休暇 ~その3~
7月25日(金曜日)
早朝。二人が起き出す前に、部屋を出る。
お金を節約するために、ジャーからご飯を掬い、冷蔵庫から総菜を出して、おにぎりを作り、バックパックに詰めた。
朝は涼しいくらいだ。ポロシャツの内にランニングシャツを着た。名古屋では考えられない。そういえば、父の部屋にはエアコンがなかった。
バスターミナルへ向かう。朝だというのに観光客でごった返している。平湯行きのバスに乗る。
夏休みなのだ、世間は。平湯から乗鞍方面へ訪れる観光客が大勢いるということだ。
立ったまま20分ほどバスに揺られ、丹沢町日承地区にある、舟喜神社前バス停で降りる。一人だけだ。
国道沿いで、田んぼの他は何も無い場所であるため、同じく立っていた乗客はこちらを興味深げに見ていた。
辺りは広々としていて、空も快晴で、気分は爽快だ。
国道を渡る。手前に大きな岩が鎮座している。
思い出した。高校の時、2年生だったと思うが、舟喜山を登ったことがある。記念にと、この岩の前で友達と携帯で写真を撮った。データは残っていないが、その岩の前で佇む。
見てみると、平らに削られた正面に碑文が刻まれている。郷土の文士による漢文で、読むことができない。
そこから左手に緩やかな登り坂がある。50メートルほど行くと、舟喜山が控えている。
正面に朱の鳥居があり、石段が上に伸びている。
20段ほど上がった辺りから、杉木立が炎のように形取り、円錐形である標高50メートルほどの山を覆っている。
これを自分が所有するのだと意識したら、何とも奇妙な気分になった。心の底から笑いが込み上げてくるようでいて、頭の天辺から冷や水を浴びせかけられるようでもある。
鳥居に向い歩き出すと、車1台分ほどの道幅の道路は山に沿って右側に曲がっているのだが、そこに軽トラックが停まっているのが目に入った。
少し離れたところで、作業着姿でヘルメットを被った男二人が山を計測している。軽トラックには『東畑土建』と記されている。
まだ何も決まっていないのに、舟喜山の計測だけは始められているようだ。
朱の鳥居を潜る。5メートルほど進むと石段になるので、上がり始める。
幅3メートルほどの石段の両側に幹の太い大きな杉の木が直立している。注連縄が括りつけてある。
登りながら潜ると、辺りは一気に薄暗くなる。大気も若干土の臭いを帯びてくる。
真夏なのに温度も下がったようで、湿り気のある風が緩やかに吹いてくる。
石段は20段で切れて、一旦平らな場所になる。土を踏みながら3メートルほどいくと、先ほどより狭い、二人が並べる程度の幅の石段が遙か上まで続いている。
300段あるそうだ。数えたことはない。
両側を覆う杉木立の向こうに、小さな青空が臨める。境内がある場所だ。
石段を数えることなく登っていく。三分の二ほど上がったところで、右側の木立の合間に、5歩ほど入った先に、墓石のような石が置いてあるのが目に入った。
苔むしているが、何か碑が刻まれている。墓ではないようで、何かの目印だと推測されるが、今は読まずに登り続ける。
頭上の木々の合間から光が無数の柱となって降り注いでいる。森の中にいるように薄暗いのだが、光の柱がキラキラと輝いていて、聖域に入ったのだと身が竦む。
八分目ほど登ってくると、ずいぶん息切れしているのに驚く。たしか、高校の時は駆け上がっていった印象が残っているが、現在は駆け上がるどころか、歩くのさえ辛くなっているのだ。
最後の一声「どっこらしょ」と、かけ声を掛けて、それがおかしく笑いが込み上げてくるが、石段を登り切ることができた。
休暇 ~その4~ に続く




