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8.給料日の金曜日(優side)

片方だけのお話だと不公平だからね

皆平等にお話進めていく所存



 給料日の金曜日なのに、店は暇だった。

 まぁ、金曜日だからといって、特別に忙しいことはないけれど、店を始めてから1年経っても意外に赤字にはならず、普通に生活できるくらいの収入は得ることができていた。運がいいのかもしれないが、この場所を選んで正解だったと思う。

 そんなに大きな街ではないけれど、住んでる人達の価値観が俺の求めてるものとが合っているようで、足を運んでくれるお客様はみんな嬉しそうに買っていってくれた。


 店を始める時は、友達や当時の彼女に反対をされた。


「なんで?今までの仕事のほうが稼げるでしょ?」


 そんな反対を押し切って、貯めたお金を全て開店資金に充てて、ギリギリの状態で店を出した。


「あなたがそんなに頑固だったなんて思わなかった。私……もうあなたについていく自信ない」


 そして、彼女に別れを告げられた。


 当時は店の開店準備や買い付けやらに忙しいのと、逆に彼女との考えの不一致に嫌気がさしていたから、むしろ別れてせいせいした。ただ、時間が経つにつれて、少しだけ後悔が出てきた頃、友達から彼女の結婚の話を知った。相手はどっかの大手企業のサラリーマンで、かなりのやり手らしい。

 落ち込みはしたけれど、自分が決めた道。自分を信じて頑張ろうと気合を入れなおし、休みの日には買い付けに色んな場所へ足を運び、店の暇な時間と家に帰ってからの時間を使って、木製の小さな置物を作る生活を送っていた。

 手作りの置物は意外にも売れていて、それなりの木を使っている為、それなりの値段はしているのにも関わらず、好評だった。嬉しい反面、複雑な気持ちになる。

 確かに、以前の仕事のほうが稼ぐことはできていた。ただ、自分の作りたいと思わないものを作らなくてはいけない苦痛があった。

 クライアントから言われるものを正確に作る。そして期限までに納品する。それが仕事であって、確実な収入もあったが、徐々に募る自分の中の葛藤に耐えられなくなっていた。だから俺は逃げ出した。


 そして、彼女と出逢った。


 彼女はいつも俺の造ったものを優しい眼差しで見つめていた。そして毎月、一つだけ、他の雑貨と一緒に買ってくれた。

 いつも無言の彼女は、綺麗な笑顔を俺に向けてくれる。そして、俺の造ったものを手に取ってくれて、レジの前で差し出す。それだけで俺は嬉しくなる。


 彼女と話がしたい…


 そんな気持ちが先走ってしまい、思わず帰る彼女に声をかけてしまった。


「呼び止めてすみません。いつもありがとうございます。あの……もし、これから予定がなければ……少し……お話しできませんか?」


 彼女は不思議そうに首を傾げている。


「急にすみません。うちの商品を気に入って下さっているようなので、ご意見としてお話を聞かせてもらえたら、と思いまして……」


 更に困ったような顔つきになってしまい、慌てて自分のしたことに謝る。


「いや、引き止めてしまってすみません。今お話した事は忘れて下さい」


 一つ、呼吸をする。


「いつもありがとうございます。また、お店に寄って下さい」


 彼女は軽くお辞儀をすると店から出て行った。


 ああ…俺は何をしてしまったんだろう。


 後悔の気持ちが溢れてくる。でも、彼女と何か話をしたいという気持ちが強くなってしまい、思わず声をかけてしまった。


 もう…来てくれないかもしれない…


 自己嫌悪に陥りながら店を閉めた。




 こんな夜は、酒でも飲みたくなる。


 近くで雰囲気の良さそうな店でも行こうか。そういえば、ここに越してきてから、ちゃんと飲み屋を探していない。友達と飲むときは、大抵がチェーン展開している大衆居酒屋みたいなところだったから、これを機に開拓でもしよう。

 この辺りは、駅を挟んで街の雰囲気が変わる。俺の店側は少し落ち着いていて、商店街とは違い、ほとんど住宅街と言っていい場所で、駅を挟んだ反対側は、商店街があって賑わっている。


 今夜は駅の反対側を散策しよう


 そう思い、駅を越えてウロウロしていると、商店街の終わりに近いところでバーを見つけた。

 入りやすいとは言えない、大人の雰囲気を醸し出してる店構えに少し躊躇しながらも、真っ黒な重苦しい扉を開ける。

 店内の雰囲気も落ち着いていて、時間が早いせいか客もまばらだった。一人で飲む時はカウンター席が気楽だからと、真っ直ぐカウンターに向かう。背の高いイスに座った時、他のカウンターに座ってる客を何気に見ると…………彼女が座っていた。彼女も俺に気づいたようで、驚いた顔をしていた。

 俺は思わず彼女に近づくと、すかさず店員が俺に声をかけてきた。


「お知り合いですか?」


「あっ、いつもお店に来てくれるお客様で……」


「そうですか」


 一瞬の間の後、店員が柔らかい顔で申し訳なさそうに言った。


「お客様、申し訳ございませんが、こちらのお席は予約が入っておりまして、他のお席でも宜しいでしょうか?」


「そうでしたか。失礼しました」


 すぐに彼女から離れ、店員に促されるまま彼女から離れたカウンター席を案内された。


 金曜日だから予約席があっても仕方ないよな


 そう思いながら、渡された冷たいおしぼりで手を拭き、生ビールを頼む。コースターと一緒にに冷えたグラスに入った生ビールを出され、一気に半分までグビグビと飲む。少し遅れて出された小さな可愛らしい器にはミックスナッツが入っていた。それをつまみながら、一気にビールを飲み干し、もう一杯、生ビールを頼む。


「こちらは初めてですか?」


「あ、はい」


「ご来店ありがとうございます。私、ここのスタッフの大野と申します。この辺にお住まいですか?」


「はい。ここに住んで1年くらいになります。駅を挟んだ反対側で店を出していまして……小さな雑貨屋ですが、ご興味がありましたら見に来てください」


「雑貨屋ですか。営業時間は何時ですか?」


「昼の12時から夜の8時まで開けています」


「それでしたら、ここに来る前に寄らせていただきますね」


「ありがとうございます。あっ、水曜日は休みにしていますので、水曜日以外でお願いしま

す」


「わかりました」


 そんな他愛ない会話をしていると、カウンターの奥から別のスタッフが美味しそうな匂いを漂わせながら出てきて、彼女に料理を出していた。一瞬、大野さんが俺の前から離れたと思ったら、すぐに戻ってきて、再び他愛ない会話に戻る。

 大野さんと話しながらも、彼女の前にべったりと張り付いているスタッフが気になった。


 彼女と親しげに話す彼は……彼女の彼氏なんだろうか?


 楽しそうにしていながらも、それでいて彼女の声は一切聞こえなかった。少し不思議に思いながら、ビールを飲みながら大野さんと話していた。

 彼女が席を立つと、そのスタッフはまるで彼氏のようなエスコートをする。


 彼女ほどの女性に彼氏がいないほうがおかしいだろう


 自分の推測に深く溜息が出る。


 はぁ~……なんだか今夜はとことん飲みたい気分だ…………


 そう思っていると、彼女を送ったスタッフが大野さんと入れ替わるように俺の前に立っていた。


「いらっしゃいませ。初めてのご来店ですよね?」


「あっ、はい。」


「挨拶が遅れました。店長をやっております、秋月と申します」


 すかさず出される名刺に、俺も慌てて名刺を渡した。渡された深い紺色の名刺には、『カフェバー quietness  店長 秋月(あきづき) 清志(きよし)』と書いてあった。

 簡単に自己紹介をすると、秋月さんは笑顔で返してくれて、すぐに俺の空いたグラスに目を向けた。


「何か作りましょうか?」


「あ、ええとー……ジャクターをお願いします」


「畏まりました」


 ジャクターは飲みやすいけど強いカクテルで、酔いたい気分の時にはきまってオーダーしていた。

 秋月さんは慣れた手つきで、丁寧にジャクターを作ってくれた。一口グイッと飲むと、ラムとサザンカンフォートの香が心地よく広がる。


 美味しい…


 今まで飲んだジャクターの中で一番美味しくて、秋月さんの腕がすごいことがわかって、嬉しくなった。


「美味しいです」


「ありがとうございます。お酒、強いんですね」


 そう言われて「はい」と答えても問題ないくらいに強いけど、そんなことを言っても無意味なので、とりあえず社交辞令のように謙遜して答える。


「いえ……そんなに強いわけではありませんが、このカクテルは好きで……」


「そうですか。ジャクターは飲みやすいですから、気をつけて下さいね」


「はい。ありがとうございます」


 その会話以降、どちらからも口を開くことがなく、暫しの沈黙が続く。秋月さんに聞きたいことは沢山ある。


 一番は「彼女と付き合ってるんですか?」だ。


 それはさすがに初対面で失礼だと思うのと、自分がショックを受けたくないからという理由で、当たり障りないような言い方で聞いてみた。


「秋月さんは……先ほどの女性とお知り合いですか?」


「はい。彼女とは長い付き合いで……それがどうかしましたか?」


「いえ…………いつもうちの店に来てくださるお客様で、偶然ここでお会いしたものですから……少し気になってしまって…………」


「そうですか。……ああ、よく雑貨屋に寄る話を聞いていましたが、森林さんのお店だったんですね」


 彼女はそんなことを話してるんだ。少し驚いた。


「彼女、よくここに来て、買った物を見せてくれるんです。彼女好みの雑貨が置いてあるって言ってましたよ」


「そうですか……」


 俺は嬉しくなって、ジャクターをグイッと飲み干す。その話だけで嬉しくなる俺は単純だと思う。


「森林さん、もう一杯お作りしましょうか?」


「はい。同じものでお願いします」


「畏まりました」


 2杯目のジャクターを出して、秋月さんが言う。


「飲みすぎには気をつけてくださいね」


「お気遣いありがとうございます」


 秋月さんの笑顔に、俺は作り笑顔で返した。




 言葉の端で読み取れる事。

 秋月さんは、彼女の彼氏ではないと思う。なせなら、彼氏であれば見送る時にどこかしら彼女の身体に触れるだろうから。それは店員と客の関係を装っていても、自然と出てくるものだから。改めて冷静に思い返せば、彼女と秋月さんにはそんなことがなかった。


 俺の彼女に対する気持ちが、恋愛と言われるものの類なのかは自分でもはっきりとわからないが、彼女に惹かれてるのは確かで、そうなると他の男の接し方はどうしても目に付く。

 彼女のことが気になりながらも、秋月さんの作ってくれるジャクターが気に入ってしまった。


 この店に来れば、彼女に会える機会は今より増えるだろう。いつか彼女と話せる機会もあるかもしれない。付き合いの長い秋月さんから、彼女のことが聞けるかもしれない。

 そんな思惑もあって、この日から俺は、秋月さんのお店に頻繁に行くようになった。




実はバッチバチでした。

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