休暇 ~その2~
午後8時半ころ、高山駅バスターミナルに到着する。
名古屋に比べると、比べること自体が無謀なのだが、小さいものだ。30メートルほどの番台にホームが三つあるだけだ。
隣接する箱形建築の高山駅舎に入る。エスカレーターで階上へ上がり、線路を跨ぎ、『白山口』へと降りる。
駅前は小さなロータリーになっている。
欧米人の団体が、ホテルから迎えにきたコースターに乗り込んでいる。とても賑やかだ。
落ち込みそうになる気持ちを奮い立たせ、俺は歩き出す。
高山市民文化会館沿いの道を西へと向かう。父の住むマンションは川沿いに建っている。歩いて5分ほどの距離だ。
4階建てマンションの2階の部屋へ階段で上がる。エレベーターなどない。
1DKで、キッチンは割と広めなのだが、八畳の和室しかついていないため、父がこのマンションに引っ越してきてからは、3回しか訪れていない。大学1回生の時の正月と、ゼミで祭りの研究で来たときと、3年前だけだ。
元々は、町の東側にあるマンションに住んでいた。4棟だけ入っている1階の部屋で、2部屋あった。俺は六畳の部屋を与えられていた。
母は俺が5歳の時に亡くなったので、物心ついてから、家事は自分で行っていた。父が買ってきてくれていたものを食べて、洗い物は父の分までした。
高校生になると、自分で弁当を作って学校へいった。冷凍物が主であったが、ご飯さえ多ければ気にならなかった。
バイトで明け暮れていたとはいえ、大学まで出させてもらったのだから、なにも不満はない。
母の思い出は……病室の中だ。
ベッドに横たわり、微笑んでいた。新しい広い病院で、俺は冒険者気取りで、病院内を歩き回っていた。微かだが覚えている。
ちなみに、母の実家の善方家では、生まれた女は長生き出来ないと聞いている。大抵は少女のうちに亡くなってしまうそうだ。唯一の例外が母であった。
呼び鈴を鳴らす。ブザーの味気ない音が外まで響いている。
ドアがこちら側へゆっくりと開いた。入ろうとして、玄関に初老の婦人が立っているのに気がついた。
「あっ、すいません」
しばらく帰ってこなかったので、部屋を間違えたのだ。
だが、婦人は微笑んでいる。柔らかい表情をした女性だ。
「憲親さんやね……」
はい、と答えると、婦人は身体を避けて、入るように言った。
「お酒を飲んで、寝てしまったので……」
キッチンに入ると、閉じられている襖を婦人は指差した。
テーブルが端に避けられていて、敷き布団が畳んで置いてある。その上に枕とタオルケット。
キッチンで寝てくれということだ。
「あっちにおるで。何でも冷蔵庫から出してくれていいで、風呂はシャワーだけだけど」
と、婦人は隣の部屋へ消えた。
いつからか知らないが、父には同居人がいたのだ。
還暦をとうに過ぎた父と、還暦くらいの婦人。どこで知り合って、どういう経緯で一緒に住みだしたのか。
そのことは息子に伝える必要はないと、父は判断したのだ。
頭の隅にショックの残り火があったが、かといって、嫌な気も起きず、寂しさも湧いてこない。ただ、そんなものかと思える程度だ。
それと、今夜はお世話になるけれど、もうここに泊まることはないのだということだ。
第7話 休暇 ~その3~ に続く




