第一章 相続 ~その1~
7月17日(木曜日)
天井を見上げる。白い板だ。感慨に耽るわけではない。そんな余裕もない。
ベッドの下に落としたスマホを手に取る。夜の10時を過ぎたあたり。
午後からの仕事が繰り返し頭をよぎる。電話をかけまくった。新聞の企画広告を取るために。
つれない対応ばかりで頭がおかしくなりそうだった。時に、丁寧に応えられるが、結果は同じなので、プラス、気持ちが重くなった。
明日からはクリエイティブな仕事ができるのだからと、気持ちを切り替えようと試みる。
お寺と門前商店街の復興企画だという。番場良純をチーフに塚本珠美と3人で行う仕事だ。
番場は初のチーフなため張り切っている。キツネ似気味の顔がニヤついていたのを思い浮かべてしまう。
二年先輩だが、きっと、いかにも使えない奴、みたいな態度でパシリを強要してくるだろう。
第三会議室を確保したか不安になってくる。帰り際、番場から、11時に取るように指示されていたのだ。
塚本の担当なのだが、自分はナンバー2だと指示を受け流した。
朝一で確認してみることにする。
気だるい身体を起こし、ベッド脇に放ったジャケットの内ポケットから手帳を出し、その旨を記す。
強制的に思考を切り替えるため、次の休日を考える。今週は日曜日が休めるようになっていた、はずだ。
ドテッと、ふたたびベッドに倒れ込む。
毎日走り回っている気がする。横になると、結局、仕事のことが頭を巡り始める。
名古屋では、大手と謂われる企画制作会社に就職したはずだ。だが、遣らされていることは、顧客とチームとの橋渡し役で、少しも創造的なことなど感じられない。
細かい調整のため、何度も相手の事務所へ出向くこともしょっちゅうで、気の休まる時がない。
ストレスは解消されることがなく、泥濘に嵌ったような毎日に終焉はあるのだろうかと、気になり始めている。
ふと、大手広告代理店に勤めていて過労死した社員のことが、頭をよぎる。華やかなイメージを期待し入社したのだろうが、慣れない営業で、仕事の成果を実感できないまま、残業の毎日で切れてしまったのだ。
自分も似たようなものだと思う。
大学での就職相談の際に、東京の大手広告代理店は無理だと宣告された。いま考えるに、それで良かったのだが、悩みはどこでも同じなのだと気がつかされる。
ディレクターになりたくて会社に入った。イベントを企画し運営する楽しさを体感するために。もちろん関わってはいるが、5年経っても補佐の身分だ。
夕方、ウエハースを口にしてから何も胃に入れていないことに気がつく。
冷蔵庫に何が入っていたか。顧客から戴いたシュウマイがあったはずだと。一箱だけだが、チンすれば食べられると安心する。
枕元に置いたスマホが震える。
「いままで仕事か」
父の声だ。家に居る時間を想定してかけてきたらしい。久しぶりだが懐かしさはない。
「伯父さんが亡くなった」
そう、としか心が反応しない。父もあっさりと言う。
「今日、葬式が終わった。お前に心配かけたくないから、伝えなかった」
前もって伝えられても帰られないことが分っているので、ということだ。故郷まではバスで3時間もかかる。
それ以上に、忌引きですと室長に訴えても、当然認められるのだが、良い顔をされないのが一番辛い。
父以外の唯一の身寄りが亡くなったわけだが、寂しさはない。伯父の面影は、自分が小学生だった時のままだ。
小さな神社の神主であった伯父、善方偉。
思い浮かぶのは、がっちりした背の高い身体に白い狩衣を身につけ、額から白布を垂れ下げ、石段を降りてくる姿。白い桐箱を両手で掲げ、篝火の炎で陰影深く照らされた境内を歩いていた。
もっとも、子どもの頃の記憶の中だが……。
「日曜日は休みか」
そうだと答えると、
「敬神会の会長が、お前の部屋を訪れるということだ」
「……な、なに?」
敬神会って、なに? も含まれるが、何のことなのかわからない。
「何の用なのか俺にもわからん。本人に訊いてくれ」
電話は切れた。他に話すこともないからいいのだが、日曜日に来られるとなると休めないじゃないか、と気が重くなってしまった。
それと、死因を訊かなかったことがしこりを残した。確か古希前だと記憶しているが……。
~その2に続く~




