相続 ~その3~
7月20日(日曜日)
来訪を知らせるチャイムが鳴る。
ベッドの中で、ぼんやりとした頭でそれを聞く。間違えて押したのだろうと決めつける。訪れてくる奴などいないからだ。
ふたたびチャイム。今度は2度せわしなく鳴った。
力の入り切らない身体を起こし、とりあえずスマホで時間を確認する。
午前11時30分。
久しぶりの休みだから、汗だらけになってしまうが、昼過ぎまで寝ていようとしていたのだ。
多少憤ってモニターを覗く。
見知らぬ爺さんが映っている。ゴマ塩頭で丸顔の老人だ。一応、返事をする。
「ああ、福山さんかな。東畑やけど……」
懐かしい響きだ……で、思い出した。父に言われていたことを。今日、敬神会の会長が訪れてくるのだということを。
「すいません! いま開けます」
と断り、慌ててデニムのパンツを掃き、Tシャツに首をつっこむ。
ベッドが置いてある居間の扉を閉めて、キッチンを見回す。
テーブルの上には、昨夜の食いかけのピザとお茶のペットボトルが転がっている。汚れてもいるが、お客を上げるわけでもないので、そのままにしておいて、玄関のドアを開けた。
二人の男が立っている。一人は東畑と名乗ったお爺さん。もう一人はスゥーツを着こなした中年の男。
「福山……ええっと……」
「けんしん」
東畑が俺の名前を言えなかったため、隣の男が捕捉した。
「そうよ。あんたが、福山憲信さんやね」
フルネームで呼ぶ必要があるのかと訝ったが、そうだと玄関に立ったまま答える。
「お父さんから聴いていると思うけど……あんたの伯父さんの、善方偉さんが亡くなったのやさ……71やね、若かったけど、突然で……」
やはり若すぎる死だと認識しているようだ。
「それで……色々と手続きがあってね」
「手続き、ですか?」
面倒なことになるのだろうかと、少し気が滅入る。
「そうなんや。それで、説明しなければならんので……」
言葉を切って、東畑は困ったような顔をする。
ピンときた。というか、気がついた。部屋に入れてくれということだ。
「どうぞ、お入りください」
うっとうしかったが顔には出さず、二人の男を部屋へ招き入れる。
二人を立たせたまま、テーブルの上に散らかっているピザの箱とポテトの袋をゴミ箱に捨て、汚れた皿を流しに放り込む。続いて、乾せている布巾を濡らし、テーブルの上を拭いた。
「どうぞ」
キッチンには椅子が二つある。来訪者二人はその椅子に座ってもらい、俺は、居間兼寝室からデスクについている椅子を持ってきて、二人とテーブルを挟んで座る。
「名古屋は暑いな……」
東畑はズボンのポケットからハンカチを出し、額を拭う。
「もうすぐ、エアコンが効いてくると思いますので……」
すぐにエアコンの調整を強にする。
「こちらは、司法書士の松方さんや」
東畑は、隣に腰かけている男を紹介した。松方はすぐに名刺を出して、俺に手渡す。
こちらも名刺を渡すため立ち上がりかけたら、松方は要らないと手で制した。
「確認までに、あんたのお母さんは?」
「静鶴ですが……」
「そうそう。亡くなっとるもね」
「はい。ずいぶんというか……私が5歳の時にですが」
「何年前です?」
松方が質問する。
「二十……二年前ですか」
計算しながら答える。松方は書面を確認する。
「それで……お母さんのお兄さんが……伯父さんの、善方さんやね」
くどいと思いつつも、「はい」と答える。
「間違いない」
東畑は松方に頷いてみせた。
「それで……簡単に言うと……」
と言ったものの、東畑は腕を組んで考え出した。
「……はい」
と促してみる。
東畑は決心がついたとばかり、顔を上げて俺を見つめる。
「善方さんの親族はあんただけだから、継がないといかんのやさ」
「……なにを、ですか?」
「そりゃ……神社やさ」
じんじゃ!
頭の中がスパークする。
神社を継ぐとはどういうことなのだろうかと……?
小さいながらとはいうものの、お社を所有することなのか? それとも、神主を遣れということなのか?
「私から説明させてもらいます」
松方は、埒が明かないとばかり口を挟む。
「あなたの伯父さんにあたる善方偉さんが、7月の13日に亡くなりました。死因は心臓麻痺で、享年71歳です。葬儀はすでに終わっています。遺品を整理していたら……その前に、血縁者が地元にいませんので、神社の神主をされていた関係上、敬神会の方々に協力を賜りまして、遺品を整理してもらいました。すると、遺言状が出てきました。それが、これです」
黒い大きな鞄から、A4の用紙を一枚出す。
「えっ?」
オフィスで普通に使用するコピー紙だったので、一瞬、騙されているのかと戸惑う。
「おかしく思われるのは当然です。推測するに、遺言状を作る準備をしていたものだと思われます。これはメモですが、署名がされていて、本人の文字だと確認されておりますから、これだけでも法的には認められます。ご確認ください」
と言われても、何を確認すればいいのか分らない。
ーー舟喜神社を、甥の、福山憲信に嗣がせるーー
と、ボールペンで認められている。
「ご覧の通り、神社を、甥である、憲親さんに相続すると記されております」
「……はい」
返事はしたものの、ミステリードラマの主人公になったような、おぞましいものを感じてしまう。
「神社を相続するというのは、あまりにも抽象的でありますので、解釈としては、神社の建物とその敷地を相続するということにします」
「……はい」
「山は関係ないのだろう」
東畑が口を挟む。
「そこなのですが、登記を調べてみますと、山の……何ていう山でしたか?」
「舟喜山《ふなきやm》」
「そうです。というか、正式には名前が無くて、舟喜神社があるということで、通称、そう呼ばれているのですが……」
神社が置かれた山をイメージする。高校生の時に登ったことがある。円錐状の小さな山だ。その中腹に、舟喜神社が鎮座している。
「その、舟喜山は登記されていないのです」
と、松方は俺を見つめる。なにか重大なことを告白したようだ。だが、何のことなのか分らない。
「ここが難しいところでして……舟喜神社は、善方家の所有されているものです。ですから、神社本体は、憲信さんが相続することができます。希望されればですが。しかし、神社を相続するとして、土地をどこまで、それは、山、ですね。どこまで相続すればいいのかが、確定できないのです。ただし、慣例として、名前が示すように、山と神社は一体のものと解釈されていますから、長年、というか、昔から、善方家が所有してきたといえます」
「そこは……神社がある土地は憲親さんで、山は敬神会でいいだろう」
東畑が口を出した。
「以前、ご説明したとおり、敬神会には法的な団体としての登録がないのです。ですから、敬神会は山を相続することができません」
「私が会長をしているのだから、私の名義でもいいだろう」
「それはぜったいダメです。もしそうされるのなら、敬神会の総意が必要で、総会を開いてもらわないといけません」
「総会くらいいくらでも開くさ」
「ちょっとお待ちください。その前に、福山さんに理解してもらわないといけませんから」
よろしいですか、と念を入れてから、松方は俺に話し始める。
「ここでややこしいのは、この神社は、善方家の所有なのですが、善方偉さんの所有ではなく、偉さんの祖父に当たります、ええっと……」
松方は登記書類を出して見る。
「……正比古さんが、昭和元年に登記なさっておられるので、その正比古さん、それは、憲信さんの曾祖父に当たる方ですが、未だ、その方の所有ということになっております」
目眩がしそうだ。
「ですから、早急に、高山市役所の丹沢支所に出向いてもらいまして、確認してもらう必要があります」
「私が、ですか?」
面倒なことだと、さらに気が滅入る。
「もちろんそうです。ご本人が行かれるのが、面倒がなくていいです」
面倒がないと言われてしまった。
「それで、来られましたら、そのときにもう一度説明させてもらいますが、いまは聴くだけきいてください。支所で、戸籍謄本を取って頂く必要があります」
「……はい」
「ご自分と、偉さんの分ですが、偉さんに、憲信さん以外に法的相続人がおられないことを確認します」
「……はい」
「そのうえで、今度は、法務局へ出向いてもらい、土地の登記の手続きにうつります。もちろんそれは、私どもの方でもできますので、お任せ頂ければ、やらせていただきます」
思わず、お願いします、と言いそうになる。
「山の登記もするのか?」
腕組みしたまま、東畑が松方に訊く。
「もちろんそうなります。もっとも、測量してもらわないといけませんが、何分、昭和初期のことですから、どこまで登記しなければならないかと」
「山なんか貰ったって、管理なんかできんぞ」
「それは、憲親さんの問題なので」
敬神会は関係ないでしょう、という話だ。
「神社にしてもそう。誰が神事を執り行なうのだ」
「……」
松方は黙ってしまった。全ては登記してからだと何度も言っているのに、その後の心配ばかりしているからだ。
俺も気が滅入ってしまった。神社を譲り受けても、確かに、神事というか、お祭りなどを行うことはできない。結局は、敬神会にお任せということになりそうだ。
第一、何度も高山へ行くことなど不可能だ。
「とにかくですね……一度、高山に来てもらって、神社を見てください。そこからですから」
話を纏めるとばかり、松方は遺言書もどきの書面をカバンに戻した。
「ああ、それから、実印を用意してください。併せて印鑑証明を、何枚か、最低でも三枚は要りますから、来られるときまでにお願いします」
それだけでも区役所へ出向かなければならない。仕事のことを考えると、ため息が出そうになってしまう。
それを見て、東畑が、
「面倒だろう」
とこちらを窺う。
「目が回りそうやろう」
「そうですね……」
「だから、相続したら、というか、相続を放棄して、こっちへ、ではなく、敬神会へ任せればいいのやさ」
どこまでも拘っているようだ。
「それを行うにしても、憲信さんが相続なさってからでないとできないですよ」
東畑は少し考えてから話し始める。
「言っとくけどな。知っておいてもらう必要があるからだけど……善方は何にもしなかったのや……。社務所だって、こっちで造ったのだし、境内まで道を、山道や、トラックで色んなものを上げないかんで、敬神会というか、俺のとこの会社で引いたんだ」
「そうですか……」
としか言えない。何も事情を知らないからだ。
「祭事はどうするのよ、という話や。そうやろう」
東畑は同意を求める。
「あと二カ月もすれば、9月の例大祭があるけど、神主がおらんのや。北山八幡宮に禰宜を頼むにしても、全部、敬神会が取り仕切らないかん」
ここまで聞かされたので、譲る手続きが今出来るなら行おうと、考える。
だが、松方は察したのか、遮った。
「まずは、一度、神社をご覧ください。それからでも遅くはありませんから」
と、こちらを見つめる。
「まあ、取り壊してもいいのやけど……古い社やし……」
言い分が認められないので、やけ気味に東畑が呟いた。
相続 その4に続く




