカーや、使われなくなった棚など多数放置してある、神事をここで行うことなどできるのだろうかと、疑ってしまう。
そこを過ぎて、神殿の土台である石垣の前に立つ。右手に手水舎がある。
人の背丈ほどの石垣に石段がついていて、上がった先に、間口が5間ほどの拝殿が建ててある。
その右手には、少しだけ離れて社務所が建てられている。子どもの頃、その建物で眠っていて怖い思いをしたのだ。
全体的な印象としては、田舎の寂れた神社だ。それを俺は受け継ぐことになる、のかもしれない。
石段横の立て看板を見てみる。
神社の由来と、御祭神が記されている。
舟木神社は創祀未詳なれど、奈良時代に、国守により社殿が建立されたとある。江戸時代に再興となっている。
御祭神 天照皇大御神
石段を上がり切ると、神殿は高床になっているため、木の階段を5段上がる。
拝殿の前に立つ。
扉の前に、お賽銭箱。
軒下に扁額が掲げられている。『舟喜神社』と読める。
鈴がぶら下げてある。縄はほつれているし、鈴も所々錆が浮いている。
入り口は間口二間の四枚扉。真ん中一間が両側に開く。
閉めてあるが、雨水による染みが黒く目立つ、いかにも建付けの悪い感じの扉だ。
開き掛けに力が要ったが、思ったよりも楽に戸は開いた。中から、かび臭い臭いが漂い出てくる。
靴を脱ぎ、畳の床に一歩踏み入れると、パンと張り詰めたような空気に気圧されてしまった。
「侮れないな……」
どうしてそんな言葉が口をつくのか、呆れながらも、跪いてしまう。
目の前に記帳代が置いてある。記帳の横に、お守りの御札が重ねて載せてあり、小さな料金箱も添えられている。料金を入れて自由にお持ちください、ということだ。
お賽銭箱にお金を入れなかったことに気がついた。御札は要らないが、小銭入れから百円玉を出して、料金箱へ入れる。
この百円は、自分に戻ってくるものだと気がつく。なんとも妙な気になってしまう。
座ったまま、正面奥のお鏡に向い二礼二拍手一礼する。会社に入ってから教わった所作で。
ついでに記すが、会社の第一制作室の広い部屋には神棚が祭ってあり、半期に、神主さんに来て頂き、社員全員でお参りをする習慣がある。
紐で綴じてある記帳を開いてみる。驚いてしまった。全国各地から訪れて来る人の多いことに。
東京、大阪はごく普通に記してあり、なかには、沖縄からお参りに来ている方も見えた。それに比べ、地元民はあまりお参りに来ていないみたいだ。記帳しないだけかもしれないが。
日付を調べてみると、直近は4日前の日付だった。埼玉から来られた方だ。平均して、週に一件はお参りに来られているようだ。
どうやら、舟喜神社は知る人ぞ知る神社のようだ。それを知り、少しだけれど動悸が上がり、頬が熱くなってしまった。
「侮れないよ……」
またもや、独り言を放ってしまう。
記帳代が置いてある二十畳ほどの部屋の左奥は板敷きになっていて、端に書架が立ててあり、小太鼓や笛なども置かれている。
正面を見やると、台座の上に大ぶりのお鏡が置いてあるが、その少し奥に御簾が下ろしてあり、両開きのガラス戸で閉じられている。
ガラス戸の向こうに白木の階段が十段ほど上に延びている。上がった先に本殿があるのだ。
御簾の両側に、弓矢や刀を身に着けて守護する随神が二柱祭られている。
御簾の前に立って、ガラス戸を開けようか迷っていると、白装束の伯父が本殿から降りてくるイメージが飛来した。慎重な足取りで降りてくる姿が。
入ることなど出来ないと自覚し、踵を返す。
扉の上に地図と思しき図面が掲げられている。
近づいて調べてみると、簡略化した飛騨の地図で、御嶽、白山、乗鞍岳、位山と、霊山と崇められるお山が記されている。
それらのお山が直線で結ばれていて、交点に位置する箇所に舟喜山が示してある。
しばし眺める。
今一度お鏡に向い深々と頭を下げて、拝殿から退出した。
拝殿右隣、同じ石垣の上に、社務所がある。
プレハブ程度の平屋の建物だが、こちらは比較的新しい木造住宅になっている。
左端に玄関があるが、鍵が掛かっていて、入ることは出来ない。
「よろしいでしょうか?」
声をかけられ振り返ると、石段下に、スーツを着た若い男性が一人立っている。
返事をして石段を降りる。
「こちらの神社と縁のある方ですか?」
「一応……」
はきはきとした態度で好感の持てる青年だが、なぜだか警戒する気が起きた。
「敬神会の方でしょうか?」
行く手に塞がり立っている。
「違うのですが……」
「はい」
即座に返事をして、こちらの答えを促す。
「神主の甥でして……」
仕方がないので、そのように答えた。
「これは失礼いたしました」
と頭を下げて、男は早速名刺を取り出す。
「いきなりで恐縮ですが、わたしく、ファンファンイノベーションの猪谷と申します」
写真入りの名刺を見る。パッと見た感じ、何の会社か分らない。
「地域社会の発展をお手伝いする事業をしております」
あのー、と少し困った顔をすると、
「お名前だけでも、お伺いできませんでしょうか?」
と、動きかけた俺に、ハッキリした声で男は尋ねた。
警戒心は解けなかったが、礼儀として、こちらも名刺を出して渡す。
「ワジマ興産様。はい、はい。よく存じております。そちらにお勤めなのですね。福山様」
「はい」
「今度、改めてご挨拶させてもらいます」
またしても、猪谷と名乗った男は、深々と頭を下げてみせた。
境内の端に向かって歩く。後ろから強い視線を受けているのが感じられる。
石段を降りかけて、急な階段であることに気がつく。神社を受け継いだら、真ん中に手摺りを造ろうと決める。
相続 ~その5に続く~




