7.給料日の金曜日(清志side)
駅を挟んで反対側でも小さい街ですからね。
偶然鉢合わせることもあります。
静花を見送った後、店に戻ると、カウンターには雑貨屋の店長が空いたグラスを前にぼーっと座っていた。
挨拶がてらコイツのことを探ってやろうと思い、カウンター越しに話し掛ける。
「いらっしゃいませ。初めてのご来店ですよね?」
「あっ、はい」
「挨拶が遅れました。店長をやっております、秋月と申します」
名刺を差し出すと、相手も慌てて名刺を渡してくる。綺麗な深い緑色の名刺には『雑貨屋 forest 店長 森林 優』と書かれていた。
「駅の反対側で小さな雑貨屋をやらせていただいてます。よかったら見に来てください」
「そうでしたか。今度、お伺いしますね。……何か作りましょうか?」
空のグラスに向けて手を差し出し、オーダーを促す。
「あ、ええとー……ジャクターをお願いします」
「畏まりました」
ロンリコ151とサザンカンフォート、絞ったライムジュース、アイスピックで砕いた氷をシェイカーに入れる。カシャカシャと音をたて、均等に混ざるように振る。シェイカーが冷えて曇り始めると、クラッシュアイスを入れたロックグラスに注ぐ。カットしたライムと細いストローを添えると、森林の前にスッと置く。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
グイッと一口飲み、良い笑顔を浮かべる。
「美味しいです」
「ありがとうございます。お酒、強いんですね」
「いえ……そんなに強いわけではありませんが、このカクテルは好きで……」
「そうですか。ジャックターは飲みやすいですから、気をつけて下さいね」
「はい。ありがとうございます」
それから暫しの沈黙が続くと、意を決したように、森林が口を開いた。
「秋月さんは……先ほどの女性とお知り合いですか?」
いきなり聞いてくるかー
静花の事……気になってんだろうな
何も知らない雑貨屋に優越感を感じながらも、悟られないように変わらない口調で答える。
「はい。彼女とは長い付き合いで……それがどうかしましたか?」
「いえ…………いつもうちの店に来てくださるお客様で、偶然ここでお会いしたものですから……少し気になってしまって…………」
「そうですか。……ああ、よく雑貨屋に寄る話を聞いていましたが、森林さんのお店だったんですね」
「え?」
「彼女、よくここに来て、買った物を見せてくれるんです。彼女好みの雑貨が置いてあるって言ってましたよ」
「そうですか……」
森林は嬉しそうに酒を飲む。単純だな……と、ほくそ笑んだ。
でも、静花の事は何も知らない
お前は雑貨屋の店長という存在でしかない
だから、このまま大人しく店長と客として接してればいいんだ
「森林さん、もう一杯お作りしましょうか?」
「はい。同じものでお願いします」
「畏まりました」
2杯目のジャクターを作り、空いたグラスと交換して、コースターの上に置く。
「飲みすぎには気をつけてくださいね」
「お気遣いありがとうございます」
森林は嬉しそうに笑い、俺は嫌味を含む笑みを返した。
そしてこの日を境に、森林が俺の店に頻繁に来るようになった。
第一ラウンド開始のゴングが鳴りました。