休暇 ~その6~
高山盆地の西側にある松倉地区でバスから降りて、父の勤めている木工会社へ向かう。
ちょうど昼時で、事務所で呼んでもらうと、父はすぐに出てきた。
作業着を着ている父が、以外にふっくらしているのを見て、安堵する。
3年ぶりに見る父は、確か63歳だと思うが、髪の毛が真っ白になっていた。あるだけいいのかもしれないが。
定年過ぎても働いているわけで、切ない気もしてくるが、元気そうなのが嬉しかった。
父は何も言わず、中庭のベンチに腰かける。
「神社と山を……相続されたんだけど……」
話の顛末を知っているか気になったので、ここで言葉を切る。
父は黙って頷く。
「売ってしまおうかと思うんだけど……」
父の顔を見る。黙って前を見ている。
「ちょうど買い手があるからだけど……神社を受け継ぐことはできないし……」
「舟喜山というのだが……」
「知っているよ」
「御神体が舟喜山なのだ」
「……えっ? どういうこと……」
「お山自体を奉っているのだ」
「……そう」
だから、何なのかと。
「なぜ、舟喜山というか、知っとるか?」
「舟喜神社があるからだろう」
「そうだが……なんで舟喜神社と呼ばれるか、ということだ」
「……それが?」
「そこを調べてからでも、遅くないと思うぞ」
確かにそうだと納得し、父と別れる。
久しぶりなので、そのまま松倉山を登り、『飛騨の里』へと入ってみる。
昔、貯水池だった周りに、板葺き屋根の古い家屋を配置し、遠い昔の田舎の風景を再現している観光施設だ。
平日の昼間だが、それなりに観光客が入って賑わっている。ただし、欧米人が目立ち、日本人だと思われる団体から聞えてきた言語は、中国語だった。
小学校の時、課外授業で何度か訪れた事があるが、そのときは、外人の観光客を見ることはなかった。もっとも、日本人の観光客も疎らで、風景だけでなく、寂れた印象の施設だった。
現在は、外人が訪れてくれて盛り上がっているということだ。
市内循環型の小型バスである、『ノラマイカー』に乗って、中心部の観光大通りに出てみる。
そこから、古い町並みで有名な上三之町に入ってみる。
驚いたことに、栄の地下街並みに、もしくは、東京の原宿なみに、観光客でごった返した通りになっていた。
子どもの頃に通ったときは、喫茶店とお土産屋さんばかりの印象だったのだが、現在は、飛騨牛の串焼きや、飛騨牛寿司、みだらし団子、ソフトクリームなどを店頭で売っている店が目立つようになっている。
狭い通りに人が犇めき合っているが、やはり、欧米人が目立っている。
子どもの頃は、珍しいこともあり、擦れ違いざま、「ハロー」などと声をかけて喜んでいたが、聞えてくる言語は、スペイン語にロシア語に、フランス語もドイツ語もあり、聞き慣れない言葉もある。
東洋系も、中国語だけでなく、朝鮮語、タイ語、タガログ語、ベトナム語なども聞えてくる。
日本人で、ここ高山の出身なのに、久しぶりに通ったこともあり、萎縮してしまった。
上三から離れ、細い路地にある、生醤油の汁で有名な中華そば屋さんに入る。だが、暖簾もメニューも、『中華そば』の文字はなく、『高山ラーメン』と記してある。
チリチリ麺で、味は子どもの頃に食べたのと変わっていない気がしたが、中華そばなるものは消えつつあるのだなと、なんとなく寂しさを感じ、店を後にする。
舟喜神社の社務所には泊まる気になれないので、駅近くのビジネスホテルに予約をしにいく。
金曜日の午後で、ロビーは観光客でごった返していたが、大半が欧米人と中国人だった。
休暇 ~その7~ へ続く




