表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

3.金曜日の夜(清志side)

静花ちゃんが帰った後の清志くんのお話です。



 最後の客が帰るのを見送り、アルバイトの大野に店の方の閉め作業を任ると、裏の事務室に籠って売り上げ等の事務的な閉め作業を始める。

 金曜日の売り上げにしては上々で、このまま順調に売り上げを出せれば、閑散期に向けての蓄えができる。こういう商売である以上、収入が不安定なのは仕方がない。売り上げが多い時に蓄えておかないと、何かあった時に対応出来ず、負のスパイラルに巻き込まれてしまう。

 とは言え、自分で店を始めてから、意外にもまだ一度も赤は出していない。ギリギリではあるものの、今では常連客も増え、少しずつだが蓄えも増えていた。このまま何事もなく、順調に続けられればと思う。

 事務所のドアが開き、大野が顔を出す。


「静花さん……大丈夫でしたか?」


 心配そうな顔で大野が聞いてくる。


「ああ、大丈夫だ。それより、さっさと閉め作業終わらせて帰るぞ」


「あ、はい!」


 慌てて事務室から出る大野を尻目に、もう一度、静花からのメールを確認する。


『さっきはありがとう。無事帰れました。精算のことは、また来週の金曜日にお店に行くから、その時で大丈夫だよ。美味しいペペロンチーノ、ご馳走様でした。私はもう寝るけれど、清志くんは朝までお仕事頑張ってね。おやすみなさい。』


 ここまでしっかりとした文章を打てれば問題ないだろう。

 スマホをデスクの脇に置き、店の閉め作業を再開する。PCを立ち上げ、今日のデータを入力していく。無音の事務室にキーボードを打つ音だけが聞こえる。

 データを全て打ち込み、PCを閉じると、パイプ椅子の背もたれに体を預け、ポケットから煙草を取り出し火を点ける。吐き出す煙を眺めながら、ぼんやりと昔のことを思い出す。




 静花とは7年の付き合いになる。出逢った当初、バーテンダーとして修行中の身ではあったが、雇われていた分、今よりも気楽な立場だった。お互いパートナーはいたが、店員と客の良い関係が成り立っていて、その距離感がちょうどよかった。

 そんな関係も、とある事件を境に狂ってしまった。



「ねえ、聞いた?静花、大変な事になってるらしいよ~」


「えっ?何それ?知らね~し」


「清志くん、知らないの?死ぬかもしれないって話」


「はあ?なんで?」


「詳しくは知らないけど、重体でまだ意識戻ってないって」


 そんな話を聞いたのは、5年も前になる。

 当時の静花は、エリート家系の男と付き合っていて、俺はよく「結婚式の二次会は……」なんて話をしていた。静花も恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに「彼がいいって言ったらね」なんて言っていた矢先、そんな噂が店に広がり始めていた。

 しばらく店に来なくて心配はしていたが、俺はそんな噂を信じていなかったし、何かあれば静花から連絡があるだろうと思っていた。何の連絡もないまま月日だけが過ぎていき、ふと気づけば静花の噂は聞かなくなり、そもそも静花の名前すら聞かなくなった頃、1通のメールが来た。

 静花からだった。


『清志くんには報告しておこうと思ってメールしました。しばらくの間、お店に行けなくなってしまいました。急にごめんね。落ち着いたら、また連絡します。』


 静花らしい簡潔なメールに、やっぱり噂は嘘だった、と思いホッとした。だから俺も簡単なメールを返した。


『了解~。落ち着いたらまた飲みに来い~』


 それから数か月が経ち、再び静花からメールが送られてきて、嬉しさにいそいそとメールを開くが、予想だにしなかった内容に、スマホの画面を凝視していた。





「清志さん、閉め終わりました」


「あ、ああ……お疲れ。明日もよろしく。遅刻しないようにな」


「はい。お先に失礼します」


 バイトの大野を帰すと、窮屈なネクタイを外し、シャツのボタンも3つ外し、柔らかいソファーのボックス席に横になる。目を瞑ると、今夜の静花の脅えた顔が浮かんでくる。


 まだ……ダメなのか……

 あれから5年も経ったのに俺はまだ……お前の傷を癒すことはできていないのか…………


 今でも忘れることのないあの忌まわしい事件。


 この手で触れて……お前を抱きしめて……

 それでお前の傷が癒されるのなら…………いつでも抱きしめてやるのに………………


 胸がギュッと締め付けられるように苦しくなる。俺のこの胸の苦しみなんて、静花の苦しみに比べれば大したことのない、ちっぽけなものだ。それでも俺は、静花に何もできなかったもどかしさにイライラしてしまう。それがひどく嫌になる。静花の側に居てやりたいのにできない自分。全てを受け入れる自信があるのに、その一言が言えない自分がいる。

 体を起こすと、カウンターの中に入りショットグラスを手に取る。ボトル棚からスピリタスを取り出し、グラスに注ぐ。一気に飲み干し、さっき横になったソファーにそのまま寝転ぶ。

 頭がグルグルと回りだし、急激な眠気に襲われる。その波に飲み込まれるように、深い眠りへと自ら落とした。


 いつか静花に……俺の気持ちを言えるようにと願いながら………





少しずつ静花ちゃんの過去が紐解かれていきます。

そして今の静花ちゃんがわかるようになります。

そして清志くんの想いもわかるようになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ