31.喪失感(清志side)
清志くんの方でも
あの日以来、静花は店に来なくなった。
何度メールをしても、返事がくることはなかった。
「最近、静花さん来ませんね」
「ああ…」
「どうかしたんですか?」
「さぁな…」
俺のそっけない返事に、大野はそれ以上聞いてこなかった。
カウンター席に置かれた『予約席』の札が寂しそうにしている。今日も静花が来ないまま、閉店時間を迎えた。
「閉め作業、終わりました」
「おう、お疲れ。明日もよろしくな」
「はい!お先に失礼します」
綺麗に片付けられた店内は俺だけになり、いつものソファー席に座ってスマホを取り出す。何件かメールが届いていたが、俺の待ってる静花からのメールはなかった。小さく溜息を吐くと、胸ポケットから煙草とライターを取り出して火を点ける。
紫煙を吐きながら、あの日のことを思い出す。
天使のような寝顔
可愛くて愛らしくて
惹かれるように
俺の腕は抱きしめる
初めて触れる身体
ふわりと柔らかく
膨らむ感情を煽り
腕の力が強くなる
吸い込まれるように
くちづけを落とす
唇から伝わる暖かさは
今までの想いを溢れさせた
止められない
離したくない
吐き出したい
伝えたい想い
でも俺は怖くて
この想いを押さえ込み
ただ抱きしめるだけ
それしかできなかった
目が覚めて静花を起こすと、静花はすぐに帰ると言い、家まで送ろうとするも近いからと断り、無理強いするのも…と玄関のドアまで見送ると、柔らかい笑顔で出て行った。
あの時は、今までと変わらずに静花と会うと思っていた。だから、連絡の取れないこの状況に、俺はどうしていいのかわからないまま、一方的にメールを送っている。
『今日は来なかったけど、どうした?』
『次の金曜日は?』
『仕事、忙しいのか?』
『体調悪いのか?』
『何かあったら連絡くれ。』
何度送っても一向に返事はなく、季節はあっという間に秋が過ぎ、冬になっていた。
その間、静花の代わりに森林が毎週金曜日に必ず来るようになっていた。それも、閉店するまで酒を飲んで、足元を少しふらつかせながら帰っていく。
交わす会話に静花の名前が一切出てこないことに少し違和感を覚えながらも、当たり障りのない世間話や店の話、酒の話をしていた。
「森林さんの店に、静花は行っていますか?」と聞きたい気持ちもあったが、もしここで「来ていますよ」なんて言われたら、俺は冷静でいられなくなる気がして……絶対に聞かないと決めていた。変なプライドだが、俺にはそれが必要だった。
煙草を吸おうと箱に指を突っ込むと、もうすでに箱は空になっていて、くしゃりと握り潰した。
横になっていたソファーから体を起こして帰る準備をする。扉の脇にあるクローゼットからコートを取り出し、それに袖を通し、店の照明を全て消してから、重い扉を開ける。スラックスのポケットから鍵を取り出し、鍵を閉める。
だいぶ寒くなってきた外の空気に白い息を吐きながら、マンションまでの道を歩く。
静花…どうしたんだ?
何かあったのか?
また…変な男に襲われたりしてないよな?
ただ、仕事が忙しいだけだよな?
静花のことを考えてると、あっという間にマンションに着く。暗証番号を押して自動ドアを開けると、俺の帰りを待ちかまえていたかのように、1基のエレベーターが1階で待機していた。すぐに乗り込み5階を押す。
ゆっくりと上がっていく時間、ポケットからスマホを取り出すも、ただ画面を見つめるだけ。静花からの連絡はなく、はぁ…と息を吐き出しスマホを仕舞った。
エレベーターを降りて自分の部屋に向かう。ドアの前に着くと鍵を取り出し開けると、いつもと変わらない俺の部屋に入る。靴とコートを脱ぎ捨て、まっすぐベッドに倒れこむように体を投げ出す。
静花の香を求めるように布団を被る。鼻を掠めるのは洗濯洗剤の香だけで、もうそこに静花の香は残っていなかった。
そうだよな…もう何ヶ月も前だもんな
馬鹿みたいな自分に笑いながら、静花を抱きしめた感触を思い出す。虚しさを感じながらも、俺は静花を忘れないように…今夜こそ静花と夢で逢えることを願いながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
静花ちゃんどうしちゃったんでしょうね…




