表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/38

28.告白と酒と雨と理性と 後編(優side)

お酒に強いからといって

酔っ払ってないわけではないのでね

まあ…理性は緩くなりますよね



 店の前に着くと、急いで鍵を取り出し店に入る。店内は街灯の僅かな明かりが差し込んでいて、なんとなく見える程度にうっすらと明るい。鍵を閉めると、レジの脇にある間接照明を1つだけ点ける。ぼんやりと浮かぶ鈴木さんの長い髪は、まるでシャワーを浴びた後のようにぐっしょりと濡れていて、店の床にポタポタと滴を落としていた。


「今、タオルを持ってくるから待ってて」


 そう言って店の奥の部屋に入り、急いで上に上がってバスルームに向かう。洗濯したてのバスタオルを手に取り、店に下りていく。鈴木さんにバスタオルを渡すと、自分のではなく、俺の頭にバスタオルを載せて拭き始めた。


「鈴木さん?」


 タオルの隙間から微かに見える鈴木さんは、雨で濡れているせいか、妙な色香を漂わせていて、胸の鼓動が大きくなる。

 俺は鈴木さんの両腕を片手で取り、もう片方の手で頭のタオルを取ると、鈴木さんに被せる。そしてそのまま……タオル越しに鈴木さんの身体を抱きしめた。

 外では激しく地面を打つ雨の音が聞こえていて、それは、俺の心臓の音と同じように激しい音をたてていた。時折聞こえる雷鳴に、店の窓がビリビリと震える。鈴木さんは俺の腕に包まれたまま…微動だにせず……ただ………鈴木さんの長い髪先からポタポタを落ちる滴が、木の床に染みを作っていた。





 そっと外す腕

 捲り上げるタオル

 見上げるように見つめる瞳

 吸い込まれるように

 理性が飛ばされたように

 綺麗な顔を撫でる


 潤んで見える黒い瞳

 熱を帯びたような頬

 少し開いた唇

 吸い込まれていく


 稲光と雷鳴の中

 煩いほどの雨音と共に

 何かを壊す音が聞こえる

 それは俺だけのものなのか

 互いのものなのか

 わからないまま

 唇を重ね合わせる


 その感触は心地良くて

 離れたくなくなる

 何度も繰り返される

 離れてもすぐに求め

 再び重なる唇


 僅かに漏れる息は

 徐々に熱いものに変わり

 冷え始める体温が

 失われる熱を求めるように

 離れなくさせた





 無言のまま鈴木さんの身体を抱き上げ、俺の部屋に連れて行く。抵抗しない鈴木さんをそのままベッドルームに運び、ベッドの上に座らせる。互いの服はぐっしょりと濡れていて、その嫌な感触から開放するように衣服を取り始める。

 そして…鈴木さんの首に巻かれているストールを外そうとする時、鈴木さんの身体が強張り、俺の手から逃げるように身体を離した。俺に何かを訴えるような目を向ける。何かを伝えたいんだろうと察した俺は、部屋の隅の机から紙とペンを取り、鈴木さんに渡す。

 さらさらと何かを書く鈴木さんの顔は辛そうで、俺は胸が締め付けられて…でもその顔を見つめながら書き終わるのを静かに待つ。書き終わり手渡される紙を見る。


『私の首には傷があって それはひどく醜くて 私の声を奪った(あかし)で それは見られたくない』


 いつもとは違うひどく荒れた文字と書かれた内容に少し驚きながらも、その気持ちを隠すように鈴木さんを見つめる。鈴木さんは必死に訴えるような目をしていた。そんな鈴木さんに優しく微笑みかける。


「俺は……鈴木さんの全てを知りたい」


 そう言う俺を驚いた顔で見たかと思うと、すぐに目を逸らす。


「どんなに醜くても鈴木さんは鈴木さんだから、全てを受け入れる。だから……俺に…………見せて」


 鈴木さんの顔を片手でそっと俺の方に向け、もう片方の手で首のストールを静かに外す。そして現れた細い首には、手術で縫われたような痕があった。

 こんなに綺麗な首には似つかわしくない痛々しい傷痕に、俺は驚くよりも、醜く思うよりも…なぜか愛しく思えてしまって、思わず唇を寄せてしまった。少しずつ震え始める鈴木さんの身体を抱きしめる。


「醜くない。逆に………愛しい……」


 抱きしめる鈴木さんの耳元で静かに話す。


「どんな事故だったのか…言いたくないなら俺は聞かない。でも、俺はこの傷痕があっても、鈴木さんを醜いとは思わないし、俺の気持ちは何も変わらない。だから…自分のことを醜いと思わないで」


 そう言って鈴木さんの綺麗な額にくちづけると、それを受け入れてくれるように鈴木さんは…俺の唇に…自分の唇を重ねてきた。この時には…さっきまでの震えはもう治まっていた。


「これって、俺を受け入れてくれるってこと?」


 抱きしめながら見下ろす鈴木さんは、また何か言いたそうにしている。離したくないな、と思いながらも身体を少しだけ離して紙とペンを渡す。


『森林さんは、私のことをどう思っているの?』


「俺は………もっと鈴木さんの事を知りたいと思ってる」


『それってどういうこと?』


「……………鈴木さんのことが…好きってこと」


 鈴木さんは止まる。そして、複雑そうな顔を向ける。


『どこが?』


「………初めは…鈴木さんの雰囲気に惹かれたけど…店に来てくれるたびに、どんどん興味が湧いてきて…気づいたら、好きになってた」


『話したこともないのに?』


「人を好きになるのに理由は必要?」


『声が聞けなくても?』


「声がなくても、俺と会話ができてる」


『私の声が一生聞けなくても?』


「聞いてみたかったけど…今は……鈴木さんが声を出せない理由を知ったから、それはもう気にならない」


 考え込むように俯く鈴木さんは、音にならない小さなくしゃみをした。塗れた衣服を纏ったままの体は徐々に体温を奪っていき、真夏なのに寒く感じた。俺は鈴木さんの身体を気にして言う。


「このままだと、お互いに風邪ひくかもしれないから、とりあえず着替えない?」


 俺は押入れの収納ケースから部屋着を取り出し、鈴木さんに渡す。


「これ使っていいから、今夜は泊まってけば?」


 俺の渡した服を手にしながら考え込んでいる。


「俺はそこのソファーで寝るから、このベッド使って。明日は仕事、休みだよね?」


 小さく頷く。


「今夜のことは……忘れて」


 そう言ってベッドから離れようとすると、不意に服を掴まれる。そして…鈴木さんは首を横に振る。そして…何かを訴えるように俺を見つめると、再び紙に何かを書いて俺に渡す。


『気分を害してごめんなさい』


「え?」


『森林さんのこと、嫌な訳じゃない。ただ  怖かったから』


「なにが?」


『甘えてしまいそうで』


 俺の心臓がドクンと音をたてる。


『でも 森林さんが嫌でなければ   』


 一瞬止まるペンが、再び動き始める。


『私と一緒に   寝てください』


 俺の理性は一気に吹き飛びそうになる。でもそれを(すんで)(ところ)()える。


「じゃあ、これから静花って呼んでもいい?」


 コクンと頷く鈴木さん、いや、静花に俺はやられた。


「俺のことは優って呼んで」


 厚かましいかと思ったが、静花は恥ずかしそうに小さく頷いた。そして…声にならない声で…紙には書かずに「優」と言ってくれた…気がした。





 濡れた衣服を剥ぎ取り

 無くした熱を求めるように

 互いの躰をすり寄せ

 冷えた肌を重ね合わせる


 唇と素肌で

 互いに無くしたものを

 求めるように

 欲望のままに


 (うるさ)い雨音はすでに消え

 静寂の中の微かな虫の音

 その音に調和するように

 シーツと肌の擦れる音と

 熱い吐息と水音だけが

 僅かに聞こえるだけ


 その小さな空間は

 2人しか知らない

 2人だけの世界

 誰も入ることのできない

 秘密の迷宮のよう



 ゆっくりと静かに廻っていた

 運命の輪に気づいたのは

 誰なのか

 気づいた時には

 もう既に

 速度を増すように

 運命の輪が廻りだす


 ぐるぐると廻る運命の輪

 どこに向かっていくのか

 誰にもわからないまま

 ただただ廻り続けている





一線超えちゃいました☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ